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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
シャマンの戯れ
110/267

110 故郷テルアビブ

 私の故郷は、テルアビブっていうの。


 不意に、ナタニアは故郷の話を始めた。


「テルアビブ。確か、白い都市って呼ばれてる、イスラエル最大の、経済都市、ですよね」


「すごい、良く知ってるわね。日本人は、あまり中東の事知らないのに」


「そう、ですね。何でだろう?聖書を読んでいた時、色々分からなくて、調べながら読んでたから、ですかね?」


「ほんと、興味深い子ね。そう、白い都市。美しい地中海のビーチがあってね。暖かい国だから、一年のうち半分は、海水浴を楽しめるわ」


 イスラエルは、首都はエルサレムであると主張しているが、国際連合はこれを承認しておらず、実質的な首都はテルアビブとなっている。日本大使館も、このテルアビブに置かれている。聖地エルサレムはキリスト教、イスラム教、ユダヤ教の聖地とされる特別な都市だ。パレスチナ政府も東エルサレムを首都と宣言しているなど、複雑な状況下にある。歴史の中で、沢山の宗教が、民族が衝突し、主権を奪い合って来た『平和の町』である。あるいは、ヘブライ語聖書の中で神がイスラエルの民に与えると約束した、『約束の地』ともされている。古代、肥沃ひよくな三日月地帯と呼ばれたこの地。降水量が多く、豊かな土壌であったこの地は、彼らが夢見るには、十分過ぎるほどの楽園だったのだろう。


「知ってる?テルアビブは、何もない砂漠に、一から築き上げた都市なの。だから、地面の下には、遺跡がないの。歴史と動乱の国の都市なのに、掘っても砂漠の砂しかないのよ?変な感じよね。閉じこもって住んでいれば、美しくて平和な街だけど、私はいられなかった」


 中東のヨーロッパと呼ばれる程、美しい近代ヨーロッパ調の街並み。近代的で治安も良く、観光地としても人気の美しい町。自慢の故郷であった。しかし。


『まあ、ナタニア。良く正直に話してくれたわね。いいのよ、貴女は貴女らしく、心のままに生きれば良いわ』


 母は口ではそう言いながらも、困った顔で笑っていた。敬虔なユダヤ教徒である祖父母を気にしての事だろう。超正統派の彼らにとって同性愛者など、自然の理に反し、欲望に飲み込まれた邪悪な物でしかない。私の信仰心など、否定されてしまう事だろう。

 だが、それでもイスラエルはLGBT先進国で、同性婚も認められている。特にテルアビブでは、毎年プライドパレードが行われ、市も活動を支援している。中東では極めて異例な国かもしれない。同性愛は、イスラム教、キリスト教、ユダヤ教など聖書を掲げる宗教の中では、基本的に認められていない。年配の敬虔な教徒となると、同性愛者に対する拒絶感は強い。父や母、兄弟達のような若い世代は比較的寛容だが、やはり世間の目を気にして、困った顔で言葉を濁す。


『貴女は今、思春期だから。それはきっと、一時的な物よ。誰もが通る道よ』


 そう言って、優しく否定する。


 街にはレインボーフラッグが、沢山掲げられているのに。自由に恋愛して良いのだと、皆口を揃えて言うくせに。

 

 真綿で首を絞めるとは、正にこの事だ。美しい街、穏やかな海、優しい家族、親切な友人達。それらは皆私を苦しめ、私から居場所を奪って行った。


 そんな時、ふとスマホの画面に流動的に流れていた動画が目に入った。アジア人だろうか?随分太った男が女の格好をして、何かを美味しそうに食べている。美味しいと言ったり、あんまり好きじゃないと言ったり。好きに発言して、それを聞いて周りが皆楽しげに笑う。口は悪いが、自信に満ち溢れているのが分かる。お世辞にも、美しいオカマでは無かった。だが、輝いて見えた。


「どこの国?中国?あ、日本か」


 日本の事は、良く知っている。アニメで日本の歴史に興味を持ち、幾つか本を読んだりした。司馬遼太郎の『竜馬が行く』は、私の中のマストワンだ。


「へぇ。日本も意外と性的マイノリティに、寛容なのね。あまり、宗教感が強く無いって、聞いた事あるから、そのせいかな」


 そこから日本に興味を持ち、留学について調べるようになったのだ。



「ナタニアさん?」


 しばし無言になっていたナタニアを、心配してうさぎが覗き込む。大きな黒い瞳は、黒曜石のように美しかった。


「そろそろ、作業に戻りましょうか」


 空き缶をゴミ箱に捨てながら、うさぎは言う。


 私は、ユダヤ教の信者だ。生涯それが変わる事は無い。聖書は同性同士の関係を否定している。だがそれは、肉体的関係の事であり、愛する事自体を、否定しているわけではない。ちゃんと聖書を読み込めば、誰でも分かる事だ。神は、決して愛を否定したりしない。


「そう。愛する事は、自由」


 ごめんね、空愛羅そらあ。永遠は、貴女だけじゃ無くなっちゃったね。でも、愛してるわ。


 ナタニアは、手に持っていたコーヒーを落として、うさぎの上着に掛けた。



 

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