表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
姫君の鬼胎
25/267

25 アンタレス

 高台に登ると、芝生が敷かれた、ガランと広い公園があった。

 近くに車を停めて、公園中央にある小さな丘の、木の階段を登って行く。街灯もないその場所は、空を遮る物は何もなく、眩しい程の星が目に飛び込んで来た。


「すごい、さっきまで、あんなに曇ってたのに」


 いつの間にか、空は晴れ渡り、分厚い雲は消え去っていた。


「古谷さん、空が晴れてたの、気づいてたんですね」


「おう。上弦の月が、はっきり見えたから、おおっと思ってさ」


「すごーい!天の川よく見えます!」


 真夏まなは芝生に寝転がる。


「お、いいね」


 うさぎと古谷も、倣って横に川の字に寝転がる。真ん中にうさぎが寝ていた。


「すごい、吸い込まれそう。こんな風に、星を見るのは、初めてです」


 うさぎは、しきりに感動しているようだった。


「うーん?」


 古谷が変な声で唸る。


「どうしました?」


 うさぎが右を見ると、綺麗な横顔があった。真剣に空を見ている。


「俺の好きなオリオン座が見つからない」


「……古谷さん。オリオン座は、冬の星座なので、夏の空の、この時間帯には、見えません」


「え?そうなの?」


「はい。多分朝方まで待てば、見えると思います」


「じゃあ、あれは?北斗七星」


「ありますよ。北の方。北極星、わかりますか?」


「あれ?あのちょっと明るいやつ?」


「多分、それです。その右下、くらい」


「おお!あった」


「ちなみに、北斗七星は、おおぐま座のしっぽです」


「まじで?天下の北斗七星が、しっぽ扱いなの?酷くない?」


「しっぽ、かわいいじゃないですか。ほら、古谷さんも早く、星座のうんちく、語って下さい」


「ごらん、あれが夏の大三角だよ」


「流石にそれくらい、知ってます」


「じゃあ、水瓶座」


「あ、分からないです。どこですか?」


「夏の大三角の横っちょ。ふにゃふにゃふにゃーって、ある」


「全然、分からないです。説明、下手過ぎません?」


「ほら、あの青白い星、下の方にあるじゃん」


「はあ」


「あれがフォーマルハウトって星で、水瓶からこぼれてる水の先端部分」


「へえ。詳しい、ですね」


「俺、水瓶座だから」


「水瓶座って、何月でしたっけ?お誕生日、いつですか?」


「2月9日」


「すごい、夏目漱石と一緒です」


「初めて言われたわ」


「ほんとですよ?」


「それは知ってるけど、普通、肉の日とかしか言われねーよ。よく知ってたな」


「大変、古谷さん」


「ん?」


「古谷さんの話、つまんなかったのか、真夏ちゃん、横で寝息立ててます」


「お前らホント、俺に対してさっきから酷いかんな?」


「冗談です。きっと、風も心地よいし、気持ち良くなったんだと、思います」


「確かに。良い風吹くな」


「ねえ、古谷さん?」


「ん?」


「一目惚れって、言いましたよね?」


「うん」


「それって、見た目が好きって、事、ですよね」


「うん。今の所、それくらいしか知らないしな」


「もし、私が、ものっすごく、性格、悪かったりしたら、どうするんですか?」


「それはめちゃくちゃ思った。勢いで告白したすぐ後に思ったわ。クッソビッチだったらやばくね?って」


「言い方」


「だから、今、必死に話そうとしてる。いっぱい話して、知りたいと思うし、同じ様に、知って欲しいとも思う」


「……はい」


 星は瞬き、上弦の月が清々しく大地を照らす。虫が鳴き、風は青く香る。男の声は涼やかで、だが密やかに、熱を帯びている。


「古谷さん」


「ん?」


「続き、話して下さい。星の話。ほら、早く」


「まじ?社会科教師の星座知識に、過剰に期待し過ぎてない?」


 それでも、古谷は言葉を紡ぐ。時を惜しむように。


「ほら見てごらん。あの一等明るい、赤い星を。暁の星、金星だよ」


 ただし、内容は空っぽの様だ。


「もう死にます」


 うさぎは呟く。


「ちょ!酷くない?無理やり話し振っといて、酷くない?死を選ぶほど、俺との会話は苦痛を伴うわけ?」


「違います。古谷さんが、暁の星とか、いうから……でも、やっぱり、いいです。ごめんなさい」


「ああ、そう言う事ね。『夢十夜』か、夏目漱石の。ホント好きなんだな、漱石。誕生日知ってるくらいだしな」


「そう。……分かるんですか?」


「まあ、一応?有名なヤツだしな。第一夜の話だろ?奥さんが、あたしゃもう死ぬから、あたしの墓の横で百年待ってろ、会いに来てやっからよ、てやつ」


「言い方」


「で、百年経って、気づいたら百合の花が咲いてて、空の金星が、涙を落とす」


「まあ、そうですね」


「好きな話なの?」


「そう、ですね。愛という物を、イメージした時に、真っ先に頭に浮かぶのが、この話です」


「なるほど」


 古谷は、少し笑う。急にうさぎは、恥ずかしくなって顔を逸らした。


「ちゃんと、分かってます。百年側に居られるのは、夢だからできるのであって、現実には、百年墓の側に寄り添う事なんて、出来ない事くらい」


「まあなあ、大人になって出会ったとして、百年待ってたら、少なく見積もっても120歳くらいか。だいぶきついよなー」


 百合を待つのも、楽ではないと、古谷は笑う。


「まあでも、最後の別れで、涙を一粒でも流して惜しんでくれたなら、俺はそれで、十分かな。なんちゃって」


「暁の星が落とした、一粒のなみだが、愛ですか」


「そう。或いは」


 男は言う。


「百年待つと、相手が応えてくれたなら。例え嘘であったとしても、俺にとっては、その応えが愛かな」


 うさぎはもう一度、男の横顔を見た。あまり知らないこの人の顔は、時々別人の様に、澄んだ目をして見せる。


「相手を想い、つく嘘は、真実なんかよりもずっと、誠実なんじゃねえの?」


「古谷さん」


「ん?」


「さっき、古谷さんが、暁の星って呼んだ、あの赤い星」


「うん」


「あれ、金星じゃないです」


「……」


「金星は、夏の夜は目に見えません。この時期見られるのは、明け方の一瞬だけです。あの星はアンタレスですね。夏の一等星の一つです」


「……あの星にとっては、百年なんて一瞬だろうな」


「ですね」


「帰るか」


「はい。真夏ちゃん、起こしますね」




 アンタレスは、さそり座の中心に輝く、赤い一等星。故に、さそり座の心臓と呼ばれる。


ー私は、さそり座……


 愛の象徴とされる金星と、アンタレスを間違えるなんて。色も光の強さも、方角さえも、何もかも違うのに。


 意図せずして、心臓を射抜かれたような。

 ふわふわした感覚と、肌をくすぐる夜風に酔う。うさぎは少し赤くほてった顔を、月明かりから隠して歩いた。


 本当の《愛の星》金星は、まだ遠い東の果てで、眠っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ