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真夏とうさぎがシャワーを浴びて、髪を乾かしてから脱衣室を出る。うさぎは持参していた換えに着替えていた。いつもと変わらぬ白シャツに、黒デニム。少し濡れた髪を下ろし、首にタオルを掛けていた。真夏に案内されてリビングに来ると、猫を埋葬し終えた古谷と谷川が、汗を拭いながら、真夏の母が用意した麦茶を飲んでいる所だった。上品な皮のソファに、二人は長い足を折り曲げて座っている。
「小田さん達は、もう少しかかるかな?」
谷川が、外に耳を傾けながら、様子を伺う。太鼓囃子が今し方終わり、人々の歓声が上がった所だった。次第に外は、話し声で賑やかになって来た。小田と勢司、穂積は祭りに残って、本来の目的である祭りの見学と記録を続けている。
七海に関しては、今日は夕方の間参加して、暗くなる前に帰っていった。境内に入れず、神社の外で待たせているマグロも気の毒だったので、仕方がないだろう。祭り前に行平さんが心配して、マグロを家の中で預かると言ってくれていたが、猫同様、事件に巻き込まれていたかもしれないと思うと、何とも落ち着かない気持ちになった。そもそもマグロは頭が良いので、他人の家は気を使い過ぎて、なかなか入ろうとしない。七海は丁寧に断って、駐車場の木陰にマグロを待たせると、時折うさぎと二人で世話をしながら、様子を見ていた。それでも、暑いからと留守番などさせた日には、マグロは怒って数日間拗ね続けるそうなので、下手に家に置いても来れないらしい。なかなか面倒臭い性格の柴犬であった。
「それにしても、行平さんの笛は、見事なものですね」
古谷の言葉に、奥さんは嬉しそうに笑う。
「子供の頃からやってたそうなので、数少ない特技の一つなんだそうですよ」
真夏とうさぎにも、麦茶を用意しながら、奥さんはエアコンの温度を下げる。
「神主さんとも、子供の頃からのお知り合いですか?」
「ええ。主人はずっとここに住んでおりますので。学年が二つ違いますが、所謂幼馴染というものですね。主人には弟が二人いて、うち一人がたよ様と同級生ですが、今は東京に住んでおります。祭の時期には、帰って来たりもしてましたが、義父母が他界してからは、二人とも、足も遠のいて来ましたね」
「東京からだと、遠いですしね」
「ええ。甥や姪も、来年受験生なので、ウチと一緒で落ち着かないのもありますでしょうね」
「従兄弟はみんな同級生なの。東京の受験は大変みたい。選ぼうと思えば、いくらでも選べるから、逆に決めずらいって悩んでた。こっちからすれば、贅沢な悩みだよね」
真夏も笑う。まだ目は充血していだか、それでも、落ち着いた顔で、母と笑い合う。
「こっちなんて、バスで1時間掛けて通学しないとだものね。そのバスだって、1日に数本しかないし」
「1時間じゃ済まないよ!こっからバス停まで、自転車で10分くらい掛かるんだから。福島駅から高校だって、自転車で15分?くらい?行くだけで疲れちゃうよ」
「まだ良い方よ。隣町の高校になんてなったら、自転車で1時間も掛かるのよ?そっちの方がよっぽど大変よ。まあ、真夏の成績なら、あそこになるって事はないでしょうけどね」
「確かに。バスなら寝てられるしね。でも、バス代もすごく掛かるんでしょ?」
「それはしょうがないわよ。この町に住んでる以上は。その為に、お父さんもお母さんも働いてるんだから、心配いらないわよ」
「お待たせー!」
玄関から、威勢の良い勢司の声が聞こえた。ノートパソコンと、カメラを2台抱えている。
「画像解析、すぐできるけど、どうする?真夏ちゃん達は、犯人知りたい?見たくなかったら、別の場所でやるけど」
「知りたいです!私は大丈夫です!」
真夏は、少し険しい顔で頷く。
「私も、知りたいです」
母も、真夏と同じ顔で強く頷いた。
「じゃ、ちょっと場所借りますね」
テーブルの上にパソコンを置くと、さっそく立ち上げる。勢司は床に胡座をかいて座り、横にカメラを2台置くと、内一台にコードを繋げる。
「映ってるとすれば、この2台だ。こっちの1台は、山の上の、神社の手すりに固定してたヤツで、下の鳥居あたりから、こっちの佐藤さん家の庭まで映ってた。車庫の手前くらいまでかな。で、もう一台の方は、佐藤さん家の車庫からちょっと上の方、御堂に向かう方面にある、電柱に括ってたやつで、車庫より東側、御堂方面の道路を映している。その先の道、カーブ辺りまで。こっちに犯人が逃げてれば、映ってるはず。もし県道逆側に逃げてたら、残念ながらカメラは設置してないから、撮れてない」
「もし犯人が、豆腐屋の娘なら、映ってない方に逃げるでしょうから、駄目かもしれないわね」
真夏の母は、残念そうに頬に手を当てた。豆腐屋の娘、福原ヒロの家は町場の方なので、家に向かうならカメラの無い方面に出るだろうと言う。
「まあ、映ってたら儲けもん、くらいで。あんまり期待せずに、見てみましょうぜ。画質は期待していいよ。良いカメラ使ってるからさ」
勢司はパソコンで、繋げたカメラの録画を映し始める。最初から早送りで見る。4時頃から人が疎らに映り込んでいた。手伝いの人や、早めに来た観客らの姿。
カメラの時刻が、16時23分の表示の時、佐藤家の庭に、人影が現れた。勢司は、早送りを止めて、もう一度、16時22分に戻る。
じっくりと、見つめる事、1分。
家の奥、道路の向こう側。花壇の先には、田んぼがある。田の畦道から、その人物は花壇を踏み付けて侵入して来た。
家の中を、少し気にしながら、しかし躊躇なく、手にしていた黒い袋から、ぼとり、と何かを足元に落とす。
白い塊。
人影は、さっさと踵を返すと、また花壇を踏み付けて畦道に戻る。画面からは姿を消した。
その間、僅か10秒。戸惑う素振りは無かった。




