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「くっ……勝ち組どもめ……」
苦々《にがにが》しく隣で呟く穂積に、太郎も同意した。
「なんか、眩しいっすね」
眩しいのは、決して秋空のせいではない。
何を食ったら、人はあんなに足が長くなるのだろうか?
ハイエースから降りて来た二人は、見上げる程背も高く、ファッションの事など何も知らない太郎でも、彼らのセンスが良い事くらいは、何となく分かる。或いは、スタイルが良いので、何を着ても様になるのかもしれない。二人共、そつのないセミカジュアルな服装だった。
谷川単体で見ていた頃はあまり感じなかったが、隣の男性、おそらく彼が古谷優生なのだろう。二人で並ぶと、異様に迫力が増す。谷川颯太は、いかにもスポーツマンといった風貌で、清潔感のある爽やかな青年だ。愛嬌も良く、誰とでも上手く対話出来る器用さがあった。
「古谷君、久しぶりー!」
萌音は元気に手を振り、古谷は片眉を上げて応える。
「おう、久しぶり。相変わらずだな、お前」
萌音は面識があるようで、古谷と親しく挨拶を交わしていた。
「こちらが百瀬さんですね?初めまして、古谷です」
谷川の様に愛想が良いタイプではないが、古谷はすぐ太郎に気づいて挨拶してくれた。目と眉の間隔が狭く、切れ長の瞳と、その下にある黒子が妙にセクシーで、ドキリとする。
「自分、百瀬太郎です!よろしくお願いします!」
つい、暑苦しい挨拶をしてしまった。
「熱いっすね!ちょっと入水して来ようかな!」
「イカレてるのかな?」
挙動不審な太郎に、古谷は即座にツッコむ。近くで見る古谷の顔は、影が頬に落ちるほどまつ毛が長かった。地毛なのかパーマをかけているのか、クセのある細髪は、僅かに毛先が跳ねてお洒落だ。似た様な物のばすなのに、太郎の天然パーマとは何かが違う。
「太郎君、落ち着いて。水温はまだ大丈夫かもしれないけど、高波に攫われちゃうよ。今日は止めておこう?」
七海が冷静に諭す。とは言え、よくよく見てみれば、初老の七海でさえ、ナイスガイなのである。おじいちゃんなのに!!
「周囲の顔面偏差値が!おかしい!」
「はいはい。時間ないから、さっさと移動するぞ。車は二台必要かな?谷川のハイエースに乗れるのは六人までだから、もう一人車出せる?」
涙目の太郎を放置して、淡々と古谷が仕切る。高校の教員と聞いているので、集団行動に慣れているのか。小田がいない今、ありがたい存在でもあった。
「あ、じゃあ自分が!四人しか乗れないんすけど!」
太郎が立候補する。うさぎを除いて、一番の若輩者は自分である。ここは行くべきだと判断した。
「ん?大丈夫?瞳孔開いてるけど」
「全然、問題無いっす!」
「じゃあ、4、3で別れよう。うさぎはこっちな」
「あ、はい」
古谷に呼ばれて、うさぎが駆け寄る。
「じゃあ、僕もこっちで!」
いつも通り、穂積はうさぎの後を追っていく。谷川の車に、古谷、うさぎ、穂積が乗る事が来まる。
「じゃ、七海さんと堀宮さんは、自分の車にどうぞ」
「ありがとう。お世話になるよ」
「ありがとう!アタシの事は、萌音でいいわ」
「マグロ、お前は毛がつくから、こっちに乗れよ」
「わん!」
七海の愛犬マグロは、谷川にリードを引かれてハイエースに連れて行かれた。いつもの事なのか、マグロは「わふっ」と返事するとピョンっと飛び乗り、嬉しそうにうさぎの足元で尻尾を振っている。
愛車のワゴンRに七海と萌音、二人を乗せて、太郎はハンドルを握る。
「アタシと同じ車だー」と、萌音が喜ぶ。太郎はゆっくりと前を走るハイエースを追いかけた。谷川の車だが、古谷が運転手を担っているようだ。二人は同級生で、太郎と同じように大学生時代から、ZAIYAの活動に参加していると、小田が言っていたのを思い出す。その頃の二人は、どんな風だったのだろうと、太郎は少しだけ興味を抱いた。関東チームには多いと聞くが、みちのくチームには、大学生は自分の他に、もう二人しかいない。二人は外語大に通っていて、今は一年間のカナダ留学で日本を離れているのだ。
今回の調査は、以前宮城県の教育委員が中心となって行った道祖神調査の、追加調査に当たるらしい。ZAIYAのホームページに事前情報として載っていた内容によると、前回調査が行われたのは2014年。震災時の津波被害が大きかったエリアは外しての調査だった為、内容改定に当たり、未調査だったエリアの追加調査と、どうせなら地蔵菩薩も対象として、調査拡大を目指す事になったそうで。引き続き道祖神調査は教育委員会主導で、他調査はフリーで……まあ、言ってしまえば、ボランティアに依頼する形を取る、との流れ。ZAIYAも地蔵菩薩なら、少なからず過去の調査資料も保持している為、これを機に未着手のエリアも調査して行こう、となったのだが。
「お地蔵さんって、かなりの数ありますよね。調査済みがあるって言っても、仙台市内いくつかって程度ですよね?」
太郎の言葉に、七海も笑う。
「流石にウチで全部、とはいかんよね。個人活動家とかで、県に協力してくれる人がいればいいけど。とりあえずウチは、エリアを絞って地道に行くのが、何やかんやで近道だろうね」
「しらみ潰しに、県内全部やるんすか?」
「それも、現実には難しいわね。それこそお地蔵様なんて、至る所にあるからね。寺や墓、斎場や火葬場、道の途中から山の中、田んぼの真ん中に、街の入り口。川辺や滝壺」
「うへぇ」
「だから、道沿いのお地蔵さんに的をしぼって、調べる事にしたってね」
七海の言葉に、萌音は首を振る。
「それだって、なかなか大変よ。許可取り必要ないのは楽だけど、その分管理者が不明瞭だから、由来や起源を調べるのに、骨が折れるわ」
「萌音さんは、お地蔵さんマニアって聞きましたが、お一人で調べたりもするんですか?」
「気になった時は、周りに聞いて歩いたりするわよ!アタシは、子どもみたいな可愛らしいお地蔵さんが好きだから、ビジュアルが気に入った時に、深追いする感じかな?写真だけ撮って、終わる事も多いわよ」
「へえー。何でそんなに、お地蔵さん好きなんですか?」
「んー?分かんない」
「えー」
「でも、その心が、好きなのかもね」
「ふむふむ……?」
頷きながら、太郎は首を傾げる。
間も無く、車は目的地に到着した。




