72 歌川染香
東京から秋田は遠かった。
どう考えても東京からでは間に合わない為、穂積は前日に最終の新幹線こまちに乗り、秋田駅のビジネスホテルで前泊した。そして朝6時、電車に乗って大館市を目指す。秋田駅から2時間掛かった。大館駅からは、電車がない為バスに乗り換える。待ち合わせの時間は10時。乗車時間は30分程度だったが、本数が少なく、結局着いたのは時間ギリギリだった。
ー宇崎先生は、来てるかな?
実際に会うのは、この日初めてだった。民俗風習学研究チームZAIYAの、活動初参加である。
事前に会社のメールで打ち合わせを軽くした程度しか、直接のやり取りは無い。学生なのだし、同じように新幹線での移動になるだろうから、一緒に行きませんかと提案したのだが、駅は使わないのでという、謎の理由で断られた。
ー何で来るつもりなんだ?
確か、東弘大学の小田准教授が同じく仙台在住なので、小田の車にでも乗って来るのかもしれない。
秋田県大館市。
秋田県北部に位置する市で、青森県と接している。市の面積の多くは山岳部となり、川沿いに集落が点在するのが特徴だった。今回調査する場所は、大館駅から車で30分程度の所にある、大船町という小さな集落だった。
待ち合わせは、町の公民館だ。事前に使用許可を取っているので、車で来る人はここに停めるよう知らせが来ていた。穂積がたどり着くと、すでに3台の車が停まっていて、車の前で立ち話している人影が見られた。
「すみません、ZAIYAの方ですか?」
穂積は、近づいて声を掛ける。女性がパッと振り返り、満面の笑みを浮かべた。
「はいはい!あなたが穂積さんねー?」
「はい。初めまして!あの、僕の親戚はまだ、来てませんか?」
「うさぎさんはまだよー。染香ちゃんと来る予定よー。5時には仙台出るって言ってたから、そろそろ着くと思うけどー」
「そうですか」
良かった。同行者がいるらしい。
「私は小田ちなみよー。電話で何回か、やりとりさせて貰ったわねー。普段は東弘大で教員してるわー。よろしくね」
「はい。僕は穂積圭吾です。東京で会社員してます。親戚の子が、こちらの活動に参加したいとの事で、保護者役として、今後同行させて頂きます!」
「はは。硬いねー。そんな緊張しなくていいよ、緩い集まりだから」
そう言って笑ったのは、目にも鮮やかなピンク色の髪の青年だった。黒縁眼鏡を掛けた派手な出立ち。まったくもって、田舎の風景に馴染んでいない。
「俺は勢司了。一応職業はYouTuber。穂積さんと同じ、東京在住。ZAIYAの関東とみちのくで、記録係してるから、どっちにも顔だすよ」
「関東と、みちのく、ですか?」
「そうなのー。ZAIYAは全国で3拠点に分かれてるのよー。北から、チームみちのく、チーム関東、チーム陰陽。陰陽っては山陰道、山陽道の地域ね。ウチはもちろん、みちのくよー」
民俗風習学研究チームZAIYA。民間人で組織される、民俗学専門の研究チーム。所謂、非営利団体というやつらしい。
「俺は谷川颯太。仙台で公務員してるよ」
もう一人は、やたら背の高い男だった。いかにもスポーツマンといった雰囲気の、体格の良いさわやか好青年。にこやかに笑い、簡潔に挨拶をくれた。
「こちらも、今回初参加になるわ。斎木さやかさん。東京の大学に通う一年生よー。普段はチーム関東に在籍してるけど、今回は夏休みで、ご実家のある山形に帰省してるから、みちのくの活動に参加する事になったわー」
「よろしくお願いします。なんか、チームみちのくなのに、東京人多いですね」
さやかは、ふふふと笑う。いかにも都会ぶった、意識の高そうな美人だった。亜麻色の髪は緩くパーマがかかり、ふんわりと結って横に垂らしている。小綺麗なツーピーススーツに、少しヒールのあるパンプスを履いていて、あまり調査員という雰囲気は無い。対照的に小田は、ジャージの上に割烹着という、もはや地元民にしか見えない風貌であった。小田も、歳の頃は40代から50代くらいなのだろうが、ちゃんとすれば美しいであろう、整った容姿の女性であった。
「まだ来てないのは、うさぎさんと染香ちゃんの二人かなー?」
ー大丈夫なのか?
ちゃんと来れるのだろうか?相手は高校生だぞ?もし行方不明になどなっていたら、僕はもしかしなくても、石井さんに殺されるんじゃないか?やっぱり、無理矢理でも一緒に来た方が良かったんじゃないか?
ーそもそも、染香って誰だよ!?
穂積が石井の顔を思い浮かべて震え上がった正にその時、あまり耳馴染みのない低いマフラー音が聞こえて来た。
「あ、来た」
谷川が向こうを見る。視線を追うと、白い車が公民館に入って来た。
「フェラーリだ……」
まさかこんな所で、こんな異次元の高級車を目にするとは思わなかった。フェラーリは一切の迷いの無い動きでバック駐車すると、スンっとエンジンが止まる。運転席から、黒いジャージを着た金髪の女が出て来た。
ー極道の方?
どう見ても一般人ではない。ジャージも、きっと普通のジャージではない。ウン十万年するブランドのジャージに違いない。勢司にも負けないド派手な金髪は腰まで長く、一つに結い上げている。
「待たせたわね」
映画のヒーローの様な台詞が、恐ろしく似合っていた。
「染香ちゃん、お疲れ様ー。うさぎさんは?」
「いるわよ。あれ?」
金髪の女は、慌てて助手席の方に周る。甲斐甲斐しく開けてやると、中から小柄な少女が降りて来た。
「すみません、降り方が分かりませんでした」
こちらは目に優しい、艶やかな黒髪だった。
ーなるほど、これはやばい。
美少女だ。
しかも、絶世が付く。
世が世なら、国を傾けるレベルだ。
石井が必死に世間から隠そうとするわけだ。シンプルな白シャツに、カーゴパンツという地味な服装をしているのに、周りのピンク頭や金髪頭よりも目を引く、宝石の様な瞳。
「歌川染香さんと、うさぎさんよー。うさぎさんも、今回初参加よー。みんな揃ったから、改めて紹介するわよー」
秋田県大船町は、実在しない地名です。




