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ああ、またか。
真夏は心の中で、ため息を漏らす。あいも変わらずこの人達は、同じ事を繰り返すようだ。
「お前さー、うちらの事バカにしてんの?」
「バカにしてません」
中学校体育館の端。非常口前。熱を逃すために解放された非常扉を背に、真夏は立ち尽くす。それを取り囲む元バレー部の三年生女子達。
二学期始め。もう引退しているはずなのに、彼女らは毎日のように部活に顔をだしているようだった。受験は大丈夫なのだろうかと、他人ながらに心配になる真夏であった。
「つうかお前さー、ウチらに断りもなく礼人の事、祭に呼び出したんだって?何?狙ってんの?まじで自分と釣り合うとか思ってんの?キモイんだけど」
福原ヒロは、いつもの不機嫌顔で、低い声で言い寄って来る。その隣には、あいも変わらず妙の老け顔。嫌な顔でニタニタと笑い始めた。ああ、本題はコレかと、真夏は納得する。そんなに礼人が好きなら、こんな所でネチネチ真夏をいびってないで、頑張って勉強して同じ高校目指すなり、容姿を磨くなり何かしらの努力でもすればいいのにと、心底思う。
「呼んでません」
「でも礼人行ってたんだろ?こっちには証人がいるんだよ!証人が!」
また、得意の証人。
真夏は三年生の陰に立ってオドオドしている小華を見やる。
ーどう終わらせようかな。顧問の先生が来るまでも、まだまだ時間があるしな。このままだと、練習時間無くなっちゃう。
三年生の引退後、女子バスケ部の部長になった真夏としては、自分の心配ばかりしている訳にもいかない。視界の端に、困った顔で練習を中断している部員達の姿が映る。
困っている真夏を眺めながら、小華は胸がすく思いでいた。いい気味だ。二学期が始まってからというもの、小華は不快な環境にいた。
猫の死骸を真夏の家に置いたのが、周りの大人達にバレた。どうしてバレたのか分からないが、真夏の父親に叱られ、何故か関係ないのに神主にまで叱られた。神主は祟りがどうとか言っていたが、何も起きていない。当たり前だ。祟りなんである訳ない。馬鹿馬鹿しい。だが、その後も、お巡りさんが家に来て、くどくどと注意された。流石にこの時は、父や母にまで小言を言われた。やった事をというよりは、面倒事を呼び込んだ事に、小言を言われた感じだった。後はいつも通り、小華には無関心な親であった。
その後、少し噂になったようで、二学期が始まると、クラスメイトが急に小華に距離を置き始めた。
ー最悪。ムカつく。何でウチが。
全部、真夏のせいだった。
教室は居心地悪いが、部活は相変わらず三年生が出入りしているお陰で、小華の権力が強く、いつも通りに居心地が良かった。だからまた、ヒロに燃料を注いでやった。
あいつ、礼人先輩祭りに呼び出して、自分の巫女姿見せつけてましたよ。キモイですよね。色目使ってんすかね。
それだけで、十分。この猿より知能の低い先輩達は、嬉々として真夏を呼び出し、いつも通りイビリ始めた。それを、後ろから心配しているフリをしながら、聞き耳を立てて楽しむ。いつもの事だ。だから、気付かなかった。バスケ部男子が数名、コソコソとコチラを見た後、スマホを取り出して、誰かに連絡していた事に。
「つうかさ、礼人が迷惑してんの、分かんねえの?ウザいんだよ!もう礼人に近づくんじゃねえよ!」
「何で赤の他人のお前に、そんな事言われなきゃなんねえの?」
突然の低い声が降って来る。
ヒロ達は青い顔で見上げ、真夏は慌てて振り返る。扉の向こうに、礼人が立っていた。眼鏡がギラリと光った気がした。顔に怒気を孕み、礼人はヒロ達を睨みつける。
「何で赤の他人のお前らに、そんな事言われなきゃなんねえのかって、聞いてんだけど」
「違っ!ウチらは、礼人の為に!」
ヒロの声が、いつもとは違う、高い女子らしい声に切り替わる。
「そうだよ!礼人君は、この女に騙されてるんだって」
「うっせ!黙ってろやババア!」
援護射撃しようと割り込んだ妙に、礼人は怒鳴る。妙の顔が、青くなった後、すぐ真っ赤になった。
「んで?お前は何のためにこんな事してんの?俺が好きで真夏に言い寄ってるだけなんだけど。こいつ悪くないし。なのに、何で赤の他人のお前が口出しするわけ?俺が真夏を好きなのは、俺の勝手だろ?」
「だって!こいつは!三年女子全員に、嫌われてるんだよ!」
「お前らが虐めてるだけじゃん。嫉妬して、その後ろのクソガキと一緒になって、いびってただけだろ」
急に話の矛先を向けられて、小華はビクッと肩を振るわせた。憧れていたはずの相手は、鬼の形相でこちらを睨み付けている。
「違う」
慌てて弁明しようとしたが、言葉は遮られる。
「動物殺して、わざわざ真夏の家に置いてたらしいな。ホント最低だわ。よくそんな事できるよ。軽蔑するわ。まあ、いいわ。二度とコイツに関わんないでくれる?次やったら、許さねえから」
気がつくと、小華やヒロ達の周りを、男子バスケ部の部員数名が、取り囲んでいた。
ー何?急に!今までずっと、傍観してたくせに!あんたらも、真夏の事うざがってたからなんじゃないの?
小華は焦る。今まで、こんな流れになった事は無かったのに。ずっと、教室でも部活中でも、見て見ぬふりをしてきた連中が、急に掌を返して来た。
「ホントあんたらのせいで、部活中の雰囲気最悪だったんすよ。すぐ真夏に嫉妬して、呼び出して虐めてさ。今までは一応先輩だったし、遠慮してたけど。やっと引退したと思ったのに、相変わらず毎日来てるし。我慢も限界だったし、礼人先輩も協力してくれるって事だったから、今度からやらせねえよ。真夏もごめんな、今まで助けてやれなくて。こんなしつこいなら、最初からこうしてりゃ良かったわ。こいつ部長なのに、部活もすぐ中断させられるしさ、こんなくだらねえ理由で」
男子バスケ部も女子バスケ部も、人数が少ない為、合同練習が常である。部長の真夏が度々連れ出されるのは、男子バスケ部にとっても、他人事では無くなったのだ。
「つーか俺、礼人先輩もっと早く告白して、解決すると思ってたんすよ。どうせ、礼人先輩取られたくなくて、いびってたんでしょ、この人達」
「俺だって、こんな最悪な形で告白したくなかったし!真夏、ちょっと一回、今のは聞かなかった事にして!もう一回、ちゃんと告らせて」
急に礼人が慌てて、情けない顔をする。ただただ驚いていた真夏は、そこでようやく、小さく笑った。
「確かに。史上最高に物騒な告白っすね。ウケる」
男子バスケ部に笑われて、礼人はぐぬぬと口元を歪めた。




