6 うさぎ
時計を見ると10時を少し回った所。昼まで掃除に参加して、午後は別の場所へ移動する予定となっている。
ハタキをかけて、床を掃いて、硝子戸を拭き、ついでに御堂内の畳を硬く絞った雑巾で拭きあげる。それだけで、御堂内は埃臭さがなくなり、さっぱりとした空気に満たされる。
「こんなにピカピカになったの、久しぶりだなあ。行来姫も喜んどるねえ、きっと」
委員長の斉藤さんも、嬉しそうに笑う。
「ちょっと休憩しようね。どれ、斉藤さん。俺はちょっと店さ行って、飲物持って来るわ」
「手伝うがや。ちょっと先生方は、休んでてちょうだい」
斉藤さんと松永さんが、一度御堂を離れる。小休憩の時間となった。
「今回の参加者は、これで全部?少ないね」
谷川の言葉に、小田は首を振る。
「いえ。今、うさぎさんと穂積君が、近くのホームセンターまで買物しに行ってくれてるの。あと、了ちゃんが、遅れて来るわー。なんでも、駅で斎木さんを拾って来る事になったみたいでー」
「そっか。合計八人か。結構集まったね。この後来るメンバーは皆んな、優生は初めましてだね」
「そうなんだ。2年ぶりだもんね、優生君は。ウチも、だいぶ人が入れ替わったよね」
七海も頷く。
「古谷君はどうなのー?先生ちゃんと頑張ってるの?なんか、先生って感じしないから、変な感じねー」
小田が、からかう様な口調で言うと、谷川も大袈裟に同調する。
「ホントそれ。大丈夫?不祥事起こしてない?女子高生に手だしちゃダメだよ」
谷川のセリフに、古谷はキィーっと威嚇する。
「すぐ皆んなそれ言うけどさ!高校生なんて、ホントまだまだ子供だかんね?中学生と大差ないからね?毎日見てるけど、全員イモかクリにしか見えないから」
「それも教師としてどうなの?」
そんな話しをしているうちに、駐車場に高級車が入って来た。黒塗りの厳ついフォルクスワーゲン。フロントに貼られた初心者マークが、不穏な空気を撒き散らしていた。
ワーゲンの助手席のドアが開く。か細い足がドア下から覗く。パタリとドアが閉まり、可憐な少女が現れた。
癖のない、背中まで伸びた黒髪。細く艶やかに日の光を弾く。大きな瞳は上質な黒曜石の様。長いまつ毛が可憐さを極める。
「遅くなって、すみません。途中、道、間違ったりしちゃって」
「いいんだよ。遠くまでありがとーね。助かったよ」
買い出しを頼んだのは、町民の方だったようだ。人数分の飲物を運んで来てくれた松永さんが、丁寧に礼をしてくれる。冷たい缶ジュースを受け取って、少女は玲瓏な笑みを浮かべる。
「うさぎさん、久しぶり」
「あ、谷川さん。お久しぶりです。お元気でしたか?」
「うん。うさぎさんも、今は夏休み?」
「はい。おかげで、やっと、こちらに顔を出せる様に、なりました」
「そっか。でさ、紹介したいヤツがいるんだけど。こいつ、古谷優生って言って、元々うちのメンバーなんだ。仕事忙しくて、活動参加するの2年ぶりくらいなんだけどね。俺らと同じ仙台在住で、高校の先生やってる」
「す……」
古谷の口から、謎の空気音が漏れた。
「す?」
谷川と少女が、同時に首を傾げる。
「好きです。お友達からお願いします」
「ええーーーーー!!!?」
谷川が絶叫を上げる。
その後ろで、何故か小田と町民のおじいちゃん2人組が、乙女の様に両手で口を覆っている。
「あ、えっと…」
少女は戸惑い、困った様な顔で古谷を見上げる。
「一目見た瞬間に、恋に落ちました。高校卒業したら付き合って下さい。まずは僕を知って頂きたいので、お友達からお願いします」
淡々と、無表情に、流れる様に語る。
「え?ちょ?おま…え?正気?」
「谷川。俺の目を見ろ。嘘ついてる顔に見えるか?」
「見た目だけで言うなら、嘘ついててもおかしくない、軽薄そうな顔はしてる」
「それは生まれつき。俺は本気で言っている」
「だってお前、高校生なんてまだ子供だって、さっき言ったばっかりじゃね?そんな、舌の根も乾かぬ内に…!いもくりはどうした!?」
「あの頃の俺は間違っていた。認識を正そう。高校生だって、18になれば結婚もできるし選挙も行ける。国が認める立派な大人だ」
「あ、私、まだ16です」
「待ちます。お友達からお願いします」
「え?ちょ、怖い怖い怖い。警察呼んだ方がいい?七海さんどう思う?」
谷川が、震えて七海に助けを求める。
「こう言うのは、本人達の気持ちが、一番大事だよ」
七海は、至極真っ当で、しかして何の解決にもならないアドバイスを与えた。
「そうなの?うさぎさん、どうなの?どう思ってるの?この人、見た目は良いけど、中身けっこうアレだよ?」
「谷川、黙りなさい」
「あの、えーっと、とりあえず、今日の本来の目的を、思いだしませんか?」
少女の言葉に、そこにいた全員が、ハッとなった。
そう。我々は、調査に来たのである。