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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
姫君の鬼胎
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4 小田ちなみ

 福島県は、東北地方の最南部に位置する県で、関東に隣接する。形はオーストラリアに似ていて、やや横長である。県を縦断する山々により、三方部に分けられる。西から会津地方、中通り、浜通り。


 今回、二人がフィールドワークで訪ねたのは、中通りに当たる。県北東部、山間の町。


 折月町(おりつきちょう)


 人口三千人と少し。

 農業を主とする町だが、手を掛けられず荒廃した農耕放棄地が多く見受けられた。少子高齢化の影響は、都心部よりも地方に色濃く出る。農地があれど、農業の担い手がいない。この辺りも、自分の代で家業を畳まざるを得ない農業従事者ばかりだ。田畑に立っているのは、高齢者の姿のみ。若者の姿は見受けられない。

 農耕放棄地が増えると、害獣が増えると聞く。イノシシ注意の標識がやたら多いのは、このような事情が背景にあるからなのかもしれない。


 そんな道中、県道の上り坂途中に、その御堂はあった。小さな商店の横。艶やかな朱色の屋根が目を引く。


ーずいぶんと立派な。


 それが正直な印象であった。


「綺麗なお堂だな」


「12年前に、建直したらしいよ」


 事前に少し調べていた谷川が、教えてくれる。県道から横道に曲がり、駐車スペースを目指す。


「建直し…」


 経済的に困窮している集落の場合、祠や御堂の修繕費というものは、工面するのに苦労すると聞く。生活に直結しない分、優先順位はどうしても低くなる。 

にも関わらず、このお堂はしっかりと隅々まで修繕され、その美しさを保っている。


ーそれだけ、この地の信仰は厚いという事だろうか?


 車は、御堂すぐ横にある砂利スペースに駐車する。おそらく参拝者用の駐車場なのだろう。


 見慣れた小さな軽自動車に、古谷は目を細めた。

 桃色のラパン。後方に高齢者マーク。


「じいちゃん、来てるな」


七海ななみさんは福島の人だからね。ここは家からも結構近いんじゃないかな?」


「元気そうで良かった」


 その隣、古びたジムニーは、おそらく小田准教授のものだろう。どこに行っていたのか、愛車の足回りが泥だらけだ。こちらも相変わらずのようだと、古谷は苦笑いする。


「こんにちは」


 御堂の中を除くと、中にいた大人3人が同時に振り返った。


「ありゃー。また新しい人が来たど、先生!」


「はい。紛う事なき、ウチのメンバーです」


「大したもんだない、給料も出ねえらしいのに!」


 中央で割烹着を着てハタキを叩いているのは、地元民ではなく、ZAIYAみちのくメンバーのひとり、野田であった。


「偉いでしょー。私達、在野の徒は、移動も実費だし、こうした作業はボランティアだし、本職の合間に資料集めしないとだし、大変よー。でも、学びたいから集まるの。ここで得られる知識は、お金より時間より、貴重なものよー」


 おおらかに喋りながら、小田はバシバシとハタキを手早く叩き付けている。


 彼女の名は、野田ちなみ。

 40代独身。東弘大学文化人類学民俗学研究所所属。地位は准教授。自身の大学の研究とは別に、ZAIYAに所属し地元の文化研究を進めている。

 ZAIYAみちのくチーム(東北地方)のリーダー的立ち位置でもある。

 整った顔立ちをしているが、あまり身なりには気を遣わない性格のようで、フィールドワーク中はいつも、愛用の割烹着を着用している。髪は肩上で切り揃え、前髪はおでこが出る様にピンで止め上げている。


 准教授というより、お母さん、の様な。


 その雰囲気が、仰々しい肩書きを持つ彼女の印象を和らげ、地域民にも受け入れ易くさせている。


「先生、元気そうですね」


 古谷は軽く会釈する。小田はハタキの手を止めて、笑顔を向ける。


「古谷君も久しぶりー。仕事忙しいみたいね」


「やっと慣れて、余裕が持てる様になりました」


「何よりよー。古谷君、谷川君。こちらのお二人は、氏子の方で、こっちが松永さん。代々お堂の管理を任されてらっしゃるんですって。そしてこちらは斉藤さん、祭事の委員長さん」


 「よろしくない」と、お爺ちゃん二人が、にっこり会釈する。その手には竹ぼうき。首に掛けたタオルで、軽く汗を拭き、古谷と谷川の顔を順に見る。


「よろしくお願いします。この度は、調査協力ありがとうございます。宮城県で教員をしております、古谷と申します」


「僕は谷川です。同じく仙台で、公務員をしています」


 谷川も、爽やかな営業スマイルを浮かべて、古谷の隣に立った。二人共背が高いので、おじいちゃん二人は、見上げる形になる。


「はー。ホントに皆んなさん、お仕事もバラバラなんですなー」


「住んでる所も、みんなバラバラなのかい?」


「そうですねー。でも今は、どこに住んででもスマホとパソコンあれば、いつでも繋がれるからー。昔に比べれば、楽になったんですよー」


 准教授の話に、おじいちゃん2人は、うんうんと頷く。


「時代だねー」


「ワシらもあれだね。人生楽しむ為に、ゆーちゅーぶとか、やったほうが良いね」


「あと、てぃっくとっくね」


「あれは若い子しかやっちゃいかんって、孫に怒られたで」


「んだがやー」 


 穏やかな会話を続けながらも、爺さん達が手にしていた竹ぼうきは、無事古谷と谷川へ手渡された。


物語の、事件現場となる市町村は全て、現存しない架空の地名となります。

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