61 トドメ様
再び町道を上り、車は墓地を目指す。
「それにしても、広々とした道路ですよね」
広い道路を運転しながら、太郎は感想を漏らす。
「山形や秋田なんかも、豪雪地帯はこれくらい道路幅広いわよ」
萌音が言うと、助手席に座っていた七海も頷く。
「そういうとこもあるね。でもこの辺りは、上の採取場に行き来する大型重機やトラックが多いから、区画整備の時にあえて道路幅を広く取ったらしいよ」
「ああ、なるほど。さっき行ってた港の方は、そんな広い道路じゃなかったですもんね。じゃあ、この辺だけなのかな?」
速度を落として、大きなカーブを曲がる。右側に民家があって、入り口付近にお地蔵さんがあった。
「あ、さっき言ってた呪いのお地蔵様って、あれ?」
「そう。家の人、今来てるみたいね。庭に車停まってる。後で帰る時、まだいるようだったら、話聞いてみようよ」
どうやら萌音は、かなり興味があるようだった。太郎は何となく、遠慮したいのが本音だったが、それでも、萌音が行くなら自分も着いて行こうと、心を決める。
再び墓地に車を停めると、先程と同様山道を歩き始める。広過ぎる程の道路の端を並んで歩きながら、お地蔵様を見つけると、軽く眺めて手を合わせ、萌音はささっと写真を撮って次へと進む。
10分程坂を登ると、いといコンクリート工場の入口に着いた。インターホンを鳴らすとすぐ返事があり、壮年の作業着姿の男性が出て来てくれた。
「佐山さん、お久しぶりです」
古谷と谷川が、並んでお辞儀をすると、佐山と呼ばれた男性も、慌てて頭を下げる。
「どうも、お久しゅうございます。何年ぶりでしょう?前回は、お二人まだ学生さんでしたよね?あ、こちらの御仁も、あの時いらしてましたよね」
七海もまた、にっこり笑って挨拶する。
「六年ぶりになります。まさかこんな老人の事まで覚えてて下さるとは。驚きました」
「そりゃあ、お地蔵様の調査で人が来る事など、なかなか無いですからね。会社で大事にして来たお地蔵様達を、見ていただけるのは、なかなかに嬉しい事にございます。今日も、わずかな時間ではありますが、お答え出来る事なら、何でもお話しさせて頂きますね。さ、ここは寒いので、中の会議室を用意しておきました。そちらへ参りましょう」
佐山は一同を、敷地内に案内してくれる。広大な敷地の工場だが、入り口すぐ近くに管理棟があり、その中の小会議室へと誘導される。他に社員はいないようで、佐山自ら茶を用意して、紙コップへと注いで配ってくれた。
「改めまして、いといコンクリートの佐山と申します。会社の開業時から勤めておりますので、だいたいの事は把握しております。何なりとお尋ね下さい」
佐山は名刺を差し出す。役職は総務部長と記されていた。
「今回は、市の委託調査で、道沿いにあるお地蔵様を中心に調べています。分かる範囲で結構ですので、お地蔵様の由来をお尋ねしても宜しいでしょうか?」
「はいはい。だいたいお答え出来ると思います」
佐山は自信を持って答える。
まずは、墓地から登ってすぐに祀られている、祠に入ったお地蔵様から。足元に、可愛らしい動物が座っている。デジカメの映像を見て、佐山は「ああ、はいはい」と笑う。
「可愛らしいでしょう?このお地蔵様は、うちの社長が地元の石屋さんに依頼して、作ってもらったお地蔵様です。足元に、うさぎと狐と狸がいます。小さいので、ちょっと分かりにくいですかね。いずれも、当社が敷地を購入する以前、よく山道で轢き殺されてしまっていた動物なんです。我が社が工場を営むに当たり、もうこれ以上動物の犠牲を出さないようにと願いを込めて、祀っております。社員達も、車や重機で山道に入ったらまずこのお地蔵様に挨拶して、スピードを落として安全運転する様に、心掛けてます。お陰様で、車や重機による犠牲はだいぶ無くなったと思います。寧ろ、敷地を抜けて町道に出てからの方が、道に沢山の動物の死骸を目にしますね」
「そうだったんですね。祠もよく手入れされていて、綺麗でしたね」
古谷の言葉に、佐山は嬉しそうに笑う。
「春夏秋冬、必ず一度はお地蔵様達を掃除する日を設けています。それ以外にも、うちの事務社員達は、時々磨いたり、冬には毛糸でポンチョを作って着せたりと、大事にしてくれているようです」
「すごいですね」
立派な信仰心である。意識の高さが、不幸な事故を遠ざけてくれているのだろう。
「水子地蔵は前回の記録があるので、飛ばしますね。次の、こちらのお地蔵様は?」
「このお地蔵様は、工場を作る前からありましたね。由来は分かりませんが、ここが生活道路だったと考えると、やはり安全祈願だったのかなと、思います」
もう一つは、採取場の手前にあったお地蔵様。これも、会社の社長さんが、同じ石屋さんに依頼して、作ってもらったお地蔵様らしい。採取作業は危険を伴う為、社員を守って貰う為にと、祀っているそうだ。
「最後のお地蔵様は、トドメ様と呼ばれています。工場が出来るずっと前からあるお地蔵様で、おそらく水子地蔵様と同じくらい、古いんじゃないでしょうかね?言い伝えがあって、子捨て、姥捨、身投げ人を思い止める為に祀られたと言われています。この山には、流れの激しい沢や、絶壁の岩場がある為、身投げする為に登って行く者が後を絶たなかったそうで。夏の終わりにはお坊さんが山に登って、毎年供養しています。今でも時折り、不幸の知らせはありますね。お陰でウチの会社では、怪談話が尽きません」
「ひいっ……」
太郎と穂積が身を竦める。怖い話は苦手だった。誰も居ない工場が、妙に寒々しく感じてしまう。
外でひょーっと風が吹いた。まるで誰かの悲鳴の様で、太郎と穂積は顔を見合わせて、情け無い顔で頷き合った。




