24 星空デート
夜も更けてきて、大人達もだいぶ出来上がって来ていた。
「ごめんなさいね、大人達みんな酔っちゃってるから、つまらなかったら、子供達は先にテントに戻って、休んでていいからね」
さやかは、うさぎと真夏に優し口調で声を掛ける。
「おいおい、まだ10時だぞ。健全な中高生が、こんな時間から寝られるかよ」
うさぎが何か言う前に、古谷が割って入る。その指で回している鍵が、シャラシャラと軽快な音を立てていた。
「古谷さん。ふふ。酔ってるんですか?冷たいお水でも、持って来ましょうか?あ、良かったら、あちらでちょっと休みながら、少しお話ししませんか?私まだ、古谷さんとゆっくりお話しした事なかったから……」
「心配ご無用、何故なら俺は素面だから」
「え?飲んでなかったんですか?」
さやかは驚く。
「無限にマーブルチョコを食べながら、飲んでいたアレは?」
「麦茶だ」
さやかの顔が引き攣っていた。
「てなわけで、気の利く素敵大人な俺が、若人達を天体観測にでも連れてってやろう」
「え?いいんですか?」
思わず、うさぎの顔が綻ぶ。
「私も、良いんですか?」
遠慮がちに、でも嬉しそうに頬を染める真夏に、古谷は「もちのろん」と、鷹揚に頷いて見せる。
「おーい、谷川。車借りるぞ」
古谷はもう一度、指で鍵を鳴らした。どうやら谷川の車のキーだったらしい。
「オッケー。例の展望台?」
「そ。若者連れて青春して来る。教師っぽいだろ?」
「ちょっと!勝手に何言ってんすか!僕も行きます!うさぎさん危ない目に、合わせるわけにはいきません!」
穂積が千鳥足でこちらに来ようとして、勢司に止められる。
「やめとけ。ゲロ吐くぞ」
「駄目に決まってんだろ!俺の車だぞ?」
谷川も、ぎょっとして止める。
「優生なら任せて大丈夫だよ。曲がりながらも教職員なんだから」
「曲がってないからな。真っ直ぐだからな?斎木さんも気にしないで、みんなと飲んでて。まだお酒いっぱい残ってるみたいだから、先生の相手してやって」
「ん?斎木さん?飲み足りないのー?おいでおいで」
チーム最強の酒豪小田が、さやかを手招きする。さやかは物言いた気な、後ろ髪引かれるような様子で、でも小田を無下にもできぬ様で、すごすごと戻って行く。
「どれ、じゃあ行こうか。車で10分もかかんない所だから」
「里山展望台ですか?」
「そう」
真夏も知っているようだ。
三人は、谷川のハイエースに乗り込み、古谷の運転で高台にある里山展望台へと向かった。
「ちょっと、大人の話に、ついていけなかったので、助かりました」
道中、うさぎは素直に礼を述べる。
「だろー?酔っ払いの話なんて、聞く方は苦痛だからな。穂積なんて、同じ事3回言ってたからな」
「ああ、マヨネーズとケチャップを混ぜると、美味しいって話ですね」
うさぎは遠い目をする。
「穂積さんは、うさぎさんの親戚なんですよね?お兄さんみたいな感じですか?」
大人が酔っ払っている間、こちらは少し親しくなり、距離を縮めたのだろう。真夏は先程より話し易い様子で、うさぎに訊ねる。
「そうですね。私の両親に、とても、信頼されています」
「へー。うさぎさんの、本当の名前は?」
「それは、秘密です」
「えー?どうして?もしかして、一緒に来てる人達も、みんな知らないんですか?」
「私個人の、事情で、秘密にしてます。一応、小田先生は知ってます」
「そうなんだ。なんか、芸能人みたいですね」
「それほど、大した理由では、ないですよ」
うさぎは笑って、しかしそれ以上自分の事は、話そうとしなかった。
「私も古谷さんに、質問いいですか?どうして、ZAIYAに入ったんですか?」
「ん?俺?」
うさぎは、話題の矛先を古谷へと向けて来る。
「俺は元々、大学のゼミ繋がりだな。谷川も一緒。ゼミが民衆史研究だったんだけど、そん時の教授から小田先生を紹介されて、面白そうだからって、谷川とフィールドワークに参加するようになった。大学2年ころからかな」
「そうなんですね。どうして、日本史の先生に、ならなかったんですか?」
「教員免許は持ってるから教えられるぞ。社会科は地理歴史公民、全部持ってるし。何故世界史の先生になったのか?それは、そこしか空いてなかったからだ。日本史には、ぶっちゃんとタケちゃんがすでにいたしな」
ぶっちゃんとタケちゃんとは、日本史の岩渕先生と竹山先生の事だろう。
「大人の事情ですね」
「そゆこと」
「学校の先生って、大変ですか?」
真夏も興味深そうに聞いて来る。
「まあ俺は高校だから、そこまで大変じゃないかな。聞いてると、小学とか中学の先生の方が、しんどそうだけどなー。まあでも、高校は三年の担任になると、大変だろうな。生徒の人生掛かってるしなー」
「二年生は、楽ですか?」
そう聞いて来るうさぎも、二年生だ。
「それなりに、みんなもう大人だしな。逆に俺が諭されてるしな」
そう言う古谷は、少し大人っぽい顔で笑い、うさぎはそれを見て、ふいに視線を逸らした。




