15 神社総代の家
神社総代を務める佐藤家は、神社の目と鼻の先にあった。石の鳥居を潜り、駐車場を過ぎると県道が伸びていて、その向こう側。
そこそこ真新しい家で、田舎らしい広い庭と、洒落た黒い外壁の家。可愛らしい緑のポストが、庭の入口にポツンと立っている。ささやかな花壇には、色とりどりの花が咲き、家とは別に、シャッター付きの車庫が敷地内に設置されており、裕に2台は入る。高級車と、小さな軽自動車が停まっている。
裕福な家だと分かる。この辺りの世帯からはあまり見受けられない、余裕がこの家にはあった。
ーなんだ?これ。
庭の入口前。ポストの横に、白い麻袋が置かれてある。何か入ってそうだった。土嚢とも、違うような。
「あー、またかー」
斉藤さんも、その麻袋に気づいて、ぼやいた。あまり、良くない物だと思われる口調だった。
「まあ、詳しい事は、真夏ちゃん来てからの方が良いとは思うけどない」
松永さんの声がした。
玄関先で話していた様だ。玄関は空いているので、外にも聞こえて来た。
「いたかい?」
斉藤さんも声を掛けると、中から中年の男性が、ヒョイっと顔を出した。神主さんと、同じくらいの年齢だろうか。シンプルだが、上質そうなポロシャツを着て、眼鏡を掛けていた。
「何だ、行平さん、今日は休みだったか」
神主さんの言葉に、男性はニカっと笑う。
「有給溜まっちゃったから、暇な時期に使っちまえってさ。急に言われても、暇してしょうがない」
「んだー。奥さんとドライブでも行ったらいいべ」
「置いてくと、真夏が煩いんだよ」
「黙って行ったらいいのに」
たわいも無い世間話を、神主さんと交わす。普段から、仲が良いのだろう。会話は軽やかで、親しみが滲む。
「話は、松ちゃんから聞いたか?」
斉藤さんに問われ、行平さんは頷く。
「びっくりだなあ。あ、朝霞さん。お久しぶりです」
婦人の顔を見つけて、行平は慌ててお辞儀する。顔見知りの様だ。
「わざわざウチの心配して、こっちまで来てくださったみたいで。すみませんねえ。また、心配掛けちゃいましたね」
「いいえ、好きでやった事よ。それより、件の娘さんっては、やっぱり行平さんとこの、あの可愛らしい娘さんの事だったのね」
朝霞は、何となく、そんな気がしたのよ、と漏らした。行平さんの娘とも、面識があるようだった。
「そちらのお二人は?」
「そうだった。すまんすまん。こちらの女性の方が、大学の先生で、小田さん。で、こっちが高校の先生で、古谷さん」
斉藤さんの紹介を受けて、行平さんは首を傾げる。なんのこっちゃい、と丸い目が語る。
「ほら、民俗学の研究してる人達が、今度来るって言ってたろ?祈願祭の準備、見学に来てくれてたとこなんだよ」
「ああ、そういう事か。そこにたまたま朝霞さんが来てくれたのか。なんだか、目白押しだな」
「私は、あまり長くはいれないので、お話しだけして、失礼しますけど……なんだかとても心配で。お嬢さんの身の回り、どうかしっかり、守ってあげて下さいね。何というか、少し、不穏な夢、でしたので」
朝霞の歯切れも悪い。
「大丈夫、朝霞さん。必ず、後日連絡しますから。前の時のように」
「お願いしますね。あの日のように、良い知らせを、姉と待っております」
あの日、とは。原発事故の後の事だろうか。行来姫が守りし、里の知らせを。きっと、姉妹で願うように、待っていたのだろう。
「んで?なんか心当たりあるの?行平さんは。真夏ちゃん、中学校でいじめられたりしてるとか」
神主さんの言葉に、行平さんは顔を顰める。あるんだよ、と言い、ため息を漏らした。
「いじめっていうか。タチの悪い先輩に絡まれてるみたいでね。最近っていうより、入学当初から絡まれてて。最初は学校行きたくないって泣いてたけど、あの子も真面目な性格だから、結局休まず学校は行ってて。今でも何かと難癖つけて絡まれるみたいでね。ただ、暴力とまでは行ってないから、こっちも下手に手出しできなくてねー」
苦虫を噛み潰したような。そんな顔で行平さんは語る。
「相手は?」
「豆腐屋の娘。一学年上で、今3年生だから、後半年も我慢すれば、いなくなるし、まあ……と思っていた所なんだけどね」
「あー、豆腐屋んトコかー」
「何?問題ある家なの?」
神主さんは分からないようだ。松永さんと斉藤さんは頷く。
「氏子じゃねえからな、あの家は。親もそうだけど、あそこん家は、兄妹とも素行が悪くてなー。不良ってヤツだな。兄貴も結局高校行ってるんだか、行ってないんだか。昼間からフラフラ歩いてるの、よく見かけるよ。妹の方もそんなだから、真夏ちゃんみたいな大人しい子が、狙われちゃったのかな」
「まだヤンキーとか、いるのー?」
小田が驚く。
「ヤンキーにすら、ならねえよ、この辺じゃ。群れようにも、人がいねんだから。一人二人で、イキリ散らして歩いて学校行ってるだけだよ。メンチ切るにも、通行人ともすれ違わねえから、学校の大人しい生徒見つけて、いちゃもんつけて虐めるしか、する事ねんだわ。惨めなもんだよ、田舎のヤンキーなんて」
なかなかに、悲惨な話しである。
「そこまでして、ヤンキーしたいのー?」
小田が笑う。最もな意見だった。
「そりゃあ、イキってなきゃ、ただの勉強出来ない落ちこぼれになっちまうもの。あっちだって、必死だよ」
とんでもない言われようである。
まあ、豆腐屋とやらが、町で爪弾き者になっている事は、何となく分かった。




