表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
姫君の鬼胎
45/267

45 ホタル

 古谷さん、私、蛍が見てみたいんです。


 うさぎがそっと、古谷の耳元で囁く。少し照れ臭かったのか、頬がピンク色に染まっていた。


「了解。さっきロビーの人に聞いたら、蛍の谷で、まだちょっとだけ見れるらしいぞ。行ってみる?」


 古谷もまた、耳元で囁き返す。くすぐったそうに、うさぎは小さく身を捩る。


「行きます」


「オッケー」


 うさぎの手を引いて、古谷は立ち上がる。その場の誰にも理由を言わずに、連れ去ろうとする。悪い顔をしていた。


「わわ、古谷さん?」


 よろめきながら、うさぎは何とかついて行く。浴衣が少しはだけた。

 部屋を出て、古谷はさっと靴を履く。慌ててうさぎも、それに倣う。


「何も言わなくて、いいんですか?」


「いいの。エスケープだから」


「ええ?!」


 蛍を見に行くだけでは!?


「二人とも、どこ行くんですかー?酔い覚ましに、私もご一緒しよっかな?」


 さやかが顔色を変えながら、追いかけて部屋を出て来る。


「逃げるぞ」


 古谷まさかの猛ダッシュ。


「え?ちょ、待って!」


 訳もわからず、うさぎは追いかける。


「あ、待ってよ!」


 今日一日中作業していた二人はスニーカーだが、後からやって来たさやかは高いピンヒール。追いつけるわけがない。二人の姿は、あっという間に夜の暗闇に消えて行った。


「何なのよ!もう!」


 ロビーでさやかは足を止める。悔しげに、外の闇を睨み付けた。


「いいかげん、諦めなよ。あの人、うさぎさん以外目に入らないんだから」


 後ろから、勢司の声がした。


「嘘でしょ?相手は高校生の子供よ?あの人何歳よ!どうかしてるわ」


「そう?俺は結構、お似合いの二人だと思うけど?」


「どこが?」


「そりゃ、イスラム説話で盛り上がれるあたり。レアでしょ、どう見ても」


「……それも、そうかも?」


「さ、戻って飲み直そう。小田さん待ってる」




 ※※※※※


 宿泊施設から道を下り、ホタルの小道なる通りを更に下ると、細い沢に行き当たった。


「……居ませんね、蛍」


「ねー。まったくいねーなー。この辺はゲンジボタル。時期は六月から七月下旬だって。ちーとばかり、遅かったなー」


「え?さっき、ロビーの人に聞いたって」


「嘘に決まってんじゃん。ホタル居ないの分かったら、お前外に連れ出す口実無くなるし」


「えー」


「そんな顔をするな。大人は大抵みんな嘘つきだ」


「えー」


「まあ、こんな嘘をついてまで、この真っ暗な野山に連れ出した理由なんだがね。あ、どぞ。お座り下さい」


 二人は、石階段の中段辺りに腰を下ろして、何も無い沢を見つめる。水の音だけがサラサラと、耳に心地良かった。


「これから俺がする話は、ひとりごとだから、聞き流していい。なんなら、否定も肯定もいらない」


「……はい」


「最初に違和感を感じたのは、うさぎがほづみんの事を、『穂積さん』と呼んだ時だ。穂積はお前との関係を、親戚だと言った。ならば、家ぐるみでの付き合いがある相手を、苗字で呼ぶのは不自然だ。おそらく親戚というのは偽りの関係で、何か言えない理由があるのだろうと思い、その時は聞き流した」


 多分谷川達も、同じ感じだろう。知られたくないなら、深追いもしない。小田くらいは、事情を聞かされているのかもしれない。


「ならば、身分を隠してZAIYAの活動に参加するのは、何故だろう?ただの趣味とは考え難い。わざわざ保護者役を用意してまで参加してるくらいだ。フィールドワークの、実践を経験として積みたいのか、あるいは、民俗学の知識を得たいのか」


 小さな虫が飛んで来て、目の前を通り過ぎる。虫まで遠慮して、立ち止まる事を辞退しているようだった。


「そんな事を悶々と考えていた時、ある事件が起きた。キャンプ場の、強姦未遂事件だ。あの時、穂積は真っ先に駆けて行って、こう言った。『先生、ご無事ですか』と。おかしな話しだろ?うさぎの保護者役が、どうしてうさぎを差し置いて、小田先生の心配をしてるんだ?穂積の言う先生は、おそらく小田先生の事じゃない」


 うさぎは白い手で、自分の膝を撫でていた。


「なら、先生とは?先生と呼ばれる職業は色々ある。教師、医者、弁護士や税理士などの、いわゆる士業、政治家。そして、作家や画家」


 さらりと、うさぎの黒髪が肩からこぼれ落ちて、膝の上の手にかかる。


「うさぎの年齢を考えると、医者や教師は考え難い。士業や政治家も。となると、作家や漫画家、画家などの創作作家が残る」


 溢れた髪を、古谷の大きな手が掬い、うさぎの耳に掛ける。


「学校で知ったお前の名前は、猫村清流ねこむらせいら。清流と書いて、セイラと読むと言ったな。かなり無理がある」


「う……」


「まあ、今時の名付けなら、あり得なくもないんだろうが。でも、せいりゅうと読む方が、自然よな。そして、清流という名の大物を、俺は一人だけ知っている。宇崎清流うざきせいりゅうだ」


 怪奇作家、宇崎清流。


 次々とベストセラーを生み出す気鋭の人気作家であり、世界に知られる日本人作家として、10本の指に入ると言われている。すでにいくつも映画化されており、海外でも上映されて話題となっていた。しかし宇崎本人は年齢不詳、性別不明と謎に包まれている。一昨年本屋大賞を受賞した際も、代理で編集長が授賞式に出ていたという。


ーそれもそのはずだ。


 話題の天才作家がまだ高校生で、しかもこんな美少女だと知られたら、パニックが起きる。

 そりゃあ穂積も、必死に隠そうとするはずだ。隠しきれて無いが。


「そうです。私の本当の名前は、宇崎清流です」


「うさぎを名乗るのは、宇崎をもじって?」


「はい。穂積さんが、もし間違って、私の名を呼んだとしても、誤魔化せるように」


「全然、信用されてねーな、あいつ」


「これは、穂積さんの上司に当たる方からの、命令で」


「穂積は?出版関係者?」


「はい。私の代表作のシリーズを、発行している有智館出版の編集者です」


「なるほど。ZAIYAに籍を置くのは、見聞を広げる為?」


「はい。最初は、東北に引っ越して、一人で取材して歩こうかとも、考えていましたが。危険だからと、心配されてしまって。担当編集者の方が、ZAIYAの代表の方と、繋がりがあった為、その流れで、ここを紹介して頂きました」


「やっぱ小田先生は知ってんの?知ってるのは、小田先生だけ?」


「はい。小田先生だけです。あ、あと、藤井さんの奥様が。他の皆さんは、あえて、聞かないように、してくれる、感じがします」


「なるほど。猫村ってのは?」


「母方の姓です」


「宇崎清流は本名?」


「はい」


「ペンネームつければ良かったのに」


「おっしゃる通りで。その、言い訳ですが、当時は、こんなに売れるとは、予想してなくて」


「それもそうか」


「あの……」


「ん?」


「ご感想は?」


「んー。やっぱり。俺って天才」


「あ、そっち?」


「あとは、さすが俺の惚れた女」


「あ……」


 暗闇の中でも、赤くなっているのが分かる。


「俺にしときなよ。多分そこそこ、優良物件よ」


「でも私、まだ高校生、です」


「だから。お友達から、お願いします」


 そう言って、右手を差し出す。


「また、それですか」


 笑いながら、その手を握ると。急に引き寄せられて、爪にキスを落とされた。


「……お友達は、こんな事、しません」


 うさぎが抗議すると、闇の向こうで、笑っている気配がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ