47 臨淵羨魚
突然の礼人の登場に、福原ヒロは青い顔で立ち尽くしていた。いつもは隠れて虐めていたが、礼人が引退して以来、彼の目を気にする必要が無くなっていた為、油断した。まさか下級生に裏切られるなど、思ってもいなかったのだ。
「真夏、今日、部活の後、ちょっとだけ時間もらっても、いいかな?」
礼人が赤い顔で、真夏を見つめる。その眼鏡の向こうにある、真剣な瞳に、ヒロは急に慌てた。
ーダメ!こいつにだけは!取られたくない!
真夏にだけは、取られたくない。
「ヒューヒュー!」
男子バスケ部が、わざとらしく礼人を揶揄う。
「うるせ!」
「でも礼人先輩、部活終わるの待ってたら、遅くなりますよ?」
受験生である礼人を気遣う真夏に、礼人は優しい笑みで答える。
「大丈夫。教室で勉強して待ってるから。何かあったら、すぐ俺の事呼んで」
ーダメ!絶対ダメ!
ずっと、好きだった。小学生の、それこそ低学年の頃から、ずっと。バレンタインのチョコだって、何回もあげたじゃない!手作りの時だってあった!
ずっと一緒に、側で思い出を作って来たのは、コイツじゃない!私だ!
「じゃあ、終わったら、連絡します」
頬を染めて、真夏が返事をする。
「うん」
「ヒューヒュー!」
「ふざけんな!」
ヒロは叫ぶ。
許さない!
思うと同時に、手が出ていた。真夏の顔を引っ掻こうとして、その手が叩き落とされる。礼人だった。
「次、手出したら、マジで許さねえから」
憎々しげな目で、ヒロを睨む。最愛の人なのに。真夏を見る目とは、全然違う。
「どおしてぇ」
涙がこぼれた。その場に座り込む。
ー私の方が好きなのに。
誰も蹲るヒロに声を掛けようとはしない。妙ですら、真っ赤な顔で床を睨みつけて震えている。
「どおしでよぉ」
どうして自分が、こんな惨めな思いをしているんだろうか?自分には、これしかないのに。礼人への恋心以外、自分の心を温めてくれる物は、何一つないというのに。あの女だけは駄目だ!アイツは何でも持っているじゃないか!裕福な家も、まともで優しい両親も、持ってるじゃないか。その上、礼人まで奪おうというのか。
「ちょっと!あなた達!何の騒ぎなの?」
女子バスケ部員に連れられて、顧問の先生がやって来る。
「じゃ、後でな」
「はい」
礼人と真夏の幸せそうなやり取りを、後ろで小華は呆然と見つめていた。
ークソガキって言われた……
憧れの人だったのに。クソババアと呼ばれていた、妙先輩よりは幾ばくマシだろうか?
ーすごい顔で、睨まれた。
全部、真夏のせいだ。
ーそれなのに、何で当のこいつは、幸せそうに笑っているの?礼人先輩に告白されて、勝った気になってるの?
泣き崩れるヒロが、顧問の先生に連れて行かれる。他の三年女子は、関係ないフリをして、さっさと散って行った。これだから、お山の猿達は。
ー使えない!
今後、この猿達は、役に立ってくれるのだろうか?いや、このまま腑抜けになってしまいそうだ。
このままでは、自分の居場所が無くなる。三年生が来なくなったら、おそらく部活も、居心地の悪い場所になるのだろう。
ー全部、真夏のせいじゃん!何なのコイツ!
部活後、礼人と会って、甘い時間を過ごすのだろうか?そんな事、許される訳がない。
ー絶対、絶対、許さない!
「すみません!ご迷惑お掛けしました。練習再開します」
こんな事があったのに、真夏は何食わぬ顔で部活に戻る。男子バスケ部部員達が、親し気に話しかけていた。
仕方なく、小華もバレー部の練習に戻ろうとすると、バレー部員達が冷めた目でこちらを見ていた。ついさっきまで、ウチや先輩達にヘコヘコしてたくせに!
ー最悪。
全部、真夏が悪い。
ー絶対、許してなんてやらない。




