27 明けの明星
通報して20分程度で、警察が来た。パトカーが3台程来て、警察官が十人程降りて来る。辺りが騒然とした。近隣住民も、不審に思って様子を見に来ていた。周りのキャンプ客も皆起きて来て、盗まれた物がないか確認し、警察に報告している。
古谷達も、幸いにも盗難の痕跡は無かった。
テントが開く音でさやかが目を覚まし、大声を上げたのが功を奏して、犯人は何も取らずに逃走していったのだろうと、警察官も言っていた。
とはいえ、なんやかんやで事情聴取に時間が掛かり、終わる頃には、空が白くなり始めていた。時計を見ると、4時半と少し回った頃だった。
「あ、古谷さん。あれが金星ですよ」
「おー、あれがヴィーナスか」
古谷とうさぎは、二人で東の空を眺める。白い星が、暁の空に浮かぶ。
「なんか小さいな。さっきのアンタレスの方が、俺好きだわ」
「あれ、私の心臓です」
「うん?」
「嘘です。お腹空きましたね」
「おー。火おこしてパン焼こうぜ。んで、ハム挟む」
「いいですね。皆さん、食べますか?」
「よく食えんなー。俺はいいや。コーヒー淹れる」
そう言って、谷川も炭の準備を手伝ってくれる。
「アタシ食べるー。了ちゃんは?」
小田が元気に手を挙げて、隣を見る。
「俺パス。朝は食べない派。斎木さんと、真夏ちゃんは?」
「私も無理。食欲ないわ。あ、でも、コーヒーは飲みたいな」
「私食べまーす!」
真夏もすっかり元気を取り戻していた。
「オッケー。穂積、お前は?」
古谷はクーラーボックスからハムとレタスを取り出して、ぼんやりと立っていた穂積を見上げる。
「食べたいけど、ハムじゃなくて、バターで食べたいです」
「我儘だな、オメーはよー」
何だかんだで、古谷と穂積は仲良くなっているようだった。それを見て、うさぎが微笑う。
ハプニングがあったものの、楽しく朝食の準備を進め、食べ終わる頃には、なんと犯人が捕まったと、早々に警察から知らせがあった。
※※※※※
「災難でしたね。無事で何より」
真夏を送り届けると、事情を知っていた行平が労ってくれた。神社の駐車場に車を停めさせてもらい、佐藤家の門前で、少し話しをしていた。
「いえ。お預かりしたお嬢様を危険に合わせてしまい、申し訳ございませんでした」
「いえ。娘も楽しかった様ですし、何より、犯人がうちの町民だったとか。逆にお客様に迷惑を掛けてしまい、申し訳ございません」
小田と行平が、互いに頭を下げ合う。
捕まった犯人は、地元の二十歳の青年二人と、高校生一人だったらしい。
「実は、去年の秋ごろも同じ様な被害があって。その時は、キャンプに来ていた女子大生二人が襲われたそうなんですが、あの時は他にキャンプ客もいなかったし、防犯カメラもないような場所なので、結局犯人わからず終いで。前回も、同じ奴らの犯行なんじゃないかって、もっぱらの噂です」
行平は顔を顰める。
警察の話では、金品窃盗が目的ではなく、強姦目的だったそうだ。夕方頃に下見をしに来た時、可愛い子を見つけて、どうしても我慢出来ずに犯行に及んだとか。他にもキャンプ客が来ている中で、ずいぶん大胆な事をした物だった。
「しかも、捕まった犯人の一人の高校生とやらは、あの豆腐屋の娘の兄だそうです。兄も素行が悪いので有名だったので、驚きはしませんがね」
苦々しく言う行平に、小田は問う。
「そういえば、朝霞姉妹の予知夢の話を、相手方の親御さんへ伝えると言ってましたが、どうでしたか?」
「やっぱりというか、相手にされませんでした。神社のいう事なんか、聞けるかといわれ、ほぼ門前払いでしたね。一応、夢の内容くらいは、無理矢理話して来ましたけど、聞いていたかどうか」
「やっぱり、そうでしたか」
「まあ、やれるだけの事はやって、様子見るしかないですね。たよ様も、それでいいと言ってますし」
諦めた様に、行平はぼやく。
そんな時だった。遠くから、チリンチリンと、軽快な鈴の音が聞こえる。見ると、神社の方から真っ白い猫がこちらに向かって歩いて来る。音は、猫の首輪に付いている、鈴の音だった。真っ赤な首輪がよく目立つ。
「ネネ!」
真夏が名を呼ぶと、猫は甘えた声で鳴き、真夏の足に額を擦り付ける。随分太ましい猫だった。
「かわいい。飼い猫ですか?」
うさぎが覗き込んでも、猫は逃げなかった。
「いえ、野良猫です。神社の山に棲みついてて、しょっちゅう母猫と、朝ごはんをねだりに来てたんですが、最近は母猫を見なくなったので、事故にでも遭ったんですかね。この子一人で、来る様になったんです」
行平は、愛おしむ様に目を細める。可愛がっているのだろう。
「首輪は、野良猫と思われて、保健所に連れて行かれたら大変だから、私が勝手に付けたの。お母さんのキキにも付けてたんだけど……」
聞くと、わざわざ2匹とも病院に連れて行って、避妊手術や予防接種まで、世話していたらしい。少し俯いてから、真夏は勢いよく顔を上げた。少し無理をした笑顔があった。
「皆さん、お堂のお祭りには、来るんですよね?」
真夏が、うさぎに聞くと、代わりに小田が答えてくれた。
「行くわよー。お祭りは、がっつり撮影もさせて貰うわよー。カメラいっぱい回すから、よろしくねー」
「良かった。じゃあ、また後で!ネネ、行くよ。ご飯にしよ」
元気いっぱい、真夏は手を振って家の中へ入って行く。白猫も、当たり前の様に、その後ろに着いて行く。
「それじゃあ、私も後ほど、伺いますので」
行平とも挨拶して別れ、一行は御堂へと向かった。
※※※※※
御堂に着くと、先に七海とマグロが来ていた。
「七海さん、マグロさん、おはよう」
うさぎがバイクを停めて、駆けて行く。マグロが振り切れそうなほど尻尾を振って、出迎えていた。今日も緑色の唐草模様のスカーフをして、おめかしさせられている。
「じいちゃん、おはよー。早いね」
古谷が声を掛けると、七海は元気に返事した。
「やあ、おはよう!マグロが早く行くぞって、煩くてねー。はやくに来て、周りを散歩してたんだよ」
昨日とうって変わり、よく晴れた空から、ギラギラと太陽が照り付けて来る。
「暑い一日になりそうですね」
「最高35度だってさ」
「うわー」
「午前中とはいえ、大変ですね。お祭りも」
御堂の中を見ると、すでに神社の関係者が来ていて、正装に当たる白い着物と紫の袴を履いて準備をしていた。
「先生方、早いねー。もう来てくれたの?」
聞き慣れた声に振り向くと、そこには袴姿にタスキを掛けた老人二人。委員長の斉藤さんと、お堂を管理している松永さんが立っていた。
手には、長い棒を携えて。
「まさか、棒術奉納って……」
「おじいちゃん、二人がやるのー?」
小田も驚いて、大声を上げる。
「ひゃひゃひゃ。まだまだ若いもんには、負けんぞー」




