113 悲鳴
時間は少し遡る。うさぎとナタニアが、休憩を取って自動販売機で飲物を買っていた頃、古谷達も作業の手を止めて、ここ最近までの調査の成果を聞かされていた。
「皆様に資料を精査して頂いたおかげで、この辺りの集落の歴史が分かって来ました。予測通り神殿跡地は、700年から730年頃まで現存した巫女、合手羅の神殿で間違いないでしょう。そして、現在発掘調査中の遺構は、この辺り最大の、ガラス工房の跡と推測されます。中央政府の派遣で入植してきた、職人の里と思われます」
「蝦夷の原住民の里では、ないのですか?」
アテラは蝦夷側の巫女のはずだ。古谷の疑問に、代表の斎藤さんは頷く。
「もともとは、蝦夷の里だったと考えられる。記録によると、天平10年ごろから、里で天然痘が猛威を振るい、住民の半数近くが亡くなっている。大和政権との交流が多かったこの地は、疫病が入りやすかったのだろう。人口が減り弱体化したタイミングで、中央から入植者が大量に入り込んで来ている。土地の権力者アテラの記録もこの辺りで途絶えている事から、天然痘で倒れたか、政敵に殺されたのか。詳細はわからないが、この時期に権力を失い、里は中央政府に吸収されて行った事は間違いない」
「また天然痘かー。昔の人にとっては、よほど恐ろしいものだったでしょうねー」
小田の嘆きに、斎藤さんも頷く。
「この疫病の前では、屈強な蝦夷の戦士も成す術なく倒れていきました」
古谷がテーブルの上に視線を送ると、スマホにうさぎからメッセージが入った所だった。
「谷川」
古谷は小声で谷川を呼ぶ。スマホを掲げて見せると、谷川は頷いて斎藤さんに声を掛けた。
「すみません、所用で少し抜けます」
部屋を出て、二人はうさぎからのメッセージを確認する。
『ナタニアさんが持っていたコーヒーがこぼれて、上着が濡れてしまいました』
『アパートがすぐそこなので、洗って換えの上着を貸してくれるそうです』
『断りきれないので、行って来ます』
「いや行くなよ」
古谷はスマホに突っ込む。すかさず、メッセージを返す。
『いや、できれば行かないで欲しいんだけど。どうしても行くなら、谷川のスマホと通話繋いだ状態にして。できれば会話が聞こえるよう、保持して』
『了解です。胸ポケットにいれてみます。谷川さん、よろしくお願いします』
すぐに、うさぎから谷川に通話が入る。谷川は受信し、ハンズフリーにして古谷にも聞こえるようにした。古谷はアプリを開き、位置情報でうさぎの現在地を確認する。この間の、ストーカー騒ぎが起きた時に、一応アプリを互いに入れておいたのだ。役に立った。
『了承を得ました。なるべく発掘調査に参加したいので、上着をお借りしたら、早めに戻りたいです』
ガサガサと雑音が入るものの、うさぎの声ははっきりと聞こえた。さすがに相手の声までは聞こえない。
『この駐車場の前の道を、真っ直ぐ下れば、良いんでしたよね。県道に出て、右でしたっけ?』
「移動が始まるな。俺達も行こう……過保護過ぎるか?」
古谷の言葉に、谷川は笑いを噛み締めて応える。
「どうせここにいたって、仕事になんないでしょ?車で追いかけよう。俺、小田先生達に出る事言って来るから、先車行ってて」
自分のスマホを古谷に渡して、谷川は部屋に戻る。
『コンビニの、すぐ裏ですね。じゃ、急ぎましょう』
ーコンビニの裏。ホントに近いな。坂道下ってすぐか。車いらないか?いや、何かあった時に、すぐ使えた方が良い。やはり車で移動しよう。道具も入ってるし。
古谷は駐車場へ向かう。すぐに谷川が追いついて来た。
「コンビニの裏手らしい」
「すぐそこじゃん。ま、一応車で行こう」
「ああ」
駐車場に着き、車に乗り込んだタイミングで、うさぎの声が聞こえた。古谷の車だが、運転は谷川が買って出てくれた。
『本当に、コンビニの真裏なんですね。二階建ての、アパートですか。お部屋は、一階ですか?二階ですか?』
『ニ階ですね。さ、行きましょう』
「うさぎたん、賢い子で良かったね」
谷川が、笑いながらエンジンをかける。
『202号室、ですね。202、か』
こちらが聞き違えないようにだろう。うさぎは部屋の番号を繰り返す。
『いえ。私の部屋も、同じ202号室、でしたので。一緒ですね』
「よく言うわ」
古谷も失笑する。うさぎのマンションの部屋は1201号室。まったく違う。
「強かな子だねー」
そうこう言っている間に車はコンビニに到着する。古谷はダッシュボードからレスキューハンマーを取り出す。交通事故や水没事故などで自動車の車内に閉じ込められた時、窓ガラスを割って車外に脱出する為に使用するハンマーである。ハンマーを背中のベルトに挟み、車から降りると、裏手に歩いて行った。裏手は民家が並んでいて、その後ろにはすぐに山の斜面が迫っている。アパートは一軒しか無かった。
ラベンダー色の、カーテンですね。
先程車内で聞いていた、うさぎの会話の中に、部屋を特定するヒントがあった。
「あった。紫色のカーテン」
2階の、奥から3番目の部屋。左隣はピンクのカーテン。右隣は紺色のカーテンで、男物の洗濯物がベランダに干されていた。
「今の所、問題は無さそうだね」
谷川のつぶやきに応えるように、うさぎの声が聞こえて来た。
『問題、なさそうですね。鍵は、掛けられちゃいましたけど。開けといた方が、いいのかな?』
「開けといてくれ!頼むから!」
呑気なうさぎの台詞に、古谷は頭を抱えた。
「路上で待ってて、戻って来た二人と鉢合わせても、気まずいよね。一旦車まで戻ろうか」
「それもそうだな」
取り越し苦労で済んだようだと、二人はのんびり車まで戻る。ここでなら、見つかっても息抜きだと言い訳が立つだろう。
『大丈夫ですか?』
少し慌てたような、うさぎの声が聞こえた。古谷と谷川は、互いの顔を見合わせる。
『私、何か飲み物、持って来ます。すみません、勝手に冷蔵庫、開けますね』
「具合でも、悪くなったか?」
次の瞬間、うさぎの悲鳴が響いた。




