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「動物の死骸、だったんですねー」
小田が言うと、行平は「最近多くて」と、漏らす。
「車に轢かれて、ですか?」
車通りの少ない県道。信号も無いので、スピードを出す車は多そうだった。道も、緩やかな下り坂になっているので、知らずにスピードが出るのかもしれない。
「それも勿論ありますが……どうも、殺傷されてる疑いが、あるみたいです」
「え?」
小田と古谷の声が被る。朝霞さんも、驚いた様子で口を覆っていた。
「朝と言わず、昼と言わず。気がつくと、庭の前に動物の死骸が置かれてるんです。とは言え、1、2ヶ月に一度あるか無いか、程度だったので、それほど気にしてなかったのですが、今月は二度続いていて」
「まさかこれも、豆腐屋の娘の仕業とか?」
松永さんの言葉に、是非を答えられる者はいない。
「いずれにせよ、子供の悪戯では、済ませないよなー」
「神社の前で殺生だなんて、それこそ罰当たりだわな」
松永さんと斉藤さんのぼやきを、何とも言えない気持ちで聞いていると、黄色いタクシーが一台入って来た。
朝霞が帰る時が来たのだ。彼女もまた、後ろ髪を引かれる様な気持ちで、タクシーに乗り込んで行った。
※※※※
古谷達が総代の家に向かった頃。
谷川達、留守番組はというと。
「七海さん、マグロさんと、散歩して来ても、いい?」
暇を持て余したうさぎが、七海におねだりしていた。
「お、行ってくれるかい?」
七海は嬉しそうに、マグロのリードを手渡す。マグロも嬉しそうに、うさぎの顔を見上げた。目がキラキラしている。散歩が好きな犬なのだ。
「この近く、歩いてくる。ちゃんと日陰歩くから、大丈夫」
「そんな人気のない道、美少女一人歩かせられないっしょ。お供しますよ」
勢司が申し出ると、穂積も慌てて立候補する。
「僕も行きます!必ず同行するよう、言い遣ってますので!」
「どこの使用人だよ」
「行来姫同様、うちの姫君は、今日も人気だなあ」
七海が呆れて笑う。谷川は、隣のさやかを気にしながら、はははっと乾いた笑いをこぼす。
「妹キャラって感じですかね。うさぎちゃんは、甘え上手だからなぁ。ふふ。そういうとこ、ちょっとだけ、羨ましい……かな」
さやかは、憂いのある笑顔を浮かべた後、谷川に視線を移す。
「お嬢様の護衛は、あのナイト達に任せて、私達はアイスでも買いに行きません?」
「お、いいね」
魅力的な提案である。谷川は、七海を見る。
「七海さんも、暑いから一緒に行きましょう。ここは日陰もないですし」
「ふむ。では、じじいが、おすすめのアイス屋さんを教えてあげよう。この山を登っていって、お堂に入る小道があるだろう?あの小道をずっと進んで行くと、国道にでるんだが、その先に、とっても美味しいアイス屋さんがあるんだよ。持ち帰りも出来るから、先生達の分も、買って来てやろう」
「おお!いいね。さすが七海さん。勢司君、俺らちょっと出てくるわ!何かあったら、電話して!」
「了解っす。戻りどれくらい?」
「車で往復なら、20分もかからんよ」
七海が言うと、勢司は手で、頭の上に丸を作る。
「オッケーっす。小田先生には、俺からLINE入れておきます。じゃ、後で」
手を振った後、うさぎ達はマグロのリードを持って、散歩を開始した。県道を下に下って行くようだ。
このまま道を下って行って、本日のキャンプ予定地である自然公園まで、行ってみる事にした。
「今日は随分、涼しいですね」
太陽は隠れたままだが、小田の言う通り、雨は降らなそうだった。穂積はウキウキと、うさぎとマグロの後ろを歩く。
「四方山に囲われてるせいか、気分的にも、ちょっと涼しいよな」
勢司もそう言って、深呼吸する。森林の香がする。
「こっちの小道からも、キャンプ場、行けます」
うさぎは、小さな橋を指差した。行来姫の川を渡るのだ。
「さっき、お昼食べて帰って来た時、目で確認しました。ずっと、道繋がってます」
「いいね。行ってみるか」
橋を渡ると、細い農道が続いている。両面に畑が広がり、たくさんのビニールハウスが並んでいる。
「だんだん、夕方の匂いに、なって来ましたね」
うさぎが言う。
「夕方の匂い?」
「はい。土の匂いと、夕ご飯の匂い」
「なるほど」
「土の匂い、します?」
穂積は、首を傾げる。
「どっちかって言うと、アスファルトの匂いじゃないですか?」
すると、うさぎはにっと笑う。
「正確には、どっちでも、正解です。土やアスファルトに潜む、微生物の、匂い」
「へえ。微生物」
勢司も、確かめる様に、息を吸う。
「湿度が高いと、この匂いが、して来ます。だから昔、アリストテレスの時代には、虹の匂いだと、思われてたそうです」
「虹かー。昔の人は、ロマンチストだね」
「わん」と、マグロも嬉しそうに鳴く。
「お、お前もそう思うか」
勢司は笑う。上機嫌だった。
「アリストテレスを語る女子高生、最高だね」
「うさぎさんを、そんじょそこらの小娘と一緒にしないで下さい」
穂積の抗議に、勢司は鼻で笑う。
「まさに信者だな」
「それで結構。他者に対する尊敬に、年齢など関係ありませんので」
「それ、斎木さんにも教えてやったら?会うたび、うさぎさんの事お子ちゃまサゲしてるじゃん」
「無駄でしょう。あの人は、年齢を攻撃の的にしているに過ぎません。問題の本質は、他にあります」
「うさぎさんは、何で言い返さないの?いつも大人しくしちゃってるけど、口喧嘩なら、君がちょっと本気出したら、簡単に言い負かせる事できるでしょうに」
勢司の問い掛けに、うさぎは首を振る。
「吹影鏤塵、です」
自分の腕に落ちる影に、ふぅっと息を吹いてみせた。
「水泳老人?」
勢司は頭の中で、漢字変換を間違えて首を捻る。それを察した穂積が、訂正する。
「水泳する老人じゃないですからね?吹影鏤塵。無駄な事って意味です。影を吹いたり、塵に文字や絵を掘ろうとしたりするって事です」
「そう。あるいは、やりがいのない事の、例え、です」
美しい少女は、悠然と笑う。




