75 星まつり
契り橋の次に、持田さんは一行を浮頼神社へと案内してくれた。
「こちらは、龍神様が祀られている神社です。風鎮祭の本番は明日ですが、今夜は星まつり。吊川からこの神社に繋がる一本道に、ずっと提灯が下がっていて、夕方から点灯されます。龍神様が迷わぬよう、道標の役割を果たします。昨今LED化して電気代が安くなったので、提灯の数が倍に増えました。なかなかの映えスポットなので、是非SNSにアップして下さい!」
学芸員は必死である。
「道に火が灯ると、龍と神輿が練り歩きます。龍が神社に辿り着いたら、こんどは町の女衆が、夜通し神社で踊ります。朝になると、男衆が来て、清めた酒を一杯だけのんで、身を清めます」
「夜通し、踊るんですか?」
「はい。夜通しです。お美代が身投げした翌年から、始まったという説もあります。龍神の花嫁の代わりに、女が舞を披露するのだと」
「なるほど」
「他の町も、同じ様な祭りを行っているんですか?」
「細部は異なりますが、どこも似た祭りですね。龍神と神輿を担ぎます。女衆の宵越し踊りは、この集落だけです」
まだ正午だが、すでに宵祭りの準備で、いくつかの屋台がならび、櫓が神社中央に組まれ、大太鼓が運び込まれている所だった。
「女性の方が多いようですし、良かったら、皆様踊りに参加して行ってください。踊りはめちゃくちゃ簡単です。あ、今日は、どこかへ宿泊されるんですか?」
「はい。大館市のビジネスホテルに滞在して、明日の本祭も見学する予定です」
谷川の言葉に、持田さんは少し残念そうに微笑む。
「あ、そうなんですね。この辺りも、結構良い温泉旅館があるんで、機会があれば是非」
持田さんが言うと、谷川は苦笑いして頷く。
「今日の踊りは、男性は参加出来ないので、ご了承下さい」
「踊り、ちょっと、興味があります。女性の方々は、どの様な装いで、踊られるのでしょう?主な年齢層は?」
「本当に、それぞれですよ。Tシャツだったり、はっぴ姿だったり、浴衣だったり。年齢は、それこそ80代から3歳児まで。でも、朝方残ってくれるのは、若い人等ですけどね、さすがに」
「夜通しといっても、交代する感じですか?」
「そうですね。たまにぶっ通しで踊ってるチャレンジャーもいますけど」
「うさぎさん、そんなに興味あるなら、残って踊ってったら良いじゃない?せっかく来たんだし、それに若いんだしさ!」
さやかがにこやかな顔で、おどけた口調で言うと、うさぎは頷く。
「はい。残ろうと思います。大館市までは近いので、帰りは適当に、タクシーでも拾いますので、ご心配なく」
「あら、私だって残るわよー!まだまだ若いんだからね!夜通し行けるわよ!」
染香が腕まくりする。隣でうさぎが、「夜通しはちょっと」とぼやく。
「ちょっと、私だって、盆踊りは得意なのよー!除け者にしないでー!」
最年長の小田も、のりのりである。
「それじゃあ、男性陣の皆さんは、手持ち無沙汰だと思いますし、夜は大館市内で秋田の名産物でも一緒に食べに行きませんか?せっかく地方に来てるんですものね」
さやかは男達に甘える様に言う。自分の誘いを、断る男などいないと思っているのだろう。余裕の笑みで、上目遣いに谷川や勢司に視線を送る。穂積に対しては、あまり興味がない様で、サラッと目線を流した。
ー上等。ならばこちらも、遠慮はしない。
「いえ、僕もうさぎさんが残るなら、こちらに残って見学します。星まつりにも、興味がありますし」
穂積はしっかり断る。誰がお前なんかと、と語気にこっそり悪意を込める。
「俺も撮影しなきゃだから、残るよもちろん」
勢司が若干意地の悪い顔で笑いながら言う。空気を読む谷川は、隣で無言で微笑んでいる。これはこれで、怖いものがある。
「やだ、冗談ですよ。ふふ。私も、残って踊りを体験してみたいです。せっかくですし」
取り繕うさやかの笑顔は、女優のように仕上げられているが、どことなく醜かった。その高めのヒールで踊るのは、さぞかし難儀するであろう。
※※※※※
提灯に火が灯る。ぼんやりとした橙色の灯りが、一本の道を作る。神社からは、誘う様な笛の音が聞こえて来た。
星まつりが始まる。
神社の入り口には、松明に火が灯り、櫓の上で小太鼓が、足元で大太鼓が並ぶ。鉢巻きを巻いた、はっぴ姿の女性達が、鉢を持ってスタンバイしている姿は、威風堂々、美しかった。
「全部、女性が取り仕切っているんですね」
「星まつりの間、町の男性達は、どこにいるんですか?」
うさぎと染香が首を傾げると、小田が答えてくれる。持田さんとはすでに別れ、自由に見学する時間となっていた。
「星まつりの間は、男の人は家に入って、酒盛りをしてるそうよー。事前に女性達が準備したご馳走を肴にね」
「自分の奥さんを、龍神の生贄代わりに差し出して、旦那は家で呑気に酒盛りか。随分えぐいお祭りだな」
勢司は嘲笑う。
「いかにも日本らしい、風習ですね。私、日本古来の風習や、慣わしは好きですが、時々見受けられる、男尊女卑の思想は、ちょっと苦手、です。自分が、恵まれた時代に、生まれたからでしょうか」
「そうね。いまだに嫁が奴隷のような扱いを受ける家もあるくらいだし、根深い問題よね。少なくとも、私ならさっさと離婚して縁切るけどね。今は女も不自由なく働けるから、逃げるという選択肢があるだけ、昔よりは、幾らかましよね」
うさぎと染香の会話を、穂積は居心地悪く聞いていた。自分の家も、父は亭主関白で、自分が飲んだコップ一つ下げた事がない。とはいえ母も共働きで、詳しく聞いた事はないが、おそらく年収も同じくらいなのだろう。それでも、家の事は全て母がこなしていた。そういう自分も、実家にいた頃は上げ膳据え膳してもらっていた。違和感を感じつつも、やはり楽だったので、異を唱えた事はない。
ーこういうとこだろうな。僕がモテないのは。
遠い目で見上げた松明に、1匹の蛾が飛び込んで消炭と化す。明日は我が身のような気がした。
ー気をつけよ。
父を反面教師に、心を入れ替えようと思う。一人息子である自分が社会人となった今、自分のカンが正しければ、多分父はそろそろ母に捨てられる。




