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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
姫君の鬼胎
35/267

35 毒餌

 場所は神社境内の南側、行来姫の御神体が置かれる祠、その床下。高床式になっている祠の床は、大人が屈めばどうにか入れるくらいの高さ、地面から浮いている。子どもなら、簡単に潜り込むくらいは出来るだろう。その床下から、大量のネズミの死骸が出て来たらしい。


「異臭がするからと、覗き込んだら、大量のネズミが死んで腐りかけてたんだわ。まだ虫も湧いてないから、死んで間もないだろうが、何せこの暑さだからな。腐敗も早い」


 近くにいた松永さんが、困った顔で肩を竦める。


「どうして、ここで死んでるんですかね?」


 谷川も、床下を覗き込んで聞いてみるも、松永は首を傾げる。しかし、側に居た他の男性が、「こりゃあ、殺虫剤だな」と言った。


「ほら、プラスチック容器みたいなのに、茶色い泥みたいなの、のってるだろ?あれ、業務用の殺虫剤だよ。農家なんかがよく使うけど、即効性の高い、強い毒餌なんだ」


「毒餌」


 小さな白いプラスチック容器が、無数に床下に散らばっていた。その数20近くはある。いずれも、食い荒らされた跡がある。


「たよ様が置いたのか?」


「それはないさー。ここは神社だ。殺傷は禁じられてる。たよ様がやるはずない」 


 そう言ったのは、斉藤さんだ。手際よく祠の周りに三角コーンを置いて、人が出入り出来ないように塞ぐ。


「穢れだから、たよ様に祓ってもらわなきゃならん。祭りは下に場所を移そう。悪いが、男衆は太鼓を運ぶの手伝ってくれ。階段は重くて危ないから、小道を回って運んでおくれ」


「はーい」


 町の人達が、協力して太鼓や舞台を運び出す。その中から、騒ぎを聞いた真夏が、こちらに向かって走って来た。すでに私服に着替え終わっていて、その後ろから神主さんも掛けて来る。


「おじちゃん、私、床下に入ってみてもいい?」


「何言ってんの、真夏ちゃん!中はネズミの死骸でいっぱいだし、すごい匂いだしやめた方がいいよ!」


 松永さんは慌てて止める。


「でも、この行来姫の下は、キキとネネの寝ぐらだったから、もしかしたら中に、2匹の死体があるかもしれない!」


 真夏の悲痛な声。しばらく、母猫の姿を見ていない。そして、とうとうネネも来なくなってしまった。もしかしたら、そんな不安で、居ても立っても居られないのだろう。


「だったら、俺が行ってみて来てやるよ」


 なんて事ないように、古谷が言って前にでるが。


「無理です、古谷さんは大き過ぎて、入れないです。なので、私が行きます」


 小柄なうさぎが、古谷を制止して名乗り出る。止める間を与えず、うさぎはさっさと躊躇うことなく、床下に潜り込んで行った。


「私も行きます」


 真夏も、すかさず後を追う。


「ああ、もうー!」


 松永さんは、情けない声を上げると、這いつくばって、中を覗く。


「谷川、懐中電灯ある?中照らしてやって」


「オッケー」


「あ、私も持ってるわよー」


 谷川と小田が、携帯していたペンライトで、中を照らす。頼りない光だが、無いよりはマシだった。

 ネズミの死骸が転がっているのは、手前側だけのようだった。だが。


「いた」


 無情なうさぎの声。真夏の声は聞こえなかった。


「布か何か、ありますか?仏様を、ここから運びたいですが、少し、傷んでますので」


 一度引き返して来たうさぎが、顔を出す。綺麗な黒髪に蜘蛛の巣や埃が纏わりついているが、気にした様子もない。真夏は奥に留まっていた。


「これ、使っていいから」


 松永さんが、紫の風呂敷をうさぎに手渡す。


「ありがとうございます。腐敗が酷いですが、白い毛並みで体も大きいので、おそらく、母猫だと思います。赤い、首輪、してました」


「そうか」


 うさぎは風呂敷を持って、再び奥に戻る。


「誰がこんな、酷い事を」


 神主さんも、真っ白な顔でただ眺めている。


「こんな馬鹿な事して、バチが当たるに違いない」


 苦々しく、松永さんも吐き捨てる。


 風呂敷を抱えたうさぎが戻って来た。続いて真夏が出て来る。涙を目いっぱいに貯めていた。二人とも、全身すすまみれだ。


「うちの庭に、綺麗なスイセン畑があります。そこに、埋めてあげましょう」


 神主さんが申し出てくれたのだが。


「いや」


 行平さんが止める。


「キキは、ウチの裏庭に埋めます。先程、ネネを埋葬してもらったばかりなので、今なら親子一緒にしてやれます」


「ううっう……」


 行平さんは、ネネの死を隠すのを辞めたようだった。この先心配して過ごすよりはと、思ったのだろう。

 たまらず、真夏は嗚咽を漏らす。


「酷いなあ。あんなにかわいい猫だったのに」


 松永さんや斉藤さんも、白猫親子の事は知っていたそうだった。近所にも顔をだす、愛想の良い猫だったとか。2匹とも丸々太っていたので、他でも餌を貰っていたのだろうと、行平さんが笑う。神主さんからも、時々おやつをもらったりして、野良猫の割に、それなりに恵まれた生活をしていたらしい。こんな事さえ、起きなければ。


「犯人、探してみようぜ」


 勢司は、暗く笑う。


「複数台の固定カメラ回してたからさ、運がよければ、チビ猫の方は犯行現場が、映ってるかもしれねえ」


 穂積から、子猫の件を聞いたらしい。勢司は暗い笑みを浮かべて、うさぎの腕にある紫の包みを見つめる。


「これだけの事して、お咎め無しっちゃないでしょ。神様の罰当たる前に、ちゃんと人間からも怒られなきゃ」


「行平さん達が家を出てから、神楽行列が戻って来るまでの時間帯かな、怪しいのは」


 古谷が言うと、行平さんの隣にいた女性が、腕時計を見る。優しそうな美人だ。おそらく行平さんの奥さん、つまり、真夏の母親だろう。面影が似ている。


「家を最後に出たのは私で、3時半でした。神楽が戻って来たのは、5時少し前。真夏の踊りが終わったのが、丁度5時でした」


「オッケー。その時間なら、余裕でカメラ回ってるわ」


「祭りが終わったら、私の家に。真夏、そして、そちらのお嬢さん、先に家に行って、シャワーを浴びて来なさい。酷い格好だ」


 行平さんの言葉に、真夏は涙を拭いて、うさぎを見る。


「うさぎさん、ホントにありがとう。案内するから、うちに来て。良かったら、着替えもあるから」


「ありがとう、ございます。お言葉に甘えたい、です」


「母ちゃん猫は、俺が貰い受ける。行平さん、さっきと同じ所に、母ちゃん猫も埋葬していいですか?」


「重ね重ね、申し訳ない。お願いします」


 古谷の申し出に、行平は頭を下げる。


 古谷達が佐藤家に移動したころ、祭囃子が聞こえて来た。勇ましい太鼓の音と、行平さんの優美な笛の音が、赤い夕日に染まる空に厳かに響き、夏の空気に溶けていった。

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