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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
祟り地蔵の御役
54/267

54 堀宮萌音

 日理町わたりちょう。宮城県南部にある、太平洋沿岸の町。一年を通して気候は穏やかで、爽やかな浜風が吹いている。町西側は丘陵地帯となっていて、なだらかな起伏や丘が続く。今回の調査は、この西側丘陵地帯を中心に行う予定であった。


 集合時間は午前10時。沿岸部駐車場は無料なので、ここで集合して、車2台にまとまって目的地まで移動するらしい。


 百瀬太郎は、親からお下がりしてもらったワゴンRで一人、集合場所へ来ていた。いつもは小田も参加するので、小田の車に乗せてもらうのが常だったが、元々ドライブは好きなので、一人で運転して来るのも悪くないと、上機嫌で浜風に当たっていた。集合時間まで、あと30分はある。はりきって、早く来すぎたのだ。

 海辺には、釣り人がちらほら。冬の海は波も荒い。空は晴れていたが、海は暗く濁っていた。


「百瀬さん、おはようございます」


 ふいに声をかけられ振り返ると、穂積圭吾ほづみけいごが立っていた。


「穂積さん、おはようございます。早いですね!」


「いや、実は寝坊しまして。慌てて高速かっ飛ばして来ました。思ったより道が空いていて、助かりました」


 穂積は苦笑いする。童顔で、下手をすれば太郎より年下に見える。スラックスにワイシャツ姿なので、流石に高校生には見えないが、服装によっては間違えられそうな雰囲気がある。今日もわざわざ、東京からここまで来たのだろう。うさぎの親戚で、保護者役も兼ねているそうだから、ご苦労な事である。


「ずっと常磐道じょうばんどう来たんですか?東京から、車でどれくらい掛かります?」


「今日は、4時間も掛からなかったですね。スムーズでした」


「そっかー。そんなもんなんですね。いつも新幹線で帰ってたけど、4時間くらいで行くなら、自分も、今度から車で帰省しようかな」


「ああ、百瀬さんは東京がご実家でしたっけ」


「はい。八王子です」


「そうなんですね。慣れると、僕は新幹線より車の方が、気楽で良いですね。時間気にせず済むんで」


勢司せじさんも、いつも車移動って言ってましたよね。勢司さんは、今日は来ないんですか?」


「今日は不参加だそうです。お地蔵さん調査ですからね、あまり動画は出番ないでしょうから。夜の打ち上げには、参加するって言ってました」


「そうなんですね!」


 世間話をしている内に、バイク音が近づいて来た。


「来ましたね」


 と、穂積が顔を上げる。穂積の高級車の隣に、黒い単車が停まり、小柄な人物が降りる。フルフェイスのヘルメットを取ると、一つに結った長い髪が海風に靡いた。


「お疲れ様です、うさぎさん」


 親戚の子に、というより、まるで同僚にでも挨拶するような口調で言いながら、穂積が近づいていく。相手は振り返り、宝石の様な大きな瞳で見つめ返した。


「おはようございます、穂積さん」


 容姿を裏切らない、美しい声が応える。皆から『うさぎ』と呼ばれる女子高生で、穂積の親戚だという彼女は、間違いなく太郎が今まで見て来た人間の中で、一番美しい少女だった。が、太郎は彼女が苦手だった。


ー相変わらず、微塵も感情が読み取れないポーカーフェイス!怖い!


 美しいから、よけい怖い。まるでマネキンと会話しているかのような、違和感に襲われる。


「百瀬さんも、おはようございます」


「あ、はい!おはようございます」


 緊張で、やや声が上擦る。


「うさぎさん、ヘルメット預かりますよ」


「ありがとうございます」


 穂積はうさぎからヘルメットをもらい、自分の車の中に仕舞う。そうしていると、また車が二台入って来た。

 一台は、可愛らしいピンクのラパン。おそらく七海だろう。案の定、助手席に愛嬌たっぷりな柴犬の顔が見えた。七海の愛犬マグロである。その後ろに、白いワゴンR。百瀬は、自分と同じ車だなぁ、と思いながら、目で追いかける。二台の小さな車が並んで停まり、同時に人が降りて来た。


「やっぱりー!七海さんだった!そうだと思って、後ろ追いかけて来ちゃった!」


 元気な女の子の声と、ハンチングハットを被った白髪のお爺さんが、仲良く会話を交わす。


「すぐ分かったよ。秋田から遠かったろう」


「さすがに遠いから、前乗りして近くに泊まってたの。お金ケチって漫画喫茶で寝てたから、腰痛くなっちゃった」


「あらまあ、若いのに。ちょっと待ってね、マグロ下ろすから」


 七海が愛犬のマグロを降ろすと、マグロは一目散にうさぎを目指して駆けて来た。七海が小走りで引っ張られて来る。


「おはようさん!みんな早いね」


 穏やかな笑顔で、七海が皆に声を掛ける。マグロはアウアウ、と喋るように鳴いた。


「おはようございます」


 ブンブン尻尾を振るマグロを撫でながら、うさぎも挨拶する。七海の後ろを見つめて、首を傾げた。


「こちらが、堀宮さん、ですよね?」


「はーい!初めてましての人、多いよね。堀宮萌音ほりみやもねです。普段は秋田市で会社員してます。よろしくお願いします。つってもアタシ、地蔵調査の時しか、顔出さないんすけど。あははは!」


 葬儀場で働いていると聞いたが、萌音はやや茶色い髪をポニーテールに結い上げた、見るからに元気そうな女性だった。若く見えるが20代前半くらい、だろうか?キラキラした瞳と、そばかすが特徴的だった。


「うさぎです。よろしくお願いします。えと、学生、です」


「僕は穂積です。初めまして。東京で会社員してます」


「あ、自分、百瀬太郎です。学生です」


 皆相次いで自己紹介する。


「学生さんかー。大学生?」


「はい。東弘大です。今2年です」


「ああ、じゃあ小田先生のとこだ」


「はい。自分、小田先生のゼミ生です」


「やっぱりー!小田先生、すぐスカウトして来るよね。でも、学生さん入ってもらえると、実際助かるわよね」


「それ、小田先生にも言われました。どれだけお役に立てるか分かりませんが、頑張ります!」


「あはは!真面目ー!」


 豪快に笑って、萌音はうさぎを見る。


「うさぎさんも、大学生?」


「いえ、高校です」


「へー、若いねー。陰陽チームにも一人いるのよ、女子高生。関東なんか、小学生もいるんだから」


「そうなんですね。同世代、なかなかいないので、お会いしてみたいです」


「後は、谷川君と優生君で最後かな?」


 周りを見渡して、七海は言う。


「そう、ですね。二人一緒に来ると、言ってました。私と同じくらいの時間にでたので、そろそろ来ると思います」


 うさぎの言葉通り、程なくして谷川のハイエースが到着する。背の高い二人が降りて来て、こちらに手を振っていた。


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