54 堀宮萌音
日理町。宮城県南部にある、太平洋沿岸の町。一年を通して気候は穏やかで、爽やかな浜風が吹いている。町西側は丘陵地帯となっていて、なだらかな起伏や丘が続く。今回の調査は、この西側丘陵地帯を中心に行う予定であった。
集合時間は午前10時。沿岸部駐車場は無料なので、ここで集合して、車2台にまとまって目的地まで移動するらしい。
百瀬太郎は、親からお下がりしてもらったワゴンRで一人、集合場所へ来ていた。いつもは小田も参加するので、小田の車に乗せてもらうのが常だったが、元々ドライブは好きなので、一人で運転して来るのも悪くないと、上機嫌で浜風に当たっていた。集合時間まで、あと30分はある。はりきって、早く来すぎたのだ。
海辺には、釣り人がちらほら。冬の海は波も荒い。空は晴れていたが、海は暗く濁っていた。
「百瀬さん、おはようございます」
ふいに声をかけられ振り返ると、穂積圭吾が立っていた。
「穂積さん、おはようございます。早いですね!」
「いや、実は寝坊しまして。慌てて高速かっ飛ばして来ました。思ったより道が空いていて、助かりました」
穂積は苦笑いする。童顔で、下手をすれば太郎より年下に見える。スラックスにワイシャツ姿なので、流石に高校生には見えないが、服装によっては間違えられそうな雰囲気がある。今日もわざわざ、東京からここまで来たのだろう。うさぎの親戚で、保護者役も兼ねているそうだから、ご苦労な事である。
「ずっと常磐道来たんですか?東京から、車でどれくらい掛かります?」
「今日は、4時間も掛からなかったですね。スムーズでした」
「そっかー。そんなもんなんですね。いつも新幹線で帰ってたけど、4時間くらいで行くなら、自分も、今度から車で帰省しようかな」
「ああ、百瀬さんは東京がご実家でしたっけ」
「はい。八王子です」
「そうなんですね。慣れると、僕は新幹線より車の方が、気楽で良いですね。時間気にせず済むんで」
「勢司さんも、いつも車移動って言ってましたよね。勢司さんは、今日は来ないんですか?」
「今日は不参加だそうです。お地蔵さん調査ですからね、あまり動画は出番ないでしょうから。夜の打ち上げには、参加するって言ってました」
「そうなんですね!」
世間話をしている内に、バイク音が近づいて来た。
「来ましたね」
と、穂積が顔を上げる。穂積の高級車の隣に、黒い単車が停まり、小柄な人物が降りる。フルフェイスのヘルメットを取ると、一つに結った長い髪が海風に靡いた。
「お疲れ様です、うさぎさん」
親戚の子に、というより、まるで同僚にでも挨拶するような口調で言いながら、穂積が近づいていく。相手は振り返り、宝石の様な大きな瞳で見つめ返した。
「おはようございます、穂積さん」
容姿を裏切らない、美しい声が応える。皆から『うさぎ』と呼ばれる女子高生で、穂積の親戚だという彼女は、間違いなく太郎が今まで見て来た人間の中で、一番美しい少女だった。が、太郎は彼女が苦手だった。
ー相変わらず、微塵も感情が読み取れないポーカーフェイス!怖い!
美しいから、よけい怖い。まるでマネキンと会話しているかのような、違和感に襲われる。
「百瀬さんも、おはようございます」
「あ、はい!おはようございます」
緊張で、やや声が上擦る。
「うさぎさん、ヘルメット預かりますよ」
「ありがとうございます」
穂積はうさぎからヘルメットをもらい、自分の車の中に仕舞う。そうしていると、また車が二台入って来た。
一台は、可愛らしいピンクのラパン。おそらく七海だろう。案の定、助手席に愛嬌たっぷりな柴犬の顔が見えた。七海の愛犬マグロである。その後ろに、白いワゴンR。百瀬は、自分と同じ車だなぁ、と思いながら、目で追いかける。二台の小さな車が並んで停まり、同時に人が降りて来た。
「やっぱりー!七海さんだった!そうだと思って、後ろ追いかけて来ちゃった!」
元気な女の子の声と、ハンチングハットを被った白髪のお爺さんが、仲良く会話を交わす。
「すぐ分かったよ。秋田から遠かったろう」
「さすがに遠いから、前乗りして近くに泊まってたの。お金ケチって漫画喫茶で寝てたから、腰痛くなっちゃった」
「あらまあ、若いのに。ちょっと待ってね、マグロ下ろすから」
七海が愛犬のマグロを降ろすと、マグロは一目散にうさぎを目指して駆けて来た。七海が小走りで引っ張られて来る。
「おはようさん!みんな早いね」
穏やかな笑顔で、七海が皆に声を掛ける。マグロはアウアウ、と喋るように鳴いた。
「おはようございます」
ブンブン尻尾を振るマグロを撫でながら、うさぎも挨拶する。七海の後ろを見つめて、首を傾げた。
「こちらが、堀宮さん、ですよね?」
「はーい!初めてましての人、多いよね。堀宮萌音です。普段は秋田市で会社員してます。よろしくお願いします。つってもアタシ、地蔵調査の時しか、顔出さないんすけど。あははは!」
葬儀場で働いていると聞いたが、萌音はやや茶色い髪をポニーテールに結い上げた、見るからに元気そうな女性だった。若く見えるが20代前半くらい、だろうか?キラキラした瞳と、そばかすが特徴的だった。
「うさぎです。よろしくお願いします。えと、学生、です」
「僕は穂積です。初めまして。東京で会社員してます」
「あ、自分、百瀬太郎です。学生です」
皆相次いで自己紹介する。
「学生さんかー。大学生?」
「はい。東弘大です。今2年です」
「ああ、じゃあ小田先生のとこだ」
「はい。自分、小田先生のゼミ生です」
「やっぱりー!小田先生、すぐスカウトして来るよね。でも、学生さん入ってもらえると、実際助かるわよね」
「それ、小田先生にも言われました。どれだけお役に立てるか分かりませんが、頑張ります!」
「あはは!真面目ー!」
豪快に笑って、萌音はうさぎを見る。
「うさぎさんも、大学生?」
「いえ、高校です」
「へー、若いねー。陰陽チームにも一人いるのよ、女子高生。関東なんか、小学生もいるんだから」
「そうなんですね。同世代、なかなかいないので、お会いしてみたいです」
「後は、谷川君と優生君で最後かな?」
周りを見渡して、七海は言う。
「そう、ですね。二人一緒に来ると、言ってました。私と同じくらいの時間にでたので、そろそろ来ると思います」
うさぎの言葉通り、程なくして谷川のハイエースが到着する。背の高い二人が降りて来て、こちらに手を振っていた。




