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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
祟り地蔵の御役
61/267

61 トドメ様

 再び町道を上り、車は墓地を目指す。


「それにしても、広々とした道路ですよね」


 広い道路を運転しながら、太郎は感想を漏らす。


「山形や秋田なんかも、豪雪地帯はこれくらい道路幅広いわよ」


 萌音が言うと、助手席に座っていた七海も頷く。


「そういうとこもあるね。でもこの辺りは、上の採取場さいしゅじょうに行き来する大型重機やトラックが多いから、区画整備くかくせいびの時にあえて道路幅を広く取ったらしいよ」


「ああ、なるほど。さっき行ってた港の方は、そんな広い道路じゃなかったですもんね。じゃあ、この辺だけなのかな?」



 速度を落として、大きなカーブを曲がる。右側に民家があって、入り口付近にお地蔵さんがあった。


「あ、さっき言ってた呪いのお地蔵様って、あれ?」


「そう。家の人、今来てるみたいね。庭に車停まってる。後で帰る時、まだいるようだったら、話聞いてみようよ」


 どうやら萌音は、かなり興味があるようだった。太郎は何となく、遠慮したいのが本音だったが、それでも、萌音が行くなら自分も着いて行こうと、心を決める。



 再び墓地に車を停めると、先程と同様山道を歩き始める。広過ぎる程の道路の端を並んで歩きながら、お地蔵様を見つけると、軽く眺めて手を合わせ、萌音はささっと写真を撮って次へと進む。

 10分程坂を登ると、いといコンクリート工場の入口に着いた。インターホンを鳴らすとすぐ返事があり、壮年の作業着姿の男性が出て来てくれた。


佐山さやまさん、お久しぶりです」


 古谷と谷川が、並んでお辞儀をすると、佐山と呼ばれた男性も、慌てて頭を下げる。


「どうも、お久しゅうございます。何年ぶりでしょう?前回は、お二人まだ学生さんでしたよね?あ、こちらの御仁も、あの時いらしてましたよね」


 七海もまた、にっこり笑って挨拶する。


「六年ぶりになります。まさかこんな老人の事まで覚えてて下さるとは。驚きました」


「そりゃあ、お地蔵様の調査で人が来る事など、なかなか無いですからね。会社で大事にして来たお地蔵様達を、見ていただけるのは、なかなかに嬉しい事にございます。今日も、わずかな時間ではありますが、お答え出来る事なら、何でもお話しさせて頂きますね。さ、ここは寒いので、中の会議室を用意しておきました。そちらへ参りましょう」


 佐山は一同を、敷地内に案内してくれる。広大な敷地の工場だが、入り口すぐ近くに管理棟があり、その中の小会議室へと誘導される。他に社員はいないようで、佐山自ら茶を用意して、紙コップへと注いで配ってくれた。


「改めまして、いといコンクリートの佐山と申します。会社の開業時から勤めておりますので、だいたいの事は把握しております。何なりとお尋ね下さい」


 佐山は名刺を差し出す。役職は総務部長と記されていた。


「今回は、市の委託調査で、道沿いにあるお地蔵様を中心に調べています。分かる範囲で結構ですので、お地蔵様の由来をお尋ねしても宜しいでしょうか?」


「はいはい。だいたいお答え出来ると思います」


 佐山は自信を持って答える。


 まずは、墓地から登ってすぐに祀られている、祠に入ったお地蔵様から。足元に、可愛らしい動物が座っている。デジカメの映像を見て、佐山は「ああ、はいはい」と笑う。


「可愛らしいでしょう?このお地蔵様は、うちの社長が地元の石屋さんに依頼して、作ってもらったお地蔵様です。足元に、うさぎと狐と狸がいます。小さいので、ちょっと分かりにくいですかね。いずれも、当社が敷地を購入する以前、よく山道で轢き殺されてしまっていた動物なんです。我が社が工場を営むに当たり、もうこれ以上動物の犠牲を出さないようにと願いを込めて、祀っております。社員達も、車や重機で山道に入ったらまずこのお地蔵様に挨拶して、スピードを落として安全運転する様に、心掛けてます。お陰様で、車や重機による犠牲はだいぶ無くなったと思います。むしろ、敷地を抜けて町道に出てからの方が、道に沢山の動物の死骸を目にしますね」


「そうだったんですね。祠もよく手入れされていて、綺麗でしたね」


 古谷の言葉に、佐山は嬉しそうに笑う。


「春夏秋冬、必ず一度はお地蔵様達を掃除する日を設けています。それ以外にも、うちの事務社員達は、時々磨いたり、冬には毛糸でポンチョを作って着せたりと、大事にしてくれているようです」


「すごいですね」


 立派な信仰心である。意識の高さが、不幸な事故を遠ざけてくれているのだろう。


「水子地蔵は前回の記録があるので、飛ばしますね。次の、こちらのお地蔵様は?」


「このお地蔵様は、工場を作る前からありましたね。由来は分かりませんが、ここが生活道路だったと考えると、やはり安全祈願だったのかなと、思います」


 もう一つは、採取場の手前にあったお地蔵様。これも、会社の社長さんが、同じ石屋さんに依頼して、作ってもらったお地蔵様らしい。採取作業は危険を伴う為、社員を守って貰う為にと、祀っているそうだ。


「最後のお地蔵様は、トドメ様と呼ばれています。工場が出来るずっと前からあるお地蔵様で、おそらく水子地蔵様と同じくらい、古いんじゃないでしょうかね?言い伝えがあって、子捨て、姥捨うばすて、身投げ人を思い止める為に祀られたと言われています。この山には、流れの激しい沢や、絶壁の岩場がある為、身投げする為に登って行く者が後を絶たなかったそうで。夏の終わりにはお坊さんが山に登って、毎年供養しています。今でも時折り、不幸の知らせはありますね。お陰でウチの会社では、怪談話が尽きません」


「ひいっ……」


 太郎と穂積が身を竦める。怖い話は苦手だった。誰も居ない工場が、妙に寒々しく感じてしまう。


 外でひょーっと風が吹いた。まるで誰かの悲鳴の様で、太郎と穂積は顔を見合わせて、情け無い顔で頷き合った。

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