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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
シャマンの戯れ
113/267

113 悲鳴

 時間は少し遡る。うさぎとナタニアが、休憩を取って自動販売機で飲物を買っていた頃、古谷達も作業の手を止めて、ここ最近までの調査の成果を聞かされていた。


「皆様に資料を精査して頂いたおかげで、この辺りの集落の歴史が分かって来ました。予測通り神殿跡地は、700年から730年頃まで現存した巫女シャマン合手羅アテラの神殿で間違いないでしょう。そして、現在発掘調査中の遺構は、この辺り最大の、ガラス工房の跡と推測されます。中央政府の派遣で入植してきた、職人の里と思われます」


「蝦夷の原住民の里では、ないのですか?」


 アテラは蝦夷側の巫女のはずだ。古谷の疑問に、代表の斎藤さんは頷く。


「もともとは、蝦夷の里だったと考えられる。記録によると、天平10年ごろから、里で天然痘が猛威を振るい、住民の半数近くが亡くなっている。大和政権との交流が多かったこの地は、疫病が入りやすかったのだろう。人口が減り弱体化したタイミングで、中央から入植者が大量に入り込んで来ている。土地の権力者アテラの記録もこの辺りで途絶えている事から、天然痘で倒れたか、政敵に殺されたのか。詳細はわからないが、この時期に権力を失い、里は中央政府に吸収されて行った事は間違いない」


「また天然痘かー。昔の人にとっては、よほど恐ろしいものだったでしょうねー」


 小田の嘆きに、斎藤さんも頷く。


「この疫病の前では、屈強な蝦夷の戦士も成す術なく倒れていきました」


 古谷がテーブルの上に視線を送ると、スマホにうさぎからメッセージが入った所だった。


「谷川」


 古谷は小声で谷川を呼ぶ。スマホを掲げて見せると、谷川は頷いて斎藤さんに声を掛けた。



「すみません、所用で少し抜けます」


 部屋を出て、二人はうさぎからのメッセージを確認する。


『ナタニアさんが持っていたコーヒーがこぼれて、上着が濡れてしまいました』


『アパートがすぐそこなので、洗って換えの上着を貸してくれるそうです』


『断りきれないので、行って来ます』


「いや行くなよ」


 古谷はスマホに突っ込む。すかさず、メッセージを返す。


『いや、できれば行かないで欲しいんだけど。どうしても行くなら、谷川のスマホと通話繋いだ状態にして。できれば会話が聞こえるよう、保持して』


『了解です。胸ポケットにいれてみます。谷川さん、よろしくお願いします』


 すぐに、うさぎから谷川に通話が入る。谷川は受信し、ハンズフリーにして古谷にも聞こえるようにした。古谷はアプリを開き、位置情報でうさぎの現在地を確認する。この間の、ストーカー騒ぎが起きた時に、一応アプリを互いに入れておいたのだ。役に立った。


『了承を得ました。なるべく発掘調査に参加したいので、上着をお借りしたら、早めに戻りたいです』


 ガサガサと雑音が入るものの、うさぎの声ははっきりと聞こえた。さすがに相手の声までは聞こえない。


『この駐車場の前の道を、真っ直ぐ下れば、良いんでしたよね。県道に出て、右でしたっけ?』


「移動が始まるな。俺達も行こう……過保護過ぎるか?」


 古谷の言葉に、谷川は笑いを噛み締めて応える。


「どうせここにいたって、仕事になんないでしょ?車で追いかけよう。俺、小田先生達に出る事言って来るから、先車行ってて」


 自分のスマホを古谷に渡して、谷川は部屋に戻る。


『コンビニの、すぐ裏ですね。じゃ、急ぎましょう』


ーコンビニの裏。ホントに近いな。坂道下ってすぐか。車いらないか?いや、何かあった時に、すぐ使えた方が良い。やはり車で移動しよう。道具も入ってるし。


 古谷は駐車場へ向かう。すぐに谷川が追いついて来た。


「コンビニの裏手らしい」


「すぐそこじゃん。ま、一応車で行こう」


「ああ」


 駐車場に着き、車に乗り込んだタイミングで、うさぎの声が聞こえた。古谷の車だが、運転は谷川が買って出てくれた。


『本当に、コンビニの真裏なんですね。二階建ての、アパートですか。お部屋は、一階ですか?二階ですか?』


『ニ階ですね。さ、行きましょう』


「うさぎたん、賢い子で良かったね」


 谷川が、笑いながらエンジンをかける。


『202号室、ですね。202、か』


 こちらが聞き違えないようにだろう。うさぎは部屋の番号を繰り返す。


『いえ。私の部屋も、同じ202号室、でしたので。一緒ですね』


「よく言うわ」


 古谷も失笑する。うさぎのマンションの部屋は1201号室。まったく違う。


したたかな子だねー」


 そうこう言っている間に車はコンビニに到着する。古谷はダッシュボードからレスキューハンマーを取り出す。交通事故や水没事故などで自動車の車内に閉じ込められた時、窓ガラスを割って車外に脱出する為に使用するハンマーである。ハンマーを背中のベルトに挟み、車から降りると、裏手に歩いて行った。裏手は民家が並んでいて、その後ろにはすぐに山の斜面が迫っている。アパートは一軒しか無かった。


 ラベンダー色の、カーテンですね。


 先程車内で聞いていた、うさぎの会話の中に、部屋を特定するヒントがあった。


「あった。紫色のカーテン」


 2階の、奥から3番目の部屋。左隣はピンクのカーテン。右隣は紺色のカーテンで、男物の洗濯物がベランダに干されていた。


「今の所、問題は無さそうだね」


 谷川のつぶやきに応えるように、うさぎの声が聞こえて来た。


『問題、なさそうですね。鍵は、掛けられちゃいましたけど。開けといた方が、いいのかな?』


「開けといてくれ!頼むから!」


 呑気なうさぎの台詞に、古谷は頭を抱えた。


「路上で待ってて、戻って来た二人と鉢合わせても、気まずいよね。一旦車まで戻ろうか」


「それもそうだな」


 取り越し苦労で済んだようだと、二人はのんびり車まで戻る。ここでなら、見つかっても息抜きだと言い訳が立つだろう。


『大丈夫ですか?』


 少し慌てたような、うさぎの声が聞こえた。古谷と谷川は、互いの顔を見合わせる。


『私、何か飲み物、持って来ます。すみません、勝手に冷蔵庫、開けますね』


「具合でも、悪くなったか?」


 次の瞬間、うさぎの悲鳴が響いた。












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