13 鄙びた神社
一同が次に訪れた神社は、先程の御堂から1キロ程道を下った場所にあった。県道沿い、静かな果樹園と、田畑が広がる地帯。民家の数は少なかった。
「これはまた」
谷川も、思わず苦い顔で呟きをこぼす。
先に見た御堂は真新しく立派だった。しかしこの神社は、いかにも、鄙びた町の、朽ちかけた……
石の鳥居を潜って、長い石階段を登った先に、古びた祠が3つ。祠の一つが、行来姫の御神体を祀る祠。中央に本殿。その前に、御神木と思しき大木が立つ。境内の周りに茂る木々。緑が香り立つ。
小さな山が、一つの神域となっていた。
石階段以外にも、緩やかな小道から下る事がでる。小道は雑草が生い茂り、あまり人の手を掛けられていないのだが、代わりに豊かな野花が可愛らしく咲いていて、道を飾り立てている。
「見て。かわいい。小さなブドウみたいな実がなってる」
さやかが木々を見上げ、そっと実に向けて手を伸ばしてみせる。まるで舞台女優のような所作は、どこか現実離れしている。
「桑の実ですね。山桑でしょうか?」
うさぎが応える。こちらはまじめ腐った顔で、しげしげと葉を眺めている。その隣で、壮年の神主さんが、優しく頷いた。
「そうです。山桑です。この山は、ほとんど人の手が掛けられていません。自然のままです」
「行来姫は、蚕を伝えた神様ですものね」
七海も、なるほどと頷く。
たくさん生い茂る桑の木を見て、行来姫は養蚕を里に伝えたのだそうだ。
「蛇がいるので、小道を歩く時は気をつけて下さい。運が良ければ、白蛇が見れますよ」
神主さんが、教えてくれる。
鮮やかな紫色の袴姿の神主さんは、次に一同を母屋に招き、行来姫伝説の記された絵巻を、見せてくれた。
立派な木箱に入った絵巻は、全部で3点。
行来姫の伝承、天馬の伝承、本殿に祀られる3人の神々の伝承。行来姫と天馬の絵巻らは、挿絵も見事だった。
「保存状態がいいですね」
小田が関心する。その後ろで、勢司が慣れた所作で動画を撮っている。古谷達は、静かに絵巻に魅入っていた。読めるのか、穂積などは熱心に、文書を目で追っている。
「行来姫は、時の天皇の4番目の妃だったのでしたよね。子は二人ですか?」
小田が代表して、質問を重ねて行く。
「はい。皇子が一人と、姫が一人です。皇子は天皇が暗殺される前に、臣下の手引きで先に東北地方に逃げ伸びていました。娘は行来姫と共に、天皇暗殺事件の混乱に紛れ、この町へ逃げて来られました。娘は由来姫が身投げする少し前、病気で亡くなったとされます。一説には、若さと美貌を妬んだ里の女に、弑逆されたとも言われています」
「行来姫は、この下を流れる川に身を投げたという事でしたね」
「そこの川と、隣町の清水に身投げしたと言う、二通りの伝承があります。隣町でも、行来姫信仰は深く根付いています」
「なるほど。坂上にあるお堂と、こちらの神社は、どちらが古いのですか?」
「お堂の方が、遥かに古いですね。この神社は、桃山時代……豊臣秀吉の時代に、築かれました。江戸時代末期、大火で一度、全てが燃えてなくなり、新たに建て直されました。古記録は、その時大半を焼失しました」
神主さんの話も、一通り聞き終えた辺りで、母屋の呼び鈴が鳴った。
家主の返事も待たず、玄関が開かれた。
「たよ様!おったかい?俺だ、斉藤だ!入るよ」
入って来たのは、委員長の斉藤さんだった。後ろに、見知らぬ女性を連れていた。年配の、しかし品のある、背筋の伸びた女性だった。紫陽花色のワンピースが、都会的な雰囲気に良く合っている。
「よかった、先生方、まだいてくれたね」
斉藤さんは、小田達の姿を見つけると、安心したように笑った。
「なんだ?斉藤さん。先生達探してたのかい?」
神主さんの口調が砕ける。丁寧な標準語が、親しみ深い方言に切り替わる。
「あれ?後ろさいるのは、朝霞さんかい?」
「はい。お久しぶりにございます。急に押しかけてしまい、申し訳ありません」
朝霞と呼ばれた女性は、優雅に、そして少し緊張感のある声で、神主さんへ挨拶する。
「何か、あったんですか?」
神主さんの問いに、斉藤さんと朝霞さんは、お互い視線を合わせて、頷き合った。朝霞は少し低い声で答えた。
「また、夢をみたのです」




