103 再会
仙台聖華学院高等学校の図書館は、第二、第四月曜日に一般公開されるため、生徒以外も利用できるし、図書カードを作れば借りる事も出来る。専門書の貯蔵量も多いため、ナタニアが所属するT大学でも、時々利用する事があった。
初めて来たナタニアは、しっかりと道に迷った。道の入り組んだ住宅街の中に、聖華学院高等部はあった。スマホのナビを使って来たのだが、車と違って自転車だと、ずっと見ている訳にもいかない。何度か間違った道に入り込んだ挙句、やっと着いたと思ったら、そこは同系列の小学校だった。
「泉、マジで坂道、多すぎ」
息も切れ切れに、丘の上にある高等部を目指す。やっと着いた高等部の、広大な敷地の中に、図書館がある。円錐型の、奇妙な形の建物だった。何とかという、有名な建築家が手掛けたらしい。
「時間、あんまり無いね」
時計を見ると、6時を回っていた。図書館の利用時間は6時15分まで。せっかくなので、中を少し見たかったのだが。
「すみません。T大学の田村研究室の者ですが、予約していた本を取りに来ました」
一階の総合カウンターに座っている司書に声を掛ける。茂庭というネームプレートを付けた女性が対応してくれた。
「はい、T大学さんですね。お待ち下さい」
カウンター奥の本棚から、二冊本を取り出して、持って来る。
「こちらですね。お確かめ下さい」
「中、ちょっと確認しても、いいですか」
「どうぞ。よろしければ、そちらのフリースペースをご利用下さい」
そこは広いラウンジとなっていて、いくものテーブルと一人掛けソファが並ぶ。
「すごい。空港のラウンジみたい」
高校の設備にしては、豪華すぎないか。驚きつつも、ナタニアは座り心地の良いソファに座り、手元の本をパラパラと捲る。もう閉館間際だが、ラウンジには数人の生徒がくつろいでいた。
内容が間違いないようなので、ナタニアは貸し出しの手続きをカウンターで済ませて、帰ろうとした。その時。
「古谷先生、ずっとスマホ鳴ってますけど、出なくていいんですか?」
女性にしてはやや低めの、それでいて耳心地の良い声。ナタニアは、この声を知っていた。声の方、エレベーターの中から、一組の男女が降りて来た。
「やっぱり、うさぎ」
あの日出会った、美しい少女。そうか、ここの生徒だったのか。確かに、空愛羅と同じくらいの年頃だとは思っていたが、落ち着いていたので、もう少し上の大学生くらいかとも、思っていた。あの日と違い、大きな眼鏡をして、髪を三つ編みに結っていて、雰囲気こそ違えど、見間違えるはずがない。
「いいのいいの。教頭からだから。この時間の教頭の電話なんで、どうせろくでもないから、無視無視」
隣の長身の男が、軽薄そうな口調で答える。
「あー、古谷先生。あの子達待ってるから、さっさとドナドナしてもらえます?」
カウンターにいた、茂庭という女性が、気安気に男に声を掛ける。
「ちょっとー!珠理奈ちゃん!うちらウシじゃないから!」
ロビーで寛いでいた女子生徒達が、声を上げる。
「似た様なもんでしょ。ほら、さっさと古谷先生にドナドナしてもらいなさい。忘れ物無いわね」
「ういー。センセー、早く帰ろー」
生徒達が、立ち上がって、帰り支度を始める。
「待って。うさぎさん。私、ナタニア。分かる?」
ナタニアが慌てて少女に声を掛けると、少女は驚いたように目を大きく開く。
「ナタニアさん。ウチの図書館、利用されてたんですね」
「ううん。来るの、初めて。研究室のメンバーが、教えてくれた」
「そうだったんですね。どうでしたか?ウチの図書館は」
「それが、道に迷っちゃって、さっき着いたばかり。ゆっくり見る時間、無かった」
「ああ。この辺は入り組んだ住宅街ですから、分かりにくいですよね。第四月曜日も、一般開放、してますよ」
「そうね。また来るわ。それより、うさぎ。もう帰る?一緒に帰ろうか?」
ナタニアが誘うと、うさぎはちょっと困った様な顔をして、隣の男を見上げた。
「いや、流石に立場上、『分かりました宜しくお願いします』とは、言えないけど」
男はそう言って、やや鋭さのある視線をこちらに向ける。どこかで会った事が、あるような気がした。
「ですよね。すみません、ナタニアさん。最近この辺で、物騒な事件があったので、帰りが遅くなる生徒は、先生と一緒に帰る事にしてたんです」
うさぎは申し訳無さそうな顔をしながらも、男から離れようとはしなかった。何となく、面白く無い。
「物騒な事件?」
「はい。海で見つかったご遺体、この近くの高校の生徒だったみたいで。先生方が心配して、帰りはご一緒してくれてるんです」
「つっても、古谷っちと、美佳先生だけだよね、最近は」
他の生徒が口を挟む。
「まあ、そもそもこの近くに住んでる先生自体、少ないからな」
「そっか。じゃあ、教頭先生達は、わざわざ付き合ってくれてたんだ」
「そゆこと」
「やだ、優しーじゃん」
「事件って言っても、海で起きた事。この辺関係ない。そうでしょ?」
ナタニアは抗議する。いくらなんでも、過保護過ぎるだろう。この辺りは交通量も多いし、買い物帰りの一般人も、仕事帰りの会社員も、沢山歩いている。勿論、学生達だって。
「でも、やっぱ心配だよねー。古谷っち、早く帰ろうよ」
いちいち口を挟んで来る女子生徒が、煩わしかった。思わず睨みつけると、彼女は意地の悪い顔で、わざとらしく怖がって見せる。
ー美しくも無いくせに、何を粋がっているのだろうか。恥を知れ、ガキ共が。
ナタニアは内心で罵る。
「古谷先生、早く生徒達連れてって下さい。いつまでも閉められないでしょ」
一同は、とうとう司書に怒られて追い出された。
「それじゃあ、ナタニアさん。今度の土曜日に。今日は、偶然でもお会いできて、嬉しかったです」
うさぎは穏やかな口調でそう言って、ナタニアに手を振る。彼女は美しかった。他の女子生徒達とは一線を画した、凛とした気高さと、たおやかさが同居していた。
ーやっぱり、彼女が、運命の人だったのかも。
私は、早まってしまったのだ。永遠ばかりを求めて、間違ってしまったのだ。冷凍庫の中に眠る、何の取り柄もない少女を想い、胸を痛める。
ーなんて事。無駄になってしまったわ。せっかく、永遠を捧げてくれたのに。




