56 水子地蔵
車は住宅街を抜けて、山道に入る。随分と幅が広い道路で、道沿いに民家もちらほら建っている。しばし登ると墓地に辿り着き、墓地の奥にも道は続いていた。
「車はここに置いて行って、この先は徒歩で進みます。墓地から奥は、いといコンクリートさんの私有道路です。立入調査の許可を取ってますが、土日も重機の出入りはあるそうなので、迷惑にならないよう、調査中は十分注意してください」
古谷の話では、この先には生コン工場が、さらに奥には砂利採取場があるそうだ。基本的に本日作業は休みだが、メンテナンスの為に重機は行き来しているらしい。
「私有道路にも、地蔵菩薩が幾つかあるそうで、後ほど社員の方に少しお話し伺える事になってます。午後を予定してますので、午前中いっぱいは現物調査メインで行います。今回は人数も集まったので、2チームに別れて、墓地から上の私有地チームと、墓地から下の町道チームで調査を進めて行きます。市へ提出する資料も作成しますので、地図上の記録も忘れずにお願いします」
古谷をリーダーとする山道チーム、谷川をリーダーとする町道チームに別れる事になった。振り分けは自由。どうしようかと太郎が戸惑っている内に、さっさと決まって行った。
「アタシ、町道の方が興味あるな!こっちでいい?」
萌音は谷川のチームへ。
「私、山道がいい、です」
「じゃ、僕もこっちで」
うさぎと穂積が古谷チームに。
「百瀬君は、どっちがいい?」
七海が、気を利かせて太郎に聞いてくれる。
「そうですね……」
少し悩むが、何となく山の方が気になった。
「自分、山道でも良いですか?」
「もちろん。じゃあ、私とマグロは町に行こうね」
「わっふ」
マグロも、尻尾を振って合図する。
「じゃあ、12時にこの場所集合で。何かイレギュラーがあれば、都度連絡くれ」
「おっけー。じゃ、後でなー」
谷川も、手を挙げて返事すると、町場へ向かって歩き始める。萌音とマグロが、弾む足取りで追いかけて行った。七海がにっこり笑って、じゃあねと手を振って最後を歩く。
「こっから、採取場入り口に向かって歩くぞー。結構距離あるし、坂道続くから頑張れよ」
「うっす」
「はい。頑張ります」
太郎とうさぎが元気に返事すると、古谷は歩き始める。
ーリーチの差がエグい!
長い足で進む古谷を、小柄なうさぎと穂積が、子供の様にちょこちょこと追いかけている。古谷も気にしているようで、心なし歩調はゆったりだった。
ーやっぱ、古谷さんも谷川さんも、手慣れてるよな。普段は小田先生がテキパキ仕切ってくれるから、気にした事無かったけど、こんな風にいつでもリーダー代行できる人材って、どんな場面でも居るか居ないかで、大違いだよな。それはきっと、仕事でも一緒だ。
妙に感心しながら、太郎は一向を追いかける。
道を登り始めて5分と経たずに、一つ目のお地蔵様にでくわした。
「これはまた、萌音が好きそうな、可愛らしいお地蔵様だな」
「かわいい……」
古谷とうさぎが覗き込む。
小さな小さな祠の中に、頭の大きなお地蔵様と、その足元に小さな動物が並んでいる。
「うさぎと、犬?狐かな?猫、いや、たぬきかな?」
小さくて、上手く見分けが付かないが、3匹の動物が丸まって座っている。1匹は耳が長いので、間違いなくうさぎであろう。
祠の中に、少し枯葉が溜まっていたが、こざっぱりしていて、きちんと手が掛けられている事が分かる。太郎が数枚写真を撮って、周りの環境を確認する。また、地図にも位置を書き込む。
「入り口近くなので、塞の神的な意味合いなのでしょうか?」
穂積も同様、周りを見渡しながら言う。
塞の神とは、村や町の入り口に立ち、悪い物や疫病などか入り込まないように守っている神の事である。
「道は緩やかなカーブですが、お地蔵様の背後は何てことない山肌ですしね。一緒に動物が祀られているのは、珍しいっすね」
太郎も頷きながら、お地蔵様を見つめる。
「道中も、かなりの数あるから、サクサク行くぞ」
「はーい」
「なんでそんなに、多いんでしょうね?」
「それだけ、信仰が厚いのでしょうか?」
「でも、何故?信仰の対象となる山だとか?」
「あれ?ここって、山ではないんでしょ?丘の名称でしたよね?」
「山と丘には、明確な定義はないんですよね?ここって、町のある平野からかなりの高さがありますけど、それでも丘なんですよね?」
太郎と穂積が次々と疑問を投げ合うが、いつも答えてくれる小田先生がいない。一方的なクエスチョンばかりが連打する。
「ほづみんが言う様に、山と丘の明確な定義はない。基本的に、山よりも高さが無いのが丘だが、地元の人がやまと呼べばそこは山だし、おかと呼べばそこは丘になる」
古谷が不在の小田に代わり、スラスラ答えてくれた。流石は社会科教師である。
「ふーん」
「なるほどですねー」
そうこうしている内に、またお地蔵様が現れた。今度は、沢の横。祠は無く、お地蔵様が剥き出しで立っている。その表情は穏やかで、祈る様に沢に向かって佇んでいる。先程のお地蔵様より、すらりと背が高く、やや古い物の様に思われた。
「このお地蔵様は、水子地蔵だ。実は以前、別件で調べた事がある」
古谷が言う。
「水子地蔵って、赤子を供養するお地蔵様ですか?」
「そう。生まれる事が出来なかった赤子や、生まれて間もなく亡くなった赤子の霊を慰める仏だ。錫杖を持っているだろう?これは、子供の霊を正しい方へ導く菩薩を意味する。賽の河原で、子ども達を救ってくれるのも、この錫杖を持った菩薩だと言われている」
「何故、水子地蔵が、こんな所に?」
うさぎが、暗い顔で問う。太郎は意味が分からず首を捻った後、何故か背中がヒヤリとした。
「この沢は、年中水の流れが速い。小さな子どもは、流されれば自力で這い上がる事は出来なかった。上流から流された子供の遺体は、少し緩やかになりカーブを描くこの沢の淵に辿り着いたそうだ。その昔、豌豆瘡……今で言う天然痘が流行し、また酷い干ばつに見舞われた時代の事だったそうだ」
「口減し、か」
太郎は自分で呟いてゾッとする。当たり前に、人が捨てられた時代。それでも、嬉々として沢に投げ捨てた訳でもないだろう。太郎は改めて、菩薩の顔を覗く。沢を見つめるその顔は、どこまでも優しく、例えるなら、母の如き、慈悲深さがあった。




