表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
祟り地蔵の御役
65/267

65 孤軍奮闘

 20歳になり、お酒をたしなむようになってから、太郎には分かった事がある。酒の勢いというのは、実に便利であるという事。特に太郎のような内気なタイプの人間には。


ー酒の神よ、我に力を!


 今日、この場で、必ず萌音に聞いてみせる!

 年下は有りか無しか!何歳差まで許容範囲か!


 どうすればいい?どうやって会話を盛り上げれば!?

 如才ない萌音は、太郎が上手く話さなくても、適度に会話をふってくれて、それなりに楽しい場の空気を作ってくれる。だが、これではダメなのだ!


 いい感じの男女の会話とは、これ如何に?


 手掛かりを求めて、太郎は前方を見る。目の前の座席では、古谷とうさぎが仲睦まじく会話していた。


「古谷さん、カニバリズムって、どう思います?」


「カニバリズム?人喰いのあれ?」


 古谷は喉を鳴らしてビールを飲みながら、首を傾げる。


「はい。それです」


 うさぎはもぐもぐと刺身を食べながら、カニバリズムの話しを聞きたがるという地獄画図。


「んー。寄生虫とか怖いし、あんまり人肉を食べる事はお勧めできないかな」


「すみません、聞き方、悪かったです。カニバリズムを題材とする小説って、多いじゃないですか。古谷さんは、どんな印象を持ってますか?」


 カニバリズムとは、人間が人間の肉を食べる行為、または習慣の事である。


「うーん、そうねえ。戦時中の、飢餓きがに苦しんだ上での人喰いとかは別として。行き過ぎた愛の終着点、ていうイメージかな。俺がカニバリズムと聞いて一番に思いつくのは、雨月物語うげつものがたりだ」


 雨月物語。江戸時代後期に、上田秋成うえだあきなりによって書かれた読み本。


青頭巾あおずきん、ですね」


「そう。徳の高い僧侶が、寵愛ちょうあいしていた稚児ちごの死を受け入れられず、埋葬せずに側に置き、やがて腐りゆく姿に耐えきれず、その肉と骨を食べ尽くしてしまう。僧侶はやがて鬼になってしまう。確か、そんな話しだ」


「食べれます?愛した人の肉」


「うーん。自ら進んで食う事はないかな。でも、死後、愛した人の一部を、どうにかして自分の中に取り込みたい、と願う気持ちは、何となく分かる。形見とかじゃ、ダメなんだよな。その人自身の、どこか一部」


「どこか、とは?」


「例えば、髪とか、爪とか」


 そう言って、古谷の指はうさぎの長い髪を弄ぶ。


「あるいは、骨。『骨噛ほねがみ』という風習を、知ってるか?」


「いいえ」


「日本各地に残る社会文化的儀礼で、葬儀の時、死者の魂を受け継ぐ為に、家族や親しい人が死者の骨を食べる風習だ。喉仏は特に、近しい人が食べるという」


「魂の継承、ですか」


「そう。または、最愛の配偶者への、強い情愛の念から」


「何故、骨なのでしょう?」


荼毘だびに付した後、人界に残された最後のからだだからね。他には何もない。全部、神様に持ってかれちまう。思い出以外、全て」


「なら、私の骨も、あげますね」


「いらない。その時は、俺も一緒に骨になる」


「なら、100歳くらいまで、生きなきゃですね。私の方が若いですし、女の方が寿命長いですし」


「俺が先に行くのは無し?」


「却下です」


 太郎は震えた。全くもって、二人の会話は参考にならなかった。


ー真似ようも無いし、真似しちゃいけない気がする!


 こうして、太郎の孤軍奮闘こぐんふんとうが始まった。



「萌音さんは、お地蔵さん調査以外は、ZAIYAの活動に参加しないんですか?」


 太郎の質問に、萌音は少しバツが悪そうに答える。


「うーん、そうねぇ。元々、お地蔵調査がしたくてZAIYAに参加したから、他の調査はあんまり来た事ないかな。どうしても人手が足りなくてって時に、一度くらいは来た事あったけど。旧佐和切村の調査の時だったかな」


「やっぱり、お地蔵さん調査以外は、興味ないですか?」


「どうかな?前に手伝った時は、それなりに楽しかったけど。まあ、休みの日はなるべくあっちこっち行って、お地蔵様見たいってのが今までは強かったかな」


「さっき、萌音さん言ってたじゃないですか。お地蔵様は、祈りそのものだって」


「うん。そうね」


「自分、あの話聞いて、すごいしっくり来た事あって」


 ここまで話して、太郎は勢いよくカシスオレンジを飲んだ。本日二杯目である。


「自分、昔から民俗学に興味があって。でも、進学する時に、親や周りから言われたんですよ。そういうの好きなら、考古学とか、地質学とかの方が就職先も多いから、そっちにしなよって。でも、確かに化石とか遺跡とか、そういうのもすごく好きなんですけど、やっぱり一番は民俗学なんですよ。でも、その理由が自分でもよく分からなくて。何でそんなに好きになったのかなーって、自分でも不思議だったんです」


「うんうん」


「だから、萌音さんの祈りって言葉を聞いて、はっとしたんです。そっかーって!自分、古い物が好きなんじゃなくて、古い物に残されたり、託されたりした、昔の人々の思いを調べるのが好きなんだって。どうして、こんな摩訶不思議な祭りが生まれたのか、とか、へんな文化が根付いてるのか、とか。ちょっと怖い伝承とか。でも、それらって全部、昔の人から、未来の彼の地の人の為に残された、祈りや警鐘なんですよね」


「うん。そうね」


「ずっとここに住む人達が、豊かでありますように、とか。これは危険だから、気を付けてないとダメだ、とか。そういうのを伝える為に、人の生活に溶け込んで、当たり前のように継承されて来た。確かにそれは、祈りなんです」


「そうね」


「だから!お地蔵様が好きなように、萌音さんが好きな物、他の調査でも見つけられると思うんです」


 もう一度、勢いよくカシスオレンジを飲む。飲み干した。


「だから、他の調査も、一緒にやりませんか!?絶対、楽しいと思います!!」


「う、うん」


 戸惑いながらも、萌音は頷く。


「え?良いんですか?」


「う、うん。そこまで言ってくれるなら……」


 やった!太郎は魂でガッツポーズを作る。


「え?萌音ちゃん、お地蔵様の調査以外も、来る事にしたの?」


「お、いいじゃん!」


 勢司と安達が会話に混ざって来る。こちらはだいぶ酔っ払っていた。まだ小田先生も到着していないというのに。


「まあでも遠いから、秋田か青森辺りでやる時にしようかな。流石に毎回福島や宮城に来るのは、大変だからね」


「全然、オッケーだよ。ね?谷川君!」


「おう。逆に青森秋田の時は、メンバー集まりにくいから、助かるかも」


「そっか。遠いと、七海さんも来れなくなるしね。ウチら主婦ズもだけど」


「俺はどこへでも行くけどね」


 勢司が笑うと、太郎も「自分も、どこへでも行きます!テスト期間以外は!」と同調した。萌音が笑う。その笑顔に心奪われたタイミングで、勢い良く小田ちなみが登場した。


「遅くなったわー!ごめんねー!!お土産買って来たから許してー!」


 相変わらずの、のっそりとした口調で、珍しいスーツ姿でやって来た。


「お疲れ様です。学会どうでした?」


 古谷が小田の荷物を預かり、上座に誘導する。


「いつも通り、ジジイの話しが長かったわー。あれがなきゃ、あと2時間は早く帰れたのにー。疲れたわー。ビール飲みたい」


「はい。ビールですね。他、グラス空いてる人いたら、一緒に頼むよ。小田先生来たから、もう一度乾杯するよ」


「あ、自分、頼むんで、先生の分も持って来ます!」


 太郎は立ち上がり、萌音のグラスを見る。


「萌音さんも、同じので良いですか?」


「うん、ありがとう」


 にっこりと笑う萌音。あと少し!どうにかして、年下が好きか、問わねばならぬ。太郎の孤軍奮闘は続いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ