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古谷達が戻ると、酒に酔った大人達が、ぐだぐだしていた。
「あー、おかえりー!星見えたー?」
いつも通り、小田だけが元気にしている。
「はい。すっごく沢山見えました!」
「いいなー。やっぱ俺も行けば良かった」
谷川は、ちょっと羨ましいそうな顔で出迎えてくれる。
「喉乾いてない?冷たいお茶あるよ。優生は?酒まだあるけど、飲む」
「おう。じゃあビールでも」
「私も、お茶、頂きます」
うさぎは、古谷の横に、ちょこんと座る。
「大丈夫だった?古谷先生、ちゃんと星空教室してくれた?」
谷川が笑いながら聞くと、真夏が笑顔で答える。
「はい。やってくれましたが、私途中で寝ちゃいました!」
「くそつまんなかったんかい!」
「あと、時々、誤った情報が、含まれてました」
うさぎが無表情で言う。
「最低!」
「お前ら、ほんと酷いかんな?」
古谷がビール片手に、顔を顰める。
「でも、古谷さんカッコいいから、学校では女子高生にモテてそう」
真夏がニコニコ笑ってそう言うと、谷川はうさぎに聞いてみる。
「そこんとこどうなの?うさぎさん」
「モテてると、思います。クラスにも、先生が本気で好きだから、告白するって言ってる女子、います」
「まあな。俺モテるし」
でもな!と古谷は続ける。
「あいつら、本気で好き!とか言ってんの今だけだかんな?どうせ卒業したら、見向きもしなくなるかんな?結局、若くて年頃の教師なら、誰でもモテるんだよ、学校って所は」
「確かに高校の先生って、特別かっこよく見えますよね。同級生の男子より、大人で落ち着いてるし、頼り甲斐のある先生だと特に」
話を聞いていたさやかも同意する。
「それに……高校生の頃なんて、まだ恋に不慣れだから。憧れと恋愛の区別が、つかなかったりしますしね」
そう言って、何故かさやかは、うさぎに視線を送る。
「そう、でしょうか?」
うさぎは、静かな口調で、問い掛ける。
「子どもでも、真剣に恋は、してるんじゃないでしょうか?そこに幼さや、愚かさはあるのかも、しれませんが。懸命に想う事に、違いはないと思います」
「やだ。ふふ。怒らせちゃった?」
さやかは、お姉さんぶった口調で、困った顔をして見せる。うさぎは、いいえと静かに首を振った。そして立ち上がる。
「そろそろ、寝ますね。お茶、ご馳走様でした」
「あ、じゃあ、私も」
真夏も、連れ添うように立ち上がる。この中学生のほうが、余程周りに気遣えて大人だった。
「怒らせちゃったかな?」
さやかが頬に手を当てて、小さく呟くのを横目で見て、古谷はうさぎに声を掛ける。
「うさぎ、必死に足掻く人間は、例え愚かでも、愛おしく思えるものだよ。惚れた相手なら尚更」
「ビール一本で、よくそんな恥ずかしい事、言えますね」
うさぎは振り返ると、微笑んで、まっすぐに古谷の目を見つめ返す。
「お休みなさい」
「おう。お休み」
うさぎと真夏が、女子用テントに入って行くのを見守ってから、古谷はビールを一気に飲み干す。
うさぎが去って、空いた古谷の横の席に、さやかが詰めてくる。
「やっと、一緒に飲めますね。子ども達の相手、ありがとうございました」
「いえいえ。好きな子とゆっくり星を語らえて、貴重な時間になりました」
「え?」
「俺も、もう寝ますね。健康優良児なので、日付変わる前には寝るって決めてるんです」
そう言って、古谷はさっさと立ち上がる。空き缶を片手でグチャっと潰して、ゴミ袋に放り込む。
「お休み」
残されたさやかは、誰にも悟られぬ様、下唇を噛み締めていた。
※※※※※
それは、夜も更けきって、夜鳥も飛ばぬ時間帯の出来事だった。
「きゃーーーーーーーー!!!」
金切声の様な、女性の悲鳴が上がる。
うさぎ達の眠る、女子テントの方からだった。
続いて、複数の足音が聞こえる。駐車場の方向へ向かって、駆けていく。
「先生!!?」
飛び起きて、真っ先に男子テントから飛び出して行ったのは、意外にも穂積だった。さっさと酔い潰れて、古谷よりも先にテントに入って寝ていた穂積だったが、靴も履かずに飛び出して、真っ先に女子テントに辿り着く。そのすぐ後を、古谷が追った。
「入りますよ!?先生、ご無事ですか?!」
穂積は、遠慮なく女子テントの扉幕を開ける。
中には、真っ青な顔で震えるさやかと、キョトンとした顔で、おろおろしている真夏の姿があった。
「先生は?どこですか?」
穂積は、焦った口調で、さやかに問いただす。古谷も中を覗くと、小田とうさぎの姿が無い。
「小田先生と、うさぎちゃんは、フライパンと包丁持って、追いかけてった」
震えながら、さやかは駐車場の方向を指差す。
「逞しすぎるだろ!」
古谷は急ぎ、駐車場の方へ走っていく。
「どうした?」
遅れて出て来ていた谷川と勢司に合流して、駐車場へ駆けていく。
「わかんね。多分強盗か、女狙いの不審者だろ。先生とうさぎが、武器もって追いかけてったらしい」
「マジかよ!ワイルド過ぎんだろ!」
駐車場に着くと、黒いワゴン車が猛スピードで走り去り、側で小田とうさぎが、肩で荒々しく息をしていた。その手には、それぞれ鉄鍋とフライパン、サバイバルナイフが握られていて、ヤル気満々だった事が伺い知れる。
「マジで勘弁して下さい。俺らが居るんだから、自分でヤろうとしないで下さいよ」
古谷は小田を諭す。なんだか懐かしい感覚だった。昔、似た様な事があった気がする。
「うさぎさん、怪我は無いですか?」
穂積は、真っ青な顔でうさぎの元へ駆けつける。
ーやっぱ、そうだよな?
古谷は、奇妙な違和感を感じながら、二人の様子を見ていた。
「はい。無事です。すみません、私がバイクのキーを持って、出てくれば、追跡する事が、できたのに」
「しなくていいから」
古谷が突っ込む。
「何があったんすか?」
勢司は、小田の手から鉄鍋を受け取りつつ、事情を聞く。
「斎木さんが、目を覚ましたら、知らない男の人三人くらい、テント開けて覗き込んでたみたいで。で、びっくりして悲鳴上げて、それであたし達も起きて、慌てて手元にあった鍋とナイフ持って、追っかけて来たの。20代くらいの、知らない人だったわー。ほとんど後ろ姿しか見てないから、顔は分かんないわねー。警察呼んでもいいけど、どうするー?」
「私、車のナンバー、覚えました」
飄々とした様子で、うさぎが言う。
「まじか。大したもんだな。だったら不審者捕まえられるだろうから、警察呼ぼう。谷川、先にテントに戻って、斎木さん達の様子見て来て。俺、スマホあるから今警察呼ぶわ。電話口で車のナンバー伝えるから、うさぎはここにいて」
「はい」
「じゃあ俺、近隣のキャンプしてた人達に、一通り事情説明して、他に被害出てないか確認してくるわ」
勢司も、キャンプ場へ戻る。
「アタシも、テントに戻って盗まれた物ないか、見てくるわー」
皆、手際が良かった。緊急事態に慣れてる風でもある。穂積は、狼狽えながらも、うさぎの側に残る事を選んだようだ。
「無事で良かったです、ホント。俺も、石井さんに殺されずに済みます」
「今回の事は、みんな無事の様ですし、石井さんには、秘密にしておきましよう。じゃないと、キャンプ禁止令が、出てしまいます」
うさぎも頷く。古谷は、警察と電話で話しながら、器用に二人の話にも耳を傾ける。
やはり、この二人のやりとりには、なんとも言えない違和感があった。




