59 三浦邸
その家は、墓地から町道を下り500メートルくらい進んだ道途中にあった。大きなカーブを曲がり切った先にある、広い敷地の真新しい一軒家。黒塗りの外装で、広いウッドデッキが付いた、贅沢な作りの家である。家の表札には『三浦』の文字。外構にはまだ手をつけていないようで、剥き出しの土がでこぼこしていた。庭を囲む塀などは無く、境界が分かるように、辛うじて岩垣が低く積まれている程度。庭の出入り口も広く取られていた。その出入り口の両端に、小さなお地蔵様が二体、ひっそりと佇んでいる。
午前中、調査を進めていた谷川、萌音、七海とマグロの3人と1匹も、足を止めて珍しい地蔵を眺めていた。
「個人宅の入口にお地蔵さんとは、珍しいですね。しかも二体も」
対になっているのだろうか。同じ姿のお地蔵さんで、両手を合わせて微笑んでいる。
「お話し聞いてみたいですね。家主さんは、住んでるのかな?それともまだ、入居前かな?」
門もないので、萌音は勝手に入って玄関を叩いてみた。インターホンもまだ設置されていないようだ。やはり誰も出て来る気配はない。
「ご近所さんに、聞いてみます?お隣の家、いらっしゃるみたいですよ」
七海が指差したのは、道を挟んで向かい側。農家の様だ。こちらも広い敷地の家で、母屋の横、倉庫だろうか。その入り口で作業している老人の姿が見える。
「すみませーん。ちょっといいですか?」
慣れた空気感で、七海は声を掛ける。同世代であろう老人は、あれ?知り合いかな?という感じで、庭先に出て来た。
「急にすみません。市の依頼で、この辺一帯のお地蔵さんを、調査してる者なんですけど。あちらの家は、まだ人住んでないんですか?」
「ああ、もうすぐ引っ越して来るって話しらしいけどね。旦那さんは、毎日来て庭いじりしてるよ。いっつも午後に来てるから、そろそろ来るんじゃないかな?」
「ああ、そうなんですね。入り口のお地蔵さんの事、ちょっと聞いても大丈夫ですか?」
「ああ、呪いのお地蔵様ね。ここいらじゃ有名だよ」
「呪い、ですか?あの可愛いお地蔵様が?」
萌音も、首を傾げる。無理もない。可愛いお地蔵さんを絵に描きなさいと言われたら、多分こんな感じのお地蔵さんを描くだろうと思うくらい、にこやかで可愛らしい、二頭身のお地蔵様なのだ。
「呪いだよ。あのお地蔵さんを動かそうとすると、死傷者がでる。実際何度も見て来た」
そう言って、おじいさんは悪い顔で笑った。
「死人も?」
「そうだよ。最初に動かした、前の住民だった奥さんは、動かしてすぐに亡くなった。一月も経たんかったかね。急に癌が見つかって、そっからあっという間だった。その息子も二人ともうつ病になっちまって、最後は父親と一緒に何処かへ引っ越して行った」
「はあ」
それだけなら、ただ単にタイミングが重なっただけでは?谷川がそう言うより早く、おじいさんは続きを話す。どうやら話好きなご主人のようだ。
「それだけじゃないよ。その後不動産会社で買い取ったんだけど、家が古いからリフォームするって言って、裏庭に放置されていたお地蔵さんを、そのまま廃棄しようとしたらしい。トラックのクレーンで吊って、荷台に乗せて走り出したら、庭から出た途端、上から走って来たトラックに弾き飛ばされて、両方の運転手さん即死だよ。あんときゃビックリしたよ。不動産会社のトラックが、俺の家の庭に突っ込んで来て横転してさ。ホントはそこに松の木立ってたんだけど、ボッキリ折れちまってなー。下手したら、俺だって轢き殺されてたかもしれないよ?」
なるほど。お地蔵さん由来で、立て続けに死人が出たと。気味が悪いのは確かだ。
「横転したトラックの荷台から、お地蔵さん二体転がり落ちててね。俺は可哀想になって、もといた場所、あそこだね。入り口の両端に、戻してやったのよ」
「なるほどー」
谷川は頷くも、やはり偶然とも考えられる。
「その後もね、ここにお地蔵さんあったんじゃ物件売れないからって、不動産屋さんの担当の人が一度庭の端に動かしたんだけど、その日のうちに鉄骨落下に巻き込まれて、腕骨折したらしくて、そこからは怖くなったのか、元の場所に戻して以来、一切動かさないみたいね」
「ずっと古くから、この場所にいたお地蔵さんなんですか?」
七海の質問に、おじいさんは思い出そうと、額に掌を当てて考え込む。
「あー、あん時だ。前に住んでた家族の婆さん。もうだいぶ前に亡くなってるけどね。息子さんが成人して、車買った時に、安全祈願で買って置いたんだったね。そうねー、今から40年前くらいかな。息子さんってのが、うつ病になった息子二人連れて引っ越して行った旦那さんなんだけどね。親孝行な、優しい良い子だったんだよ。その息子二人も、大人しいけどニコニコしてて、やさしこい子らだったんだけどね。でもまあ、亡くなった奥さんが、ちょっと気の強い人で。自分が思う様にしないと気が済まない人だったから、勝手にお地蔵さん動かして、祟られちゃったのかな」
家族が引越して行ったのが20年近く前。以来ずっと買手が付かず、せっかくリフォームした家も、家主がいないと廃れて行った。この度ようやく土地が売れて、今度は新築で建て替えられたが、庭の整備まで来ると、付近の造園業者は祟りを恐れてか仕事を引き受けようとせず、一向に進まず苦労しているそうだった。仕方なく、家主が来て庭いじりしているとか。
「この辺りでは、有名な話なんですか?」
業者が仕事を断る程だ。呪いのお地蔵様はよっぽど恐れられているのだろう。
「みんな知ってるねえ。お寺さんも、閉眼供養を断るくらいだもんな」




