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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
火取蛾の恋
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74 お美代伝

 程なくしてやって来たのは、持田さんという女性の学芸員さんだった。おそらく20代だろう、若くて朗らかな女性で、作業着姿だった。普段は町の資料館で様々な仕事をしているそうだ。


「曲げわっぱは、ご存じですか?」


 資料館には、どんな物を展示しているのかと尋ねた所、持田さんはそう問いかけて来た。


「曲げわっぱって、お弁当の、ですか?」


 うさぎが首を傾げなが応えると、持田さんは嬉しそうに頷いた。


「そうです。大館曲げわっぱは、天然秋田杉の薄板を曲げて作られています。お弁当の他にも、おひつやそば皿や酒器など、色々な物が作れます。江戸時代に、大館城主佐竹西家が下級武士の副業として奨励し、発展してきた歴史があります。1980年には国の伝統工芸品にも指定を受けるなど、秋田を代表する特産品へと成長しました。曲げわっぱは軽くて丈夫な上、通気性も良く、何よき木の良い香りがします。あ、殺菌効果も有るんですよ!お帰りの際には、ぜひお土産に!」


「買ってこうかな。俺、自分で弁当作って持ってってるんだよね」


「へえ、谷川君、意外と家庭的なのねー」


「肉じゃがとか、得意だよ!時々彼女の分も弁当作ったりするよ。穂積さんは料理しないの?一人暮らしでしょ?」


「僕は、ご飯くらいは炊きますけど、いっつもレトルトとか、お惣菜頼りですね。あまり、ちゃんとした料理って、作った事ないです。谷川さん、すごいですね。仕事の後、疲れてないんですか?」


「疲れてるっちゃ、疲れてるけどね。でも意外と俺は、料理がストレス解消になってるかも」


「へえ、そうなんですね。ストレス解消かぁ。案外、いいかもですね」


「コピー取り終わったわよー」


 コピー機でせっせと資料を印刷していた染香とさやかが戻って来る。


「すみません、任せきりで」


 うさぎが言うと、染香は「いいのいいの」と笑う。さやかも、「子供はそんな、気を遣わなくていいのよ」と微笑む。


 何だろう、一見優しいのだが、さやかのそれは、鼻に付く。穂積は顔を顰める。お前も子供だろうが、と思ってしまう。


「ではさっそく、龍神伝説のゆかりの場所に、ご案内しますね」


 持田さんは立ち上がり、にっと笑う。


「いわゆる、聖地巡礼です!」




 ※※※※※


「ここが、ちぎり橋です。下を流れるのは吊川つりかわで、龍神伝説はこの吊川を神と見立て、川沿いの集落あちこちに伝承されています。吊川は、洪水や水害の多い暴れ川です。川自体は短いのですが、山岳部から一級河川の米代川に合流する川で、年中流れが早いです。轟々と唸り声が聞こえる事から、中に龍が棲まうと言われて来ました」


 確かに流れが早い。絶対に川遊びなど出来ない川だった。川自体は然程広くもない。


「毎年、8月の第一土曜日は、風鎮祭ふうちんさい、地元の人間は、『かざしずめ』と呼ぶお祭りがあります。まあ、明日のお祭りですね。昔は、このかざしずめの夜に、集落の未婚の女性が一人選ばれ、生贄としてこの橋から落とされました」


「人身御供ですか。それは、いつ頃まで続いていたんですか?」


 小田が問い、その様子を勢司が静かに撮影している。


 生贄として、毎年この橋から女性が落とされていたなんて。想像するとゾッとする。ただ、流れが速いが、死ぬかというと、よく分からなかった。それほど、橋から高さがあるわけでもない。今と昔では、違うのかもしれないが。


「人身御供は、江戸初期まで行われていたと言われています。町に残る龍神伝説の一つに、お美代伝という説話があります」


 持田さんは、物語を語り始める。橋の上には、強い風が吹き抜けていた。


「この町には、お美代という美しい娘が住んでいました。お美代は町中の男から結婚を請われていましたが、峰吉みねよしという若い武士に恋をしていた為、全ての求婚を断っていました。だが、峰吉は、お美代の気持ちに応える事なく、いつも冷たくあしらっていました。そんな時、とうとうお美代は、龍神の花嫁に選ばれてしまうのです。お美代は峰吉に別れを告げに行くと、峰吉はお美代に、本当の気持ちを打ち明けました。峰吉も本当は、お美代を愛していましたが、武士とはいえ非常に貧しかった峰吉は、お美代の幸せを思い、つれなくしていたのです。峰吉は、お美代と共に、かざしずめの前夜、星まつりの夜に、この橋から飛び降りました。いわゆる、心中ですね。すると不思議な事に、その年から吊川の水害は無くなったのです。それ以来、人身御供は無くなり、代わりに浮頼神社うきよりじんじゃに野菜や果物をお供えする様になったと言われています。心中する時、お美代と峰吉は、来世でこそ夫婦になる約束をしました。それがこの契り橋の名の由来となりました。不思議な事に、二人の遺体は上がらなかったと言われています。なんでも、哀れに思った龍神が、二人を背に乗せて天に登ったとか」


「心中、ですか」


 うさぎは橋の手すりに手を掛けて、川肌を覗き込む。四方八方かき乱れる奔流は、まるで恋の激情の様。


「他の町では、平安時代に十和田湖が噴火した時、十和田に住んでいた龍神が驚いて飛んで来て、ここに落ちて川になったという言い伝えもあります」


「十和田湖って、活火山なんだ?」


 驚く勢司に、持田さんは笑って頷く。


「過去に3回噴火していると言われています。あの静かな湖面からは、想像もできないですが、十和田は火山で、十和田湖が火口と推測されます」


「へえー。勉強になるー」


「平安時代の噴火記録は、ほとんど残っていませんが、伝承では噴火の数日前から太陽の輝きが失われ、月の様におぼろだったと。噴出したマグマは凄まじく、この辺りまで焦土と化したと言われています」


「十和田湖からこの辺りって、何キロくらい離れてるの?」


「約50キロ程です」


「50キロも離れてるのに、マグマが流れて来たの?」


「すごいですね」


「灰は、仙台まで届いたと、言われています」


 うさぎが言うと、持田さんは驚いた様に目を大きくする。


「その通りです。よく、ご存知ですね」


「先日、図書館の本で、読みました。ウチの高校、図書館、大きいんです」


 うさぎはふふんと胸を張る。


「ふふ。図書館じゃなくて、図書室、ね」


 さやかが笑って訂正すると、うさぎは首を振る。


「いえ、図書館、です」


「もしかしてうさぎさんの高校、聖華学院?」


 谷川に聞かれて、うさぎは頷く。


「はい、そうです」


「じゃあ図書館だな。高校の敷地内に、別館で馬鹿でかい図書館があるんだ」


「そうなんだ。すげーな」


 勢司は関心し、その横でさやかは微妙な顔をしている。


「社会科資料がすごく充実してるのよね。ウチの大学でも、よくお借りするわよー」


 小田も知っていたようだ。


「聖華って進学校よね。谷川君の出身校でしょ?うさぎさん、頭いいのねー」


 染香に言われて、うさぎは気恥ずかしそうに首を振る。


「そんな事、ないです。とにかくそこで、東北の地質学の本で、読みました。十和田の噴火の後まもなく、大洪水も、起きたそうです」


「へー、すごいのね、うさぎさん。地質学の本なんて読んでるんだ。それ面白い?」


 相変わらずさやかが、褒めながら嫌味を差し込んで来る。何故そこまで、彼女を目の敵にするのだろう。


「はい、面白い、です。せっかく東北に来たので、色々調べたいです」


 対するうさぎは意にも介さず。至極真面目に答えている。


ーああ、なるほど。彼女とうさぎさんでは、立っている場所が違うのだ。


 だからおそらく、喧嘩になる事はないだろう。



ーそうか、作家宇崎清流が、仙台の地を選んだのには、意味があったのだ。


 東北、みちのく。


 日本民俗学の祖、柳田國男が愛した、道の奥の世界。




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