62 歪な家族
工場で話を聞き終わり、一同は墓地へと戻って来た。
「アタシ、さっきの三浦さんの家で、呪いのお地蔵様の話し聞きに行きたい」
やはり萌音はそう言って、古谷の顔を見る。
「別にいいけど、個人宅だし内容もデリケートだから、全員で行くのはやめよう。七海さんは、まだ時間大丈夫?」
「あと1時間くらいは大丈夫だよ」
七海は、どの現場で活動していても、宿泊はせずに必ず自宅に帰る為、だいたい3時頃になると撤収する。時計を見ると2時を少し回った所だった。
「あ、じゃあ、自分ご一緒します」
太郎が立候補する。
「じゃあ、俺たちはここで待機してるから、二人行って来て。オーナーの許可が出るなら、写真も撮って来てね」
「はーい。太郎君、デジカメよろしく」
「はい!じゃあ、行って来ます」
萌音と並んで道を下って行く。三浦邸までは少し距離があった。結構な傾斜のある下り坂なので、行きは良いが帰りは辛そうだった。相変わらず道幅は広い。車通りも殆どなかった。やがて大きなカーブを曲がり切った所に、件の家があった。黒い外壁の、三浦邸。
「あれ?あれれ?」
萌音の声が裏返る。
「お地蔵様が無い!」
つい先程まで、入り口に二体あったお地蔵様が、両方とも無くなっていた。
「何で!?」
「あああああ!!」
萌音が声を上げると同時に、庭先の方から男性の悲鳴と慌てた様な声が聞こえて来た。
「キャー!ちょっとパパ!?血が出てるよ?やばく無い?」
「いってー!!何ぼけっとしてんだよ!早くタオル持って来いや!バカか!?」
男性の怒鳴り声。見ると男が身を屈めて、片手で顔を押さえている。
「ねえ、ママー。タオルあるー?」
対する若い女の、呑気な声。見た目は高校生くらいだろうか。すると、今度は家の窓が開いて、中から中年の女性が顔を出す。
「タオルなんてないわよ?カーテンならあるけど」
「ダメに決まってんだろうが!バカ!見て分かんねえのかよ!血が出てんだよ!」
男性の声だけが慌てている。これは只事では無いと、太郎は道路から大きな声を掛ける。
「どうしました?怪我ですか?タオルで良いなら、ありますよ」
「あ?あー、すいません!でも、お借りすると汚しちゃうから」
「大丈夫です!そちらに行っても良いですか?」
「助かります。お願いします」
太郎達が庭に入ると、奥でしゃがみ込んでいた男性が、ゆっくり顔を上げる。左目の下辺りを切ったようで、血を流していた。
「大丈夫ですか?タオル、洗ってありますし、未使用なので、とりあえずこれで止血して下さい。病院行きますか?必要なら、自分、車持って来ますよ」
「親切に、ありがとうございます。多分、それほど深い傷じゃないですし、妻も運転はできるので、ご心配なく」
「ええー?私、パパの大きい車、運転するの嫌なんだけどー」
婦人が、顔を顰める。
「んな事言ってる場合かよ!良い加減にしろよ!バカが!」
男は怒鳴る。太郎は、ビビりながらも何となく、怒鳴りたくなる気持ちも、分かる気がした。
「それ、入り口にあったお地蔵さんですか?」
萌音は、男の足元を見て、青い顔で尋ねる。タオルで顔を押さえながら、男は「そうですよ」と、何てことなく答えた。お地蔵様であったそれは、男の足元で砕け散っていた。顔と胴体が分かれ、顔は半分砕けてしまっている。二体のうち一体は、まだ無事な姿で、側で横向きに倒れていた。
「どこの業者も引き取ってくれないから、砕いて不燃ゴミで出してやろうと思って。前にこのまま不燃ゴミに出したら、回収しないで、わざわざ庭の前に戻されてたんですよ?酷くないです?」
だから、砕いたのだと、男は笑う。
「ただの石なら、持ってくっしょ。いてて。この為に、わざわざハンマドリル買ったんだから」
砕いている最中、飛んできた破片で顔を切ったそうだ。
「どう?血、止まってきた?」
男はタオルを外して、傷口を奥さんに見せる。奥さんは少し面倒臭そうに見て、「まあ、大丈夫じゃない?」
と答える。
「このお地蔵様、呪いのお地蔵様らしいよ。まあ、俺は無宗教だから気にしないけど。気に入ったなら、一個持ってく?ただであげるよ。重いけど」
「ねえ、それよりパパ!私の部屋のレースカーテン無いんだけど」
娘の言葉に、男は再びタオルを顔に押し当てながら、「はあ?」と不機嫌な声をあげる。
「店に買いに行った時、サイズ無いから、取り寄せて発送するって、店の人言ってただろうがよ。なんで覚えてねんだよ!バカが!」
「はあ?そんなん知らねーし。てゆーか、パパ煩い」
随分、口の悪い親子である。
「あの、お地蔵様、写真だけ撮ってもいいですか?」
空気を読まずに、萌音が男に尋ねると、流石に驚いた様子で、男は「お?おお」と返事する。
「写真なんて撮って、どうすんの?」
「市の委託で、道沿いのお地蔵様の調査をしている者なんです。不躾ですみません」
太郎が代わりに謝ると、男は驚いた顔をして見せた。
「はあ!お地蔵さん調査!?世の中には、変わった仕事があるもんだなあ」
「いえ、仕事と言うより、僕たちはボランティアで活動しています」
在野の調査員と言っても、なかなかに伝わり難いので、こういった場面では、太郎はボランティアと称している。
「はあ!ボランティア!?金にもならんのに、よくこんな事してられるね。楽しいの?」
「ええ。こうして町の方とお話しするのは、勉強になって楽しいですよ」
苦笑いしつつ、太郎は愛想良く答える。
「この辺なんて、死に損ないのジジイとババアしか居ねえじゃねえかよ」
バカにした様に笑い、男はもう一度タオルを外す。傷口は、紫色に腫れていて痛そうだった。病院に行った方が良さそうだが、隣で奥さんは、見て見ぬふりで顔を逸らす。
「私、残りのカーテン下げて来ちゃうわね」
さっさと家の中へ入って行った。
「私もー」
娘も後を追う。
「たく、これだから女は。すみませんねー、失礼な態度で」
アンタも大概だろうと思いつつ、太郎は愛想笑いで応える。
「どうして、お地蔵様を撤去したんですか?」
「どうしてって、邪魔だからに決まってるでしょ。何の役にも立たないし、家の雰囲気にも合わないしさ。それに、庭の周りに塀を回して、中見えない様にしたいんだよね。庭でバーベキューとかしたいしさ。隣の家や道路から丸見えじゃ、恥ずかしいでしょ?入り口ももう少し南の方に寄せたいしね。今の入り口の場所だと、丁度隣ん家の門と向き合うから、キショいんだよね」
男は笑う。
「兄ちゃん、ごめんね。このタオル貰うね」
「全然、気にしないで下さい。目の下、腫れて来てるんで、病院行った方が良いですよ。それじゃ、僕達はこれで。お大事に」
太郎はぺこりと頭を下げて、萌音の手を引く。
「萌音さん、行きましょう」
「うん」




