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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
姫君の鬼胎
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 部屋は和室で、既に布団が3組敷かれていた。窓からは庭の花園が見えて、のんびりとした時間が流れている。


ー素敵なところだけど、ここじゃ、執筆が捗らなそう。


 目の前の景色が平和過ぎて、うさぎの物々しい職業にはそぐわなかった。残念、と一人ごちる。


「お風呂は部屋にもついてるし、大浴場もあるからねー」


「え?温泉、ですか?」


 うさぎはワクワクした顔で尋ねる。


「残念だけど、温泉ではないわー。沸かし湯よ。でも、新しくて、綺麗な浴場みたいよー」


「私はシャワーでいいです。大勢の人が入るお風呂って、なんか苦手なんで。だってお湯を共有するのって、汚いじゃないですか。あ、お二人はぜひ、後で行って来て下さい」


 さやかはそっけなく言うと、手早く化粧を直し始める。うさぎは荷物を部屋の端に置くと、小田に断って手洗いだけ急いで済ませた。戻って来ると、小田とさやかが何やら話していた。


「なんか、関東チームと比べて、疎外感っていうか?みちのくチームの男性陣は特に、ちょっと素っ気ないですよね。社交的でないというか、変に真面目過ぎるっていうか」


 どうやら、さやかが不満を溢しているようだった。


「そうかしらー。私はここでしか活動してないから、他は知らないけど。みちのくのメンバーは、みんな勤勉だし、手際も良いし、私は助かってるわよー。今回の調査だって、資料集めや地元のアポ取りは、全部古谷君や谷川君がやってくれてるし、特に谷川君は、あちこちの自治体に顔も聞くしねー。助かるのよ。今回の宿の手配だって、谷川君よー。良いところでしょ?私は特に、不満はないわねー。さ、食堂いくわよー。うさぎさんも、準備オッケーかしら?」


「はい。お待たせして、すみません」


「さ、行くわよー」


 これ以上は、聞く耳を持たない小田に、さやかは不満気に奥歯を噛む。


「はあ……あなたはいいよね。子どもってだけで、みんなに可愛がられてて」


「別に、そういう事でも、ないと思います」


 急に矛先を向けられて、うさぎはギョッとしつつも、問答は返す。何となく、黙っていられなかった。


「でもさ、古谷さんのあれは、流石に酷いわよね。あなたの事好きだなんて言って、毎回からかっちゃってさ。まったく子ども相手とはいえ女の子なのに、デリカシーないのかしら」


「……本気だって、言ってますよ」


「ええ?あなた、まさか本気にしてるの?ふふ、かわいい」


 馬鹿にしたように笑う。


「私は、信じてます。人の心を、揶揄ったり、馬鹿にしたりする様な人では、ないと思うので」


 うさぎの真剣な眼差しに、さやかは一瞬だけ眉根を寄せたが、再び女優の様な顔で、目を細めて見せる。


「ふふ。若いのね。羨ましいな。私にも、こんな時期があったら良かったな」


ーああ、駄目だ、この人。人の話、聞く気ない。


 うさぎは遠い目をした。


 小田に急かされて食堂にやって来ると、既に男性陣が来ていて、席を取っていてくれた。


「こっちこっち」


 派手なピンク頭、勢司がブンブンと手を振っている。


「小田先生、ビールとグラスワインならアルコールありますよ」


 目をキラキラさせながら、穂積がメニュー表を掲げる。子どもか。


「あらー、良いわねー。私ビール飲みたいわー」


「やっぱ夏はビールですよね!谷川さんも、もちろん飲みますよね!勢司さんも」


「もちのろん」


「うさぎ、こっちこっち」


 古谷は、バシバシと自分の隣の椅子を叩いてうさぎを呼ぶ。子どもか。

 それでも素直に隣に座ると、古谷は端正な顔で、満足そうに笑う。悪い気はしない。うさぎは少し照れ臭くなって、視線を外した。


「私は、どこへ座れば良いですか?」


 控え目な口調で、さやかが尋ねる。


「どこでも良いわよー」


 男性陣に代わり、小田が答えた。空気が読めないのではない。読めないフリをして、要らない不協を断ち切っているのだ。さやかはただ、ここでも男にチヤホヤされて、確固たる地位を築きたいだけだ。そして、その先にあるのは……


「お腹、空きましたね。斉藤さんが、ここは蕎麦が美味しいって、おっしゃってましたね」


 聡いうさぎもまた、話題を変えるべく、メニュー表を眺めて、古谷を見る。切れ長の瞳が一瞬交わり、全てを見透かすかの様に笑う。長い指がメニューを叩いた。


「そ。田舎蕎麦。あと、カレーうどんが松永さんはお勧めらしい。俺はとんかつ定食食べるけど」


「え?そうなんですか?」


「腹減ったから、がっつり食いたい」


「俺も〜。腹減った。肉食いたい」


 谷川もまた、古谷の隣で腹をさする。


「えー?僕はせっかくだから、蕎麦食べたいですね。あ、斎木さん、飲み物どうします?」


 結局、穂積と小田の間に落ち着いたさやかは、少し不機嫌そうに答える。


「私、あんまりお腹空いてないです。あ、私はグラスワインで。古谷さんは?せっかくですから、一杯くらいどうですか?」


「俺は烏龍茶で。うさぎ、何飲む?」


「あ、私も烏龍茶が、いいです」


「俺はビールね。やっぱ俺も蕎麦かなー。小田先生は?」 


 テンポ良く勢司も決めて、小田に聞く。


「アタシは天ぷら定食!お蕎麦もご飯も食べたいわー」


 なんやかんやで、わきあいあいと食事が進み、一度解散して風呂の時間となった。


「じゃ、9時半、男部屋集合ねー」


「おー」


 その後は、楽しい打ち上げである。


 

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