117 嫌な事件
うさぎ達の参考人聴取は、結局日が暮れるまで続いた。解放されたのは、5時を過ぎた頃。長い時間拘束してしまった事を、刑事さん達は丁寧に詫びて労ってくれた。
「いえ。お昼ご飯までご馳走になってしまい、すみませんでした。ご馳走様です」
うさぎも礼を言うと、途中から同席していた弁護士の先生と一緒に先に帰って行った。
「彼女は、良いとこのお嬢様とかなんですか?」
康太は笑顔で見送りながら、隣の谷川に尋ねる。聴衆は、三人別々の部屋で行われたので、彼女らがどんな話をしたのかなどは、分からなかった。
「まあ、そんなとこかな?」
谷川が笑って答えると、スマホを見る。
「さて、こっちもそろそろお迎えが来るんだけど、康太君、家まで送ってこうか?ついでに、焼肉食べて行かない?」
「え?いんすか?焼肉なんて、実家以来です!」
「今日一番の、功労者だからね。君のおかげで、彼女を無事に帰す事ができた。優生もダメとは言わないでしょ」
※※※※※
「一体全体、どうなってんだ、この事件は?」
頭を抱えているのは、仙台東警察署の刑事達だった。まもなく警視庁から担当となる刑事達がやってくる。そうすれば向こうに主導権は移るので、まあ、肩の荷は下りるわけだが。
「容疑者の家から発見された遺体は、彼女の供述通り現在行方不明者届けが出されている大西空愛羅18歳と見て、確認を進めています。母親に遺体確認を要請しているのですが、何故か家から出るのを渋ってるみたいで、少し時間が掛かるかもしれませんね。DNA鑑定も進めます」
「なーんか、訳ありの家庭なのかね。まあ、いいや。容疑者は、残りの遺体の事、何か話した?」
「はい。今の所は素直に、聞かれた事は何でも答えてくれています。供述によると、腕2本は仙台港から海に投げ捨てたそうです。先日発見された女性の腕が、それに当たるのではないかと思われます。胴体から下も、細かく切って海に捨てる計画だったそうですが、ナタニアは車を所持しておらず、交通手段は自転車しか無かったようで。思いの外腕が重かった事と、海までだいぶ距離があった事から、海に遺棄するのは諦めて、残りの遺体は近所の山に埋めたそうです。場所も明確に聞き出してありますので、本庁が到着次第、現場の捜査を開始します。ナタニアも落ち着いてますので、現地立ち合いをさせようと思います。まあ、本庁の返事次第ですが」
「近くの山?まさか岩森遺跡のとこか?」
「まさに、です。発掘調査が終わり、保全した区画に埋めたそうです。重機で掘り起こした後だったから、土が柔らかくて埋めやすかったそうです」
「大胆だな。発掘調査中なら、すぐにまた掘り起こされる可能性も高いだろうに」
「詳しくは分かりませんが、ナタニアの話では、何も出なかった区画なので、再び掘り起こされる可能性は低かったそうです。ナタニアは、遺跡の発掘調査ボランティアに参加していて、事情に詳しかったようです」
「はあ。なるほどね。で?肝心の先生は?無事にお帰り下さった?こっちで送らなくて、大丈夫だったの?」
「あ、はい。宇崎清流先生は、弁護士の先生と一緒に帰られるという事で、送迎は断られました。問題ないとの事です」
「びっくりしたよな。今をときめく人気作家、宇崎清流が現役女子高生だって。しかも仙台在住。そんな話ある?俺、それ聞いた時、生首出て来たのとおんなじくらい、びっくりしたんだけど」
「ホントですよね。しかも本名って。そりゃ弁護士も飛んで来ますよね」
「大丈夫だとは思うけど、関係したやつら全員、緘口令敷いとけよ。弁護士先生も、その辺しっかり書面にとって行きやがったからな」
「いくら何でも、ベラベラ口外する警察官なんていませんよ。とは言え、気を使いますねー。それでなくても、神経使う事件なのに」
見つかった遺体は未成年で、加害者は外国人留学生。しかも有名国立大に在学中。これだけでも胃が痛い内容なのに、事件に著名人が巻き込まれただなんて。マスコミには、少なくとも宇崎清流の関与だけは、何としても隠し通さねばならない。さもなくば、あの怖い弁護士がまた来てしまう。
「まあ、菊池のファインプレーのおかげで、野次馬どものSNSに素顔を上げられる心配もなさそうだし、ホント助かったわ」
現地に同行していた女性警察官が、被害者と第一通報人が未成年であろう事を考慮して、すぐ様警察車両の中へと移動させていた。移動の際も、二人とも彼女の指示でフードを目深に被り、マスクをしていたという。現地に到着して5分という、僅かの時間で判断して動いた事が功を奏して、野次馬が集まる前には、無事車両に身を隠し署内へと移動してこれた。
「また、『萩の月』買って来てやんねーとな」
萩の月は、有名な仙台銘菓だ。
「最近は、カヌレにハマってるみたいですよ」
「女子かよ」
「女の子は、ずーっと女子なんですって」
「カヌレでもトゥンカロンでも台湾カステラでも、何でも買ってやるさ」
「お、さすが女子高生を娘に持つ父親は、張ってるアンテナが違いますね」
「おう。あいつらは、すぐに古いって馬鹿にして来るからな。上回るくらいじゃねえとな」
「ははっ。良い父親なんすか、それ。でも、熊谷さん的には、嫌な事件でしたね、今回の」
「まあなぁ。遺体の娘は、ウチの子と同い年だしな。殺人なのか、自殺幇助なのか、まだ分かんねえけど。何が一番切ないって、親が真っ先に駆けつけてくれねえ事だよな。家でゴロゴロ寝てて、来たくねえって、何でだよ。娘、可哀想じゃねえのかよ」
大西空愛羅の母親が、家を出たという知らせは、まだ来ない。父親に関しては、どこにいるかすら分からない。
「お姉さんとは連絡が取れて、すぐにこちらに向かってくれるそうです。熊本から新幹線で来るそうなので、半日は掛かりますね」
「そうか。姉ちゃん、辛いな」
「ええ。嫌な事件ですね、ホント」




