66
小田が合流して、もう一度乾杯すると、再び周りは賑やかになった。特に小田は元気いっぱい、いつもの様に豪快に飲み始める。谷川と勢司、安達の三人は、すでに酔っ払って右も左もない。見かねたうさぎは、古谷を見上げた。
「古谷さん、小田先生の所に、行ってあげて下さい。私はここで、穂積さんとでも、反省会、してますので」
涼やかな瞳が、うさぎを見返して来る。少しドキリとして、うさぎは目を逸らした。
「そう?じゃあ、ちょっと御大を労って来るわ。ほずみん!」
呼ばれて、穂積は従順な犬の様に素早くやって来る。
「はい!」
「ちょっと席外す。俺の大切なレディの相手よろしく」
「御意」
古谷が席を立ち、そこに穂積が座る。酒は好きだが、まったく強く無い穂積は、もう顔が真っ赤だった。
「あの、良かったら、ちょっとお話しせませんか、うさぎさん、穂積さん!」
太郎は、勇気を出して目の前の二人に声を掛ける。
「はい。喜んで」
「はいはい!僕もいつだって、ウェルカムですよ!」
うさぎはあっさり頷く。穂積も元気に答えながら、顔はぽーっとしている。
太郎は、心の中で懺悔した。
ーすみません、うさぎさん!利用させて頂きます!
「うさぎさんは、古谷さんと付き合ってるんですか?」
「え?ああ、付き合っては、いません」
ーえ?そうなの?
あんなに仲睦まじいのに?
太郎は焦る。さっそく予定が狂った。
「でも、うさぎさんは古谷さんに告白されてます。出会って2秒で」
うさぎに変わって、穂積が揚々と答える。
「え!?そうなんですか?」
「ええ?あの古谷君が?何か意外だね」
萌音も驚く。
「全然、恋愛に熱心なタイプじゃなかったのに」
「一目惚れなんですって!でも、定年まで教師でいたいから、ちゃんとうさぎさんの卒業まで待ってるそうです」
「へえー!純愛じゃん!」
「その、うさぎさん的に、どう思ってるんですか?けっこう、古谷さんと歳離れてますよね?」
太郎は問う。願いを込めて。
ー頼む!ポジティブな答え、プリーズ!!
「そう、ですね。あまり年齢差は、感じないです。古谷さんが、あまり私を、子供扱いしないでいてくれるからだと思います。一緒にいる時は、私も、自然体でいられます」
「そっかー。で?うさぎさんは?古谷君の事、どう思ってるの?」
萌音が、ニンマリして尋ねる。うさぎは、白い頬を少しだけ染めて、目を伏せる。まつ毛が長かった。
「まだ、よく分からないのですが……その、古谷さんが、堀宮さんの事を『萌音』と呼んでいるのを聞いて、実はちょっと、モヤモヤして、ます」
「やーん!嫉妬してくれてるの?可愛いー!!うさぎさんだって、うさぎって呼ばれてるじゃん。大丈夫よ、アタシちっとも相手にされてないから!」
萌音はうさぎの頭をなでなでして、上機嫌で酒を飲む。うさぎも居心地悪そうに、烏龍茶をちびりと飲んだ。
ー今しかない!
太郎は、覚悟を決めた。酒の力は借りない!
「萌音さんは?歳下、嫌いですか?」
ー言った!言ったった!
うさぎも、目を丸くしてこちらを見る。穂積は相変わらず、赤い顔でぽーっとしていた。
ー萌音さんは?
恐る恐る横を見ると、驚いたような顔で、顔を赤らめていた。大きな瞳が、さらに大きくなっている。
「えーっと、話しが合って、前にも言ったけど、偉そうな人でなければ、年齢差は気にならないかな?上でも下でも、どっちでも大丈夫、かな?」
「自分、めっちゃ尻に敷かれるタイプです!」
これは自信を持って言えた。
「言い方」
うさぎが突っ込む。
「えーっと、それって、つまり?」
目をぱちくりさせながら、萌音は太郎を見返す。
「自分、立候補します!」
「キャー!」
何故か穂積が、真っ赤な顔で、両手で口を押さえている。酔っ払ってたんじゃなかったのか。
「でも、私、26だよ?太郎君の、何個上?」
「自分、今二十歳です!6歳しか違いません!全然平気です!体力あります!貯金もあります!あと、英検2級持ってます!」
「英検関係なくない?」
「えー?ちょっと、びっくり。その、ちょっと、考えさせて?」
戸惑う萌音に、太郎は右手を差し出す。
「お友達からお願いします!」
「は、はい!」
萌音もその手を握る。
「何か、見覚えある光景ですね、うさぎさん」
「デジャブ、です」
穂積とうさぎが、そっと呟き合った。




