69 エピローグ
時は流れ、雪解けの季節。瑠璃唐草が地面を青く染める頃。
一組の若い夫婦が、旧三浦邸を見に来ていた。
「すごい、新築だよね?庭もめっちゃ広いし。これで土地代込みで2300万って、安すぎない?やっぱ間違いじゃない?」
「ええ?でも広告に載ってたのは、確かにここだったよ?なんか、訳あり物件なのかな?やっぱ一回、不動産屋に聞いてみる?」
旦那さんが、不安そうに門前から中を眺める。
「見て、お地蔵様いる。待って、めちゃ可愛くない?」
足元を見た奥さんが、嬉しそうに言ってしゃがみ込む。そこには、にこやかに微笑むお地蔵さんが一体佇んでいた。
「ホントだ!エモいね。このお地蔵様も付いて来るのかな?お得じゃない?」
「めちゃご利益ありそう!洸くん、庭に信楽焼のたぬき置きたいって言ってたじゃん!お地蔵様の隣にたぬき置こうよ!」
「それ、めっちゃ良いね!」
陽気に会話を弾ませる二人に、老人が声を掛ける。
「物件見に来たんかい?」
「あ、はい!今度子どもが産まれるんで、戸建てで探してまして!できれば、広い庭があったらいいなーって。広告でここ見て、ちょっと下見に来てみました」
「ご近所の方ですか?」
奥さんの問いに、老人は背後を指差す。
「そこんちの、じいさん」
「お隣さんなんだ!おじいさん、この物件、新築なのにめちゃくちゃ安いんですけど、何でだか知ってますか?」
「ああ、多分、前のオーナーが、引っ越してすぐに、この出入り口で車の衝突事故起こして、亡くなってるんだよ。そのせいじゃないかな?」
「え?ここで?」
ご主人は、自分の足元の道路を見て、慌てる。
「ここは大きい道路だけど、カーブになってるだろ?下り坂にもなってるから、走り慣れてない人は知らずにスピード出しちゃうから、けっこう危ないんだよ。過去にも、同じような事故が起きててね」
そこまで言って、お爺さんは入り口のお地蔵様を指差す。
「このお地蔵様をどかすと事故が起きるから、地元の人には、呪いのお地蔵様なんて、呼ばれてるんだよ」
「まあ」
奥さんは、驚いて口をあんぐり開けるが、すぐに首を傾げる。
「てことは、動かさなきゃ良いんですよね?」
「そうそう。入り口にさえ置いておけば、家人を守ってくれるよ」
「それって、どかしたからご利益が無くなったってだけだよね?」
「ついでに言うと、もし住もうと思うなら、この塀は取り払った方が良い。塀があると、庭から車が出る時に、道路側から全く見えないから、危ないんだ。坂道になっているから、上から来る車はスピードが出ている。それと、門の位置も、ウチと同じくらいの場所に移すと良いよ。ここならカーブに入る前に門が見えるから、向こうから来る車も減速してくれる。車が出ようとしてるのも見えるしね」
「確かに、入り口がここじゃ、上から来た時まったく見えないですよね」
「門を移す時は、もちろんお地蔵様も一緒にね」
「はい、それはもちろん!」
「冬になったら、お地蔵様に毛糸の帽子とコート作ってあげようよ。めっちゃ可愛くない?」
「それは良いね。このお地蔵様を置いたおばあちゃんも、毎年ポンチョを作ってあげてたよ。元々は、二体居たんだよ、入り口の左右両方に。あれは、庭の入り口を広くとるための、目印だったんだろうね」
「じゃあやっぱり、お地蔵様が寂しくないように、たぬきさん買って来て、置いてあげよう」
ご主人は、お地蔵様の頭をなでながら、意気揚々と言う。
「このお地蔵様みたいに、可愛いのにしてよ?」
奥さんの言葉に、ご主人はうんうんと頷く。
「もちろん!」
「お盆までには、引っ越したいね!」
「良いねぇ。来てくれたら、うちの野菜と梨を分けてあげようねぇ」
おじいさんが、上機嫌に言うと、奥さんはパッと顔を輝かせる。
「え?いいんですか?」
「もちろん。畑やってんだけど、婆さんと二人じゃ、とても食べきれないからね」
「やったー!」
「ここは静かで、良い所だよ。ちょっと行くと海もあるし、夏には大きな祭りもある」
「さっそく、不動産屋さんに行ってみよ?おじさん、また来ますね」
お爺さんは、にこやかに二人を送り出す。足元のお地蔵様を見て、そっと声を掛けた。
「良かったねぇ。今度は賑やかな暮らしになりそうだね。どうか守っておくれよ」
雲雀が遠くで囀る。
春が、すぐそこまで来ていた。
2章も、最後まで読んで下さって、ありがとうございます。




