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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
シャマンの戯れ
118/267

118 深夜のファミレスにて

「困りましたねー」


「困ったなー」


 うさぎと古谷がぼやいているのは、深夜のファミリーレストランであった。


「何が困ったの?」


 きょとんとした顔で、あさみはサラダをつっついている。


「うさぎを迎えに来た弁護士の先生、有智館出版ゆうちかんしゅっぱんから紹介してもらってる事務所らしいんだ。だから、今回事件に巻き込まれた事、出版社の方にも連絡行く事になっているみたいなんだけど、そうすると、穂積ほずみっていう、すんごい過保護な担当編集者の耳にも入っちゃうだろうから、言い訳どうしようかなーって、悩んでる」


 うさぎの代わりに、古谷があさみに説明してくれた。


 谷川とあさみには、前回会った時に、うさぎの身の上については説明していた。谷川は、やはり何となく察してはいたようで、驚いてはいたものの、すぐに納得していた。あさみは谷川の婚約者であり、古谷との付き合いも長い事から、信頼が置けるという事で、一緒に話を聞いてもらっていた。事情を知る関係者で、同じ女性がいるという事は、うさぎにとってもありがたい事だった。また、あさみ自身はまったく本を読まない人間だったので、宇崎清流の名前を聞いても、驚きもせずキョトンとしていて、正に谷川と古谷の予想通りであった。


「ふうん。良い人なの?その人」


 穂積を知らないあさみは、うさぎに尋ねる。


「あ、はい。それはもう。絵に描いたような善人です」


 うさぎは、オムライスを食べながら答える。


「ただ、面倒臭い性格ではあるな。後からネチネチしつこく言ってくる所はある」


 古谷と谷川は、先程まで康太と一緒に焼肉を食べていたので、ここではコーヒーだけ飲んでいた。


「今回、穂積さんに黙って発掘調査に参加してたので、その事に関しては、いじけると、思います」


「だったら尚更、先に話して謝っちゃったら?その人だって、明日会社に行って、うさぎちゃん本人じゃなくて、会社の人からそんな話聞かされたら、面白くないでしょ?」


「ですよねー」


 うさぎは隣の古谷を見上げると、彼も頷いて、胸元からスマホを取り出す。


「最初、俺から大まかな事説明するわ。後で電話代わるから、うさぎもちょっと話してやって」


「あ、はい。説明、お任せしちゃって、いいんですか?」


「もちろん。ほずみん居ない間の事は、任されてるからな、俺が。責任持って、説明させて頂くぜ」


 そう言って、古谷はスマホ片手に、店の外へ歩いて行く。時計を見ると夜の10時を周ったくらい。穂積なら、まだ会社に残っているかもしれない。


「それなりに、良い彼氏してるじゃない」


「彼氏では、ありません」


 あさみの言葉を、慌ててうさぎは否定する。


「まだ、ね」


 あさみは笑って、ミニトマトを口に運んだ。


「もどかしいわね。誰が見ても、仲睦まじいカップルなのに」


「それじゃ困るんです。古谷さんの、教師生命に関わるので」


 今だって、わざわざ遠方の、幸町のファミレスまで来て食事をしているくらいだ。


「卒業まで、あと一年ちょいかー。大変だね。優生、待てるのかな?」


「大丈夫だと、思います。手も握って来ない、くらいですから」


「へたれてんなー」


「いえ、そんな事は」


 肉体に触れるだけが、愛の証明では無い。それは、皮肉にも、ナタニアが教えてくれた事である。


「そう、ですよ。愛に肉体が不要なら、首だって、要らなかったはずです」


「ん?」


 あさみと谷川は、双子のようにシンクロして、首を傾げて見せた。


「ナタニアさんは、精神的愛の繋がりこそが全てだと。それだけが、神様がお許し下さる愛の形だと、言っていました。なら、本来であれば、首だって、いらなかったはずです。彼女は何故、首を欲しがったのでしょうか?」


「記念品、じゃない?」


 あさみは、さらっとした表情で、残酷な事を躊躇なく言った。


「ほら。切り裂きジャックも、戦利品として心臓を持って帰った、みたいな話、あったじゃない?」


「それとも、少し、違う感じが、したんですよね」


 ナタニアが言う「愛していた」も、まんざら嘘ではないように思えた。


「そっか。じゃあ、精神的愛が、強がりだったんじゃない?本当は、普通の恋人同士のように、したかった。キスして、手を繋いで、心も体も繋がりたかった。でも、それが出来ない理由があったのかな?分からないけど」


「宗教的な、価値観、ですかね。聖書の中では、同性愛は禁忌とされています。でも、ユダヤ教も、現在の解釈では、決して同性愛が否定されているわけでは、ないはずです。とくにナタニアさんが生まれたテルアビブは、LGBT先進都市です。保守的なユダヤ教徒がいるとはいえ、そこまで窮屈であったとは、思えないのですが」


 少なくとも、日本よりは開放的であったのでは、ないだろうか?それなのに、故郷を捨ててここへ来たのだと、言っていた。


「なら、ナタニア本人が、保守的だったんじゃない?自覚があるかは、分からないけど。信仰深くて、保守的な自分を変えたくて、母国と似ても似つかないような、極東の国に逃げて来たとか」


「確かに、自分は信仰深いと、言ってましたね。誰にも信じてもらえないだろうけどって、言ってましたけど」


「やっぱりね。信仰深くて、だけどそれに反するような行動をとってしまう自分を、同胞に見られたくなかったんじゃないの?だから、信仰心だけを持って、逃げて来た。けど、やっぱり裏切れなくて、聖書から反する事が出来なくて」


「でも、恋に焦がれる事も、やめられなくて、道を誤ったのでしょうか?」


「んー。だったら、自分と同じ恋愛志向で、同じプラトニックを目指すパートナーを探せば良かったのにね」


「あ、それは、否定されました。人の心は、移ろうからと。だから、時間を止めなくちゃいけないんだって」


「なんだ」


 あさみは鼻で笑う。心底呆れたような、気の抜けた顔でこう言った。


「人を信じられなかっただけじゃない。馬鹿ね。神様だけじゃなくて、人も信じなきゃ『愛』なんて一生手に入らないわよ」




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