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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
祟り地蔵の御役
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60 閉眼供養

 閉眼供養へいがんくよう。お地蔵様から、魂を抜くという儀式。魂抜たましいぬき、または、お性根抜しょうねぬきともいう。


「寺が、供養を断る?」


 太郎が驚いて、目を丸くした。呪いのお地蔵様の説明を一通り終えて、はらこ飯を食べ終えた一同は、食後のプリンを食べている。


「そうなんだけどね。まあこれは、驚く事でもないかな。そもそも寺の事業として、お地蔵様の閉眼供養を引き受けていないお寺も多い」


 谷川の説明に、隣で萌音も頷く。


「それに、これはアタシの見解だけど、魂抜きしても、あまり意味は無いと思うよ」


「そうなんですか?」


 太郎はさらに驚く。


「本来、お地蔵様が人を祟るはずがないからね。さっきも言ったけど、お地蔵様は慈悲深い神様よ。信仰が途切れて忘れ去られたとしても尚、道にたたずみ行き交う人の安寧あんねいを願ってくれる。祈りその物なのだから。だからきっと、お地蔵様が祟っているんじゃない。そこから退かそうとする行動が、理由は分からないけれども、禍いを呼び込むトリガーになっているんじゃないかな?」


 萌音の話が、いまいちピンと来ない。太郎は首を傾げて、萌音を見やる。


「結界、と言えば、イメージし易いかな?お地蔵様や道祖神には、集落に外部から悪霊や災いが入り込まないための結界という役割がある。また、この世と霊界の境界という役目もある。つまり、場所を動かす事により、結界が壊れて禍いが入り込む、なんて考え方も、あるって事」


「はあ、なるほど。イメージし易いです。そうか、聞いた事ありますね。村の守り神だから、村の入り口や辻に置かれる事が多いと」


「そゆこと。でも、忘れないでね」


 萌音は、スプーンを持ち上げながら、太郎に語る。匙の上でプリンがぷるんと震えた。


「お地蔵様は、祈りなの。人々の祈りを具現化したもの。祈りがあるという事は、先に悲劇があったという事。お地蔵様を調べるなら、ちゃんとその先にある、悲しみまで知らなければならないわ。このお地蔵様が、何から誰を護ろうとしてくれているのか」


「そっか。祈り、ですか」


 いつも穏やかな顔の、慈悲深き菩薩様。その視線の先にある、過去のカタストロフ。


「そっか。だから萌音さんは、お地蔵様が好きなんですね」


「そゆこと」


 子供の様に、萌音の目がキラキラしている。好きな物があると、やはり人生は華やぐのだろうか。羨ましいような気持ちで、太郎は彼女を見つめる。


「休みの日は、相変わらずあちこちお地蔵様探しに行ってるの?」


「もちろん。他にする事ないし」


 谷川の問いに、萌音は大きく頷く。


「彼氏とかいないの?前に会った時、散々彼氏欲しいって騒いでたじゃん」


「こんな事してるから、職場ででも出会わないと、なかなか恋愛に繋がらないのね。今の所、さっぱりよ」


 なかなかの美人で、愛嬌の良い女性なのに。密かに太郎は驚く。初対面でも話し易い、気さくな性格もあり、望めばすぐにでも、相手は見つかりそうだと思った。


「会社でいい人いないの?」


「うーん、顔ぶれ変わんないからねー。新入社員は毎年入って来るけど、流石に年離れて来たしねー」


「そっかー」


 そんな話しをしていると、テラス席からうさぎ達が戻って来た。真っ白な顔で寒そうなうさぎは、古谷の黒いジャケットを羽織らされている。


「うわ、うさぎさん大丈夫?顔真っ白よ?」


 谷川も慌てて駆け寄る。


「大丈夫です。ちょっと冷えただけで。ご飯食べてる時は、全然、平気だったんですけど」


 そう言いつつもプルプル。


「途中から、急に浜風が強くなって来てね。もっと早く中に入れば良かったね」


 マグロを抱っこしながら、七海も心配そうな顔をしている。


「古谷さん、上着取っちゃって、すみません」


「いいからしばらく着とけ。俺分厚いニット着てるから、平気」


「うう、すみません」


 ダボダボの古谷の上着を着ていると、小柄なうさぎがさらに小さく見えた。


「彼シャツみたいで素敵」


 萌音のぼやきに、うさぎの白い顔が、真っ赤になる。

 隣で嬉しそうにニヤニヤしている古谷を見上げて、うさぎはさらに恥じらう。


「うう、何ですか、その顔」


「はあ、やっぱ彼氏探そうかな」


 再びぼやく萌音の声に、今度は何故か、太郎が密かに頬を染めるのであった。


「さ、そろそろ行くぞ。次はいといコンクリートの佐山さんから、話を聞く時間を設けてもらってる。さっきの墓地前まで戻るぞー」


 そこから徒歩で山道を登り、先程も通ったいといコンクリートの工場へと向かうらしい。


ー萌音さんに、山道入り口にあった、動物が一緒になってるお地蔵さん、見てもらう事ができるな。


 可愛かったので、きっと彼女は喜ぶだろう。少しウキウキしながら、太郎は車のハンドルを握った。




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