28 祈願祭
午前9時。厳かに祈願祭は始まった。
御堂の中に、4名程の神社関係者が座り、真ん中に神主さんが立っている。神主さんは、紫色の装束を纏い、手には笏を持っている。
御堂の外では、やはり袴姿の行平さんが横笛を吹き、その音に合わせて、斉藤さんと松永さんが、見事な棒術を披露してみせた。二人はすっと背筋を伸ばし、凛々しい顔で棒を操る。神々しい程の姿からは、普段のおちゃらけた様子など、微塵も伺えなかった。猛々しくも優麗に、技を魅せる。行平さんの笛もまた、見事な腕前であった。熟練の氏子達が、ただ一人の姫神の為に、惜しみなくその技と芸を納める。祈願祭。
メインのカメラを勢司が回し、小田と古谷が、外側左右から、それぞれ引きの動画を撮る。更に後方から、谷川が全体を捉えた動画を撮る。これを帰ってから、勢司が編集してまとめてくれる。
30分程度で、儀式は終わった。終わる頃には、全員汗だくだった。観客は御前に上がった酒や果物を、土産に渡されて帰って行く。この後一同は、清めた酒と果物を持って、川の祠も参拝する。そこまで古谷達も同行して、祭と共にフィールドワークは終了となった。
「お疲れ様ー。各自気を付けて帰ってねー。また八月のお祭りに参加するから、希望者は来てねー」
最後はいつも、現地解散である。
「うさぎ、名残惜しいから、一緒に帰ろう」
古谷の誘いに、うさぎは首を傾げる。
「私、バイクで来てますので」
「大丈夫。谷川のハイエースなら後ろに入る。谷川、俺運転するから、お願い」
「はいはい。俺は後部席で寝てるから、助手席へどうぞ。レディー」
「ええ?いいんですか?」
うさぎは遠慮するも。
「いいよいいよ。俺のハイエース、後部席改造してベッドになるし、俺寝不足で眠いから、遠慮なく寝させて貰うね。優生、安全運転よろしく」
「ラジャー」
「じゃあ、すみません。お世話になります」
「私も、誰か駅まで送って欲しいな」
さやかが、困った様に頰に手を当てて、視線を巡らす。その先に古谷がいたが、視線が交わる事は無かった。
「斎木さん、アタシが送ってくわよー」
面倒見の良い小田が、すかさず名乗り出てくれた。さやかは、微妙な顔で微笑む。納得行かないと、顔に書いてあった。
「じゃあ、また来月ねー!」
せっかちな小田は、さっさとさやかを乗せると、走り去って行った。ガコガコと、ポンコツな音を立てつつも、小田のジムニーは力強く走って行く。
「何で男が名乗り出ないのよ!私は関東のマドンナよ?これだから田舎の男は!と、顔に書いてあるようだったな」
勢司が笑う。彼がさやかをあまり好ましく思っていないのは、確かなようだ。
「関東でも、あんな感じですか?」
ため息混じりで、穂積は勢司に聞く。勢司はZAIYAの関東チームにも出入りしているからだ。
「基本はね。実際関東では、マドンナと呼ばれてチヤホヤされてるからね」
「関東ならともかく、こっちでフィールドワークやるのに、移動手段がないのは致命的だな。未成年ならいざ知らず」
谷川は肩をすくめる。
「ここにバイク持ちの高校生いるけどな」
古谷はうさぎを指差す。
「散々うさぎさんの事、子供扱いしてたけどな。俺からしたら、よっぽどうさぎさんの方が自立して見えるけど」
呆れた様子で、勢司も笑う。
「ま、いっか。じゃあそろそろ、俺らも帰るか。一番遠いしな」
勢司は穂積を見る。二人共これから、東京まで帰らなければならない。
「そうですね。うさぎさん、また来月。スケジュールが決まったら、連絡下さい」
「はい。穂積さん、いつもありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。それじゃ、皆さんも、また来月」
穂積は律儀に頭を下げる。まるで仕事で来ているサラリーマンの様だった。
「じゃな」
勢司も、軽く手を挙げて、車に乗り込む。
勢司のエスティマの後ろを、穂積の初心者マーク付き高級車が追いかけて行く。
「それじゃあ、僕も行こうかな。優生君は次も来るのかい?」
去り際に、七海が聞いて来る。七海の助手席には、すでにマグロが乗って、舌を出している。
「うん。来る予定」
「嬉しいねえ。昔みたいだ。じゃあ、またね」
七海の小さなラパンも、ゆっくり去って行った。
「俺らも帰るか」
谷川が、車のキーを投げてよこす。古谷はハイエースの中の荷物を横に詰めて、空いたスペースに、ラダーレールを使ってバイクを乗せてやる。
「手慣れてますね」
うさぎは関心する。
「まあ、俺もバイク乗るしな。それにしても、ホント何でも乗ってるよな、このハイエース」
古谷は笑う。とは言え、ラダーレールが乗っている事は知っていた。昔、バイクがパンクした時、谷川に迎えに来てもらった事があったからだ。
「スコップもあるし、非常食もあるぞ。この車なら、多少遭難しても、大丈夫」
谷川は胸を張る。
「いいですね。私も、車の免許とったら、この車にしよう」
「女子の欲しがる車じゃないけどね。でもお勧め!高速走り易いし、車中泊もできるし。結構、カスタムして使ってるやつ多いよ」
三人は、意気揚々と車に乗り込む。古谷の運転で、うさぎは助手席に、谷川は宣言通り、後部席で横になる。
「聖華学院って事は、俺らと家近いのかな?うさぎさん、どの辺りに住んでんの?」
谷川が問う。
「家は、泉の方です」
「やっぱ近所か。俺らも泉だよ」
「谷川さんも、ご近所なんですか?」
「おう。俺も優生も、実家住いなんだ」
「そうなんですね。ご家族と一緒に?」
「俺はね。優生は、実家だけど、一人暮らしだよな」
「そう。俺は高校の頃に、家族と死に別れてるからね」
「そう、なんですね」
「交通事故でね」
古谷は正面を見つめたまま、微笑む。
「その後は近所に住んでる、優生の叔父さんが面倒みてくれてたんだよ。めっちゃ良い人でさ。俺ん家もめちゃくちゃ近いからさ、高校の間は、夕ご飯は毎日ウチで食ってたんだよ。ウチの母ちゃんなんて、コイツの事、いまだに第3の息子って呼んでる」
「第3のビールかよ」
「じゃあ、第2の俺は発泡酒だな!」
谷川はケラケラと笑う。
「幼馴染って、やつですか?」
「そだね。俺が引っ越して来たから、優生とは中学から一緒かな」
「うさぎは?寮生か?」
「いえ。私は、高校の近くで一人暮らししてます。実家は東京にあります」
「へえ、そうなんだ?聖華に入りたくて、こっち来たの?」
谷川は、驚いた様に目を大きくする。
「まあ、そうですね」
そういう生徒は、多数いる。高校にしては、寮の数も多い方だろう。ただ、大抵そういった生徒は、何かしらの部活動に入っているか、スポーツコース、芸術コースに所属している。うさぎは確か、総合コース。所謂、普通科というやつだ。
何か、あるのだろう。ここでなければならない理由が。そして、身分を隠す必要が。
古谷は無言でハンドルを握っていた。
少し行くと、うさぎはポツリと呟いた。
「酷い落書き」
ガードレールに落書きされている場所だった。昨日の昼食からの帰り道、古谷と谷川も見つけていた。
「ああ、カバの生?」
谷川も、顔を上げる。
「違いますよ」
「え?」
古谷は車のスピードを落とす。谷川は、じっくりと落書きを見る。
「カバのなま」
やはり、変わらない。
「違います。逆から読んで下さい」
「あ」
まなのバカ。
まな。真夏。
「とても稚拙で、でも、とても残酷。誰もが通る場所に、こんなに大きく。そして憎悪を込めた赤で。真夏ちゃんも、登下校で毎日通る道なのに」
当然、真夏の両親も、気づいているだろう。
「こんな事が、平気で出来る人って、魍魎よりも、ずっと醜悪」




