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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
姫君の鬼胎
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 古谷は佐藤家の前に立つ。門前には、何も無かった。


ー良かった。杞憂だったか。


 安堵して、うさぎの方を振り返ろうとして、途中で視線が止まる。庭の奥、花壇の前。丁度、玄関の真ん前に、白い塊が置かれている。


ーああ、やっぱりか。


 家の人は皆、神社の手伝いで出払っている。古谷は無断で庭に入ると、白い塊の正体を確認した。


 見覚えのある、赤い首輪。ふわふわの白い毛並み。酷い臭いがした。


「うさぎ、神社に戻って、真夏ちゃんが家に戻らないよう、足止めしておけ。穂積、真夏ちゃんに悟られないように、行平さんをここに呼んできてくれ」


「はい」


「はい!」


 二人は素早く戻る。古谷は、ゆっくりと周りを見渡した。家の周りは、道路側には塀が巡らされているが、山を向いてる方面には塀が無かった。花壇の向こうには広い田地が広がっている。こちらから回れば、祭りの客達の目を盗んで、出入りする事が出来そうだった。畦道は、車庫の向こうまで繋がっている。


「どうしましたか?」


 穂積に連れられて、行平がやって来る。袴姿が暑いのか、汗だくだった。


「ああ、そう言う事でしたか。実は今朝も、大量の鼠の死骸が、門前に打ち捨てられていたんです」


 古谷の足元を見て、行平の顔が青ざめる。一瞬で、あらかたの事を察したのだろう。


「これは、ネネの方ですね。体が小さい。かわいそうに。この事は、真夏は?」


「まだ知らせていません。分からぬままの方が、良いかと思いました」


 古谷の言葉に、行平は頷いた。


「裏庭に、昔飼っていたハムスターの墓があります。その隣に、そっと埋葬して供養してやろうと思います。飼い猫同然、ずっと家族で可愛がって来た猫です。それこそ、母猫と来ていた、赤ん坊の頃から。流石に保健所に渡す気にはなれません」


「もし良ければ、私が埋葬しますよ。行平さんは祭りに戻って下さい。まだお役目もあるでしょうし」


 古谷が申し出ると、行平は少し疲れたような顔で、ゆっくりと頷いた。


「かたじけない。そうして頂けると助かります。上の舞台の準備がありますので。この手で弔ってやりたい気持ちもありますが……場所をお伝えします。あと、スコップと軍手も用意しましょう。ああ、この子は私に運ばせて下さい。せめて最後くらい、柔らかタオルにでも、絡んでやりましょう。可哀想に」


 行平は手際良く準備すると、猫を優しく裏庭に運び、残りを古谷に託して神社に戻った。


 ハムスターの墓は、小さなプレートを添えて、何かの花木が植えられていた。行平の指示通り、その隣に穴を掘り始める。野鳥に荒らされないように、深く深く土を掘って埋めてやる。きっとこの子も、花を添えてもらえる事だろう。


ーせめて亡骸を捨てられたのが、この家で良かった、と言うべきか。それとも、ここに来ていたから、命を狙われてしまったのか。


「古谷さん。行平さんの奥さんに言われて、庭木の花を積んで来ました」


 穂積の手には、真っ赤なサルビアがあった。まるで、ネネの首輪のようだ。


「違う花の方が、良かったですかね?」


 穂積は心配そうな顔で古谷を見る。


「いや。それでいいじゃん。赤い首輪、してたしな」


「はい」


 穂積は嬉しそうに頷いて、花を墓に添えた。そして手を合わせて、丁寧に合掌する。



「そろそろ戻りましょう。うさぎさん達も、心配しているでしょうし」


「そうだな」


 勝手口そばにスコップを置いて、軍手もそこに片してから、念入りに手を洗い、古谷と穂積は佐藤家を後にする。


「お疲れ様でした。真夏ちゃんに知られずに済んで、良かったと僕も思います」


「残酷だよな。きっと、可愛がってるの知ってる奴が、やったんだろうな」


「僕、あんまり心神深い方じゃないですけど、流石にコレは、罰当たりだと思います」


「意外。めっちゃゲン担ぎとかしてそうだけどな。受験の時、タコとか置いてなかったの?」


「オクトパスですか?もちろん置いてましたよ」


「置いてたのかよ」


 二人が神社に戻ると、もうすぐ太鼓囃子が始まるらしく、人々が階段を上って行く所だった。古谷達も倣って、階段を上り始める。


「勢司君、固定カメラって、もう回収した?」


「してますよ。車に積んであるっす」


「神社の手前辺り、撮ってるカメラあったっけ?」


「この辺は、この山の神社の柵にくくり付けて、丁度神楽をやった鳥居の辺りから、神社の入口辺りまでを撮ってるっすね」


「行平さん家、映ってる?」


「あー、門前の県道辺りまでなら、映ってるっすね。家はどうかなー?」


 勢司は首を捻る。


「後で見てみます?」


「頼む」


「なんかあったんすか?」


「後で話す」


「了解」


 その時、頭上から大勢の悲鳴が聞こえて来た。

 階段の上、本殿の方だ。


 戸惑い混じりの、怯えるような悲鳴。身の危険というより、奇怪な物を見た時の様な。


「何だ?幽霊でも出たか?」


 勢司はスマートフォンをかざして、動画を撮り始める。古谷は、後ろを歩いていたうさぎと視線を交わしてから、駆け足で石階段を上って行った。

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