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古谷と谷川、そしてうさぎと太郎の四人が再び日理地区を訪れたのは、年が明けてからだった。1月7日。この日は雪が深く積もっていた為、一行は古谷のランドクルーザーに乗って来ていた。
前回と同様、墓地に車を停め、歩いて県道を下りて行く。雪は20センチほど積もっていたが、除雪車が雪を掻いていたため、車道寄りに歩けば然程苦にならなかった。ただ、気温は低く、肌が凍て付くような寒さでヒリヒリとした。
目的の三浦邸に辿り着くと、以前とは違い、真っ暗な壁が、庭一面に張り巡らされていて、中の様子が全く分からなくなっていた。高さも2メーター程あり、異様な雰囲気を醸し出している。南側に移された門から、引越しトラックがゆっくり出て来て、走り去って行く所だった。
「あれ?引越しトラック?」
驚いて、太郎は門の中を覗きこむ。すると、庭に女性が二人いて、軽自動車にせっせと荷物を積んでいる所だった。
「あ、この間のお兄さん!」
娘の方が門前にいる太郎に気づいて、声を掛けてくる。喪に伏しているとは思えぬ程にこやかに手を振っていた。雪より真っ白なコートが、印象的だった。
「何?知り合い?」
母親が尋ねると、娘はブンブン首を振った。母の方も華やかな、ピンクグレーのコートを着ている。
「違くて。えーっと、前に庭でパパがお地蔵さん壊してた時に、怪我したじゃん?あの時偶然通りかかって、タオル貸してくれたお兄さん。お地蔵さんの調査してたんだっけ?」
「そうです。覚えててくれたんですね」
太郎が愛想良く笑う。後ろにいた古谷達も頭を下げると、女の子は驚いて声を上げる。
「うわ、イケメン!背、高!」
古谷を見てなのか、谷川を見てなのか分からないが、目を大きくしている。
「あらまあ、その節はお世話になりました。またお会いできたのに申し訳ないですが、私達、今日でここを引っ越すんです」
「そうみたいですね。こちらに越して来たばかりなのに、いったいどうして?」
「実はさー、この間、事故でパパ亡くなっちゃったんだよね。元々私もママも、ここに住むのは反対だったからさ。もうパパもいないし、ここに住んでる理由もないから、また仙台市内に戻る事にしたの。私もその方が、学校近いし」
「ご主人が……大変でしたね」
「いいのいいの。モラハラで嫌な旦那だったからさ。離婚する手間が省けて良かったわ。いなくなって、せいせいした。あの人、あんな偉そうにしてたのに、お葬式の時、親戚以外、ほとんど誰も来なかったんだから」
「ねー。俺は会社で慕われてるとか、取引先に気に入られてるとか、散々家で自慢してたのにね。会社の人なんて、葬式に来たのたった二人だよ?しかもどっちも上司。超ウケる。ダサすぎない?」
「いっつも口だけだったもの。嫌われて当然よ。どうせ会社でも、無駄に威張りちらしてたんでしょ」
故人に対して、散々である。生前の行いは気を付けていこうと、太郎は固く心に誓う。せめて家族にくらいは、死を偲ばれたい。
ーそういえば、古谷さんは一緒に骨になるって言ってたな。この夫婦とは、雲泥の差だ。それともこの夫婦も、昔は仲睦まじかったのだろうか?好きあって結婚したはずなのに、どうしてこんなに憎む様になったのだろう?日々の積み重ねが、取り返しがつかない程の溝を、掘って行ったのだろうか?
「お地蔵さんも壊して、ひとりぼっちにしちゃったしね。やっぱ罰当たったんじゃない?」
門前には、お地蔵さんが戻されていた。ぽつんと一人で、佇んでいる。
「入り口に戻したんですね」
古谷がお地蔵様を見つめながら言うと、婦人は微笑んで頷く。先程とは違い、優しい顔で微笑んでいた。
「まあね。悪い事してないのに、退かしたりしたら可哀想でしょ?ひとりぼっちにしてしまって、申し訳無かったわね」
そう言って、婦人は手を合わせる。
「さ、そろそろ行かないと。それじゃあ、失礼しますね」
「ばいばーい」
もう二度と、会うこともないだろう。二人を乗せた軽自動車は、ゆっくりと門を出る。念の為、道路に出て古谷が誘導してくれていた。軽自動車は、挨拶にプップッと2回クラクションを鳴らして、下り坂を走り去っていく。
可愛らしいお地蔵様が一体、それを優しく見送っていた。




