38 green eyed monster
一行は、町営の宿泊施設に移動していた。時計を見ると8時。予定より、だいぶ遅くなってしまったが、幸いにも食堂は10時まで営業しているとの事だった。
よく整備された、自然豊かな山道を上り、広い駐車場に辿り着く。今回は、うさぎは古谷と一緒に、仙台から谷川のハイエースに乗って来ていた。谷川、穂積、勢司と小田の車が、4台並んで停車すると、花咲く小道を歩いて宿を目指す。小高い丘に真っ白な宿が建っていた。
「あっち、池があるみたいです。蛍、いますかね?」
「これだけ自然豊かなんだから、いそうよねー」
「桜並木か。春に来たら、綺麗だろうな」
「俺、市役所の仕事で春に来た事あるけど、マジお勧め。すげー綺麗だった」
夜道だが、堪能しながら進んでいく。宿に着いてロビーに入ると、突如声を掛けられた。
「皆さん遅かったですね。私、場所間違っちゃったかと思っちゃっいました。合流できて良かったです」
皆、ギョッとする。
何故か、そこに斎木さやかがいたのだ。
「え?斎木さん?どうしたの?」
小田も何も聞いていなかったようで、驚いている。
「今日は半日用事があって、フィールドワークに参加できなかったんですけど、夕方からは時間があったので、こちらに合流しようかなって。宿泊先は、今朝の了君のSNSに書いてあったから、来てみました」
そう言って、女優の様に美しく微笑んでみせる。「どう?この私がわざわざ来てあげたんだから、嬉しいでしょう?」という声が、聞こえて来そうだった。もちろん、幻聴だが。
「えー?ここで合流すんの?」
流石の谷川も、頬を引き攣らせている。
はなから作業になど参加するつもりはなかったのだろう。斎木は上品なワンピースに、高いヒールを履いている。まるで今からコンパにでも参加するかのような、気合いの入りようであった。
「活動のメインはフィールドワークですよ。そっちに参加してないのに、活動後の慰安会にだけ参加するってのは、流石に常識外れじゃないですか?大学のサークルじゃないんだから」
古谷も苦言を呈すると、さやかはしゅんとして、肩をすくめる。目を潤ませて、甘える様に見上げて来た。
「え?駄目でしたか?でも、ホテルの方に聞いたら、一人増えても大丈夫だって」
ちゃっかり確認してたらしい。しかも、個人で部屋を取るのではなく、小田達に相部屋するつもり満々である。
「まあまあ、せっかく来たんだし、帰れなんて言うわけないでしょー。早くチェックイン済ませて、ご飯にしましょー。お腹すいたわー」
カウンターの方で、困惑気味のスタッフがソワソワしているのが見えた。小田が一言で取り纏めると、さっさとカウンターへ向かう。谷川も、チェックインの為小田に続いた。
「良かった。また、ご一緒させて頂きますね」
さやかは、満足気に微笑んで見せる。それを横目にみて小田は、優しく釘を刺す。
「斎木さんも、もうすぐ社会人になるんだから、もっと周りを見て動かなきゃダメよー」
「はい?」
さやかの顔が強張る。だが、流石にこれ以上、彼女を責め立てるような人間もここにはいないので、それぞれの部屋のキーを受け取ると、男部屋と女部屋に別れて一度荷物を置きに行く。
「じゃあ、食堂集合ねー。あんまり時間ないから、荷物置いて準備したら、さっさと来るのよー」
「うっす」
「あ、谷川さん、古谷さん、僕も運ぶの手伝います」
穂積は、谷川達が持つビニール袋を、二つほど譲り受けて、重たそうに抱えて歩いた。今夜、この後予定している部屋での打ち上げ用、酒とつまみである。会場は、男子部屋だった。
「斎木さんが来るなら、もう少し買い込んでおけば良かったかな」
谷川が漏らす。
「あ、いいよ。俺、今日飲まねえし」
「え?そうなの?」
古谷の言葉に、谷川は驚く。
「古谷さん、この間のキャンプでも、ほとんど飲まなかったですよね。あんまりお酒好きじゃないんですか?」
穂積の言葉を、全力で谷川は否定する。
「冗談!小田先生とサシでやり合える酒豪なんて、こいつくらいだかんね」
「え?じゃあ何で、飲まないんですか?」
「俺、紳士だから」
「はあ」
「意中の姫君と、俺はメロンソーダで乾杯するのです。じゃあな、うさぎ。また後で」
黙って後ろを歩いていたうさぎは、小さく頷いて古谷を見上げる。
「はい。さっさと食堂来て下さいね。先に、お風呂に行っちゃ、駄目ですよ」
「ガッテンしょうち!」
二人は部屋の前で別れる。その後ろで、さやかは暗い目でうさぎを睨んでいた。気付かぬふりで、うさぎは前だけを見ていた。なかなかに肝が据わっている。
女性陣が先に、部屋の中へと入って行った。
「green eyed monster《グリーン アイド モンスター》。怖いですね」
穂積は呟く。
「シェークスピアかよ」
古谷は笑う。穂積は片眉を上げてみせた。
「あなたは、鼻持ちならないですね。社会科教師のくせに。何で国語科教師にならなかったんですか?」
「国語科は忙しいんだよ、英語科と同じくらい」
「何がシェークスピアだったの?」
谷川が、部屋の鍵を開けながら尋ねる。
「緑目の魔物。オセローでしょ?出てくるの。嫉妬深いって意味だっけ?」
答えたのは、古谷ではなく意外にも勢司だった。
「そ。ピンク頭のくせに、博識だね」
古谷が笑う。勢司も笑った。
「知ってます?髪の色と学歴は、関係ないんすよ?」
「古谷先生も、随分詳しいですよね、日本文学も西洋文学も。お陰でうさぎさん懐柔されちゃって、腹立たしいです」
穂積が唇を尖らせる。
「対抗心からだよ。今、心の中バッチバチだから。俺、これでも嫉妬しまくりなの。きっと立場上、あの子に絶対的な信頼を置かれている、ほずみんにね」
古谷が言い終わるより先に、穂積は表情を正す。真面目な顔で古谷を見つめると、鼻でため息を吐いた。
「勘がいいですね。それとも、僕の失言のせいかな。これ以上、余計な詮索はやめて下さい。それがうさぎさんを守る事になります」
「本人に直接聞いて、答えてくれたならOK?」
「追い詰める様な真似は、許容できません」
「しねえよ、そんな真似。別に知らなきゃ知らないままでも、かまわない」




