41 斎木さやか
田舎は嫌いだ。自分には、似合わないから。
田舎は嫌いだ。自分には、狭過ぎるから。
私は、こんな場所で終わる人間じゃない。生まれ育った山形の片田舎。つまらない同級生達。うだつの上がらない両親。
先日、帰省途中でバスから降りたら、急に声を掛けて来た、馴れ馴れしい同級生とやら。
「あ、ごめん。誰だっけ?」
本当に、分からなかったから、さやかはそう言ったのだ。相手は微妙な表情になった後、苦笑いしてこう言った。
「私、近藤佳菜子だよ。中学まで一緒だった」
ーああ。
名前を聞いて、ようやくぼんやりと思い出す。
ーいたわね。そんなモブキャラ。
もう住む世界が違うのよ。気安く話しかけないで。
「さやかちゃん、変わらないね」
そんな事を言って、元同級生は去って行った。
大っ嫌い。こんな田舎も、ここでしか生きられない田舎者達も。この狭い世界で偉そうにしている井の中の蛙も、人が良いだけが取り柄の両親も。蛍と蛙とさくらんぼしか、誇れるものが何も無いこの町も。大っ嫌い。
だから、自分の故郷にどこか似ている、この折月町が嫌いだった。
民宿の客室。一人ドライヤーで髪を乾かしながら、さやかは歯軋りする。田舎者丸出しの住民も、聞きづらい方言も、本当は全部嫌い。忌々しい。できれば関わりたくなんか無い。何を好き好んで、田舎村の研究なんてしなきゃいけないのよ。
「あーあ。やっぱり来なきゃ良かったかな。みんな感じ悪いし」
この、チームみちのくのメンバーも、気に食わない。
ーもっと、ガツガツ来なさいよ。私みたいな美人、なかなか地方じゃお目にかかれないでしょ?あの高校生だって、若いだけで全然大した事ないし。なにがうさぎよ、かわい子ぶりっ子しやがって。
このZAIYAみちのくの男性陣は、不思議と美形揃いだった。最年長の七海ですら、現役時代はさぞモテたであろう、出来る男の色気と雰囲気があった。
谷川は、元スポーツマンといった雰囲気の、爽やか好青年で背も高い。鍛えているのか、体つきもがっちりして引き締まっていた。清潔感のある、整った顔も好感が持てる。以前聞いたら、彼女がいると言っていたので、あまり興味は無くなったが。
そして穂積。年齢の割に童顔だが、アイドルの様にかわいい顔をしている。東京在住のくせにみちのくチームに所属しているのは、うさぎの保護者的立場にあるからだそうだ。なんでも、従兄弟だとか。
ーあいつの従兄弟じゃねぇ……
勢司はYouTuberである程度は有名人だが、何を考えているかいまいち分からないし、八方美人なので信用ができない。
そして古谷。スタイルや容姿だけで言えば、間違いなくぶっちぎりで、一番だろう。こんな人がZAIYAにいたなんて。しばらく休んでいて、久しぶりに参加したという彼は、どこか掴みどころがなくて、飄々としていた。まるで猫のように細い黒髪は、柔らかく毛先が少しクセを出して跳ねる。切れ長の瞳は長いまつ毛に縁取られ、西洋映画に出て来る俳優の様だ。
ーせっかく、私から声掛けてあげたのに。
それなのに、冷たい態度を取られてしまった。これ見よがしに、女子高生にアピールしているし。
ー違うよね。わざとあんな風にして、私の気を引こうとしてるのよ、絶対。
あの男は、絶対自分がモテる事を自覚している。プライドも高そうだから、自分からアピールなんてして来ないだろう。そう思って、せっかくこちらから、きっかけを作ってあげようとしているのに。単に鈍いのかしら?
関東のメンバーなら、もっとフレンドリーだし、優しいし、チヤホヤしてくれるのに。
ーでも、男はパッとしないモブキャラしかいないのよね。イケメンもいないし、藤井さん以外。
その藤井も、フィールドワークに顔を出す事は滅多にない。最近は、みちのくに時々顔を出していると噂で聞いたから、わざわざ来たのに空振りだった。
ー忙しいのかな。最近よく、テレビに出てたりするし。
藤井真幸。ZAIYAの代表で、本職はフリージャーナリスト。テレビの深夜ニュースなどで、最近はよくコメンテーターとして出て来る事がある。自然環境と人類文化の関係性をテーマに研究していて、地球温暖化が騒がれる昨今、ご意見番としてよばれる事が多いのだそうだ。美形で知識人。年上の大人の男。そして、故郷の田舎者達ですら、知っているであろう有名人。
比較的、みちのくチームの小田ちなみと仲が良く、いつも連絡を取り合っていると聞いたので、小田と懇意になって、彼女から私の噂を藤井さんに流して欲しいのだが。研究熱心な、美人の女子大生がいるって。熱心に、関東チームだけでなく、みちのくや陰陽に足繁く通い、ZAIYAに貢献してるって……
その為には、やはりこのみちのくチームでも、基盤作りをして、小田に気に入られなければならない。手っ取り早いのは、いつもの様に男性陣に取り入って、チームの垣根を越えて。打ち上げなどでは常に私に声を掛けてくれるよう、仕向けなければならない。比較的陥落し易いのは、谷川か。彼だけは、人当たりが良さそうだ。欲を言えば、古谷との距離を縮めたいが。
髪を乾かし終えると、緩く三つ編みにして肩に垂らす。いつもと違う、隙のある雰囲気に仕上げて。化粧は薄く、すっぴんに見えるように。浴衣を着ると、思った以上に色っぽくなった自分に満足する。
ーよし。完璧。
自分が目指す、大人っぽくて、知性的で、でも色気のある、いい女。
鏡に映る、優麗に微笑む美しい自分に満足すると、さやかは小田とうさぎの戻りを待たずに、部屋を出た。一人、男部屋の扉をノックする。先程、足音と話し声が聞こえたので、男性陣が風呂から戻っている事は把握していた。
扉が開く。
「あ、良かった。みんな戻ってたんですね。うさぎちゃん達、なかなか戻って来なくて……寂しくなっちゃったから、私だけ先に来ちゃいました。あの……迷惑、でしたか?」
今まで、これで喜ばない男は居なかった。みんな、嬉しそうに「おいでおいで」と、さやかを招き入れてくれた。だが、扉を開けた谷川は、「あー」と、歯切れ悪く苦笑いして、スマホをポケットから取り出す。おもむろに電話を掛けた。
「あー、小田先生?もう風呂から上がったんでしょ?斎木さん、こっちに早く来たがってるから、なるべく早く戻って来てよ。ほーい、すんません」
ーえ?
「今、小田先生たち、すぐ戻って来るから。女子部屋で待っててよ。一応、こっち今男だけだしさ。女の子一人で来るのは良くないから、みんなで一緒においで。じゃあ、後でね」
そう言って、無情にも扉は閉ざされた。
ーはあ?
こんな屈辱、生まれて初めてだった。




