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怪奇浪漫BOX   作者: 座堂しへら
シャマンの戯れ
102/267

102 図書館にて

 学年末考査まで、あと半月。仙台聖華学院高等学校の図書館の自習室は、この時期賑わっていた。


「ねえ、聞いた? S高の事件、今、週刊誌に載ってるみたいだよ。なんか、遺族と虐めてた側で、争ってるんだって」


「あー、見たよ。SNSで記事回って来た。なんか、遺族の話じゃあ、自殺なんてする子じゃないから、虐めてた奴らが海に突き落としたって言ってるんでしょ?」


「うそー、もうそれ殺人じゃん!やば」


「何か、目撃者もいるらしいよ。まあ、未成年だし、ニュースとかにはなんないだろうって、ウチのお父さんは言ってたけど」


「こわー!そういえば、一緒に見つかった腕って、どうなったの?」


「何か、DNA鑑定したら、若い女の人の腕だったらしいってさ。やっぱ、行方不明になってる女子高生なのかな?」


「あんた、めっちゃ詳しくね?でもさー、腕だけって怖いよね。他のパーツどこいったのよ」


 女子生徒二人の会話を聞きながら、うさぎは螺旋階段を上る。上り切った最上階。眩しい西日の中で、彼は眠そうにあくびを噛み殺していた。


「先生、こんにちは」


「うお!うさぎ、じゃなくて猫!」


 声を掛けると、古谷はのけぞって驚いて見せる。


「そんなに、驚かなくても」


「しょうがないでしょ!あんな事あったのに、平常心でなんていらんないから」


 ちなみに『あんな事』とは、過日のキスの事をいっている。事あるごとに恥じらっているので、うさぎもいい加減ウザくなっていた。


「男子中学生みたいで、ウザいです」


「ひどい」


「冗談はさておき」


 うさぎは机にタブレットとキーボードを取り出して、古谷に伝える。


「私、有智館出版ゆうちかんしゅっぱんさんで、長編書く事に、なりました」


「へえ?BOXシリーズ?」


「実は、違うんです。全く別の話を、考えてて。纏まったので構成決めて、今日から、書き始めます」


「まじか。すっご。あれ?俺、その話聞いて大丈夫?ほずみんに刺されない?」


「大丈夫です。一応、許可とってます」


「謎の申請スタイル」


「ふふ。だから、頑張ります。テスト前だけど」


「そうじゃん。え?テスト大丈夫なの?」


「まあ、一応、たぶん」


「俺、邪魔?今からここで仕事するんでしょ?」


 古谷は遠慮気味に、お伺いを立てる。子供の様な仕草に、うさぎは思わず笑ってしまった。


「大丈夫です。むしろ、いて下さい」


「そう言われると、逆に落ち着かない。ドキドキするんですけど」


 台詞の割に、古谷は眠そうに目を瞬かせている。


「眠そうですね」


「そー。ボチボチ、テスト作って出さなきゃだからさー。昨日夜なべして作ってた」


 そう言って、古谷は反対側の椅子にゆったりと座る。


「でも、ドキドキしてるのも本当」


「どうしてでしょうね」


 うさぎはキーボードを叩きながら、小さく笑って見せる。


「聞きたい?」


 手元の本を開いて、膝の上に置いた古谷は、ゆっくりと視線をこちらに向けた。


「いいえ。心当たりが、無くもないので、大丈夫です」


「残念」


 そこからは黙って、古谷は本を読み始める。うさぎの指も、軽快にキーボードを叩く。最近、日常となって来た風景でもあった。毎日とは言わないが、古谷も時間がある日は、図書館に足を運んでいる。相変わらず、6階より上に来る者は居なかった。当たり前のように、二人だけの空間となる。


「何読んでるんですか?」


「オスカーワイルドの童話集。ナンバリングが間違ってたみたいで、こっちに返却されてた」


「童話集ですか。ワイルドは、サロメしか読んだ事、ないです」


「童話集も面白いぞ。『幸福な王子』とか有名かな?一見、いかにもキリスト教らしい、宗教美溢れる物語だが、その背景として、19世紀初頭、イギリスが背負った産業革命の闇をねっとりと表現している」


「ワイルドは、あまり模範的な信者ではないのかと、思っていましたが」


「そうでも無い。宗教的にタブーとされている同性愛者だったからね、世間の風当たりは強かったみたいだけど。唯美主義の代表格のように言われていけれど、ワイルド自身、道徳無視の芸術至上主義かといえば、そうとも限らない。敢えてその様に演出して、イギリス国民の度肝を抜いたのは確かだけど。それが『戯曲サロメ』だよ」


「見事、成功したわけですね」


「当初、成功したとは言い難いけどね。英語訳したダグラス卿は、ワイルドと恋仲だったらしいが、あまり優秀な翻訳家とは言えなかった。だが、問題作として、世間を大いに騒がせたのは、確かだね」


「ワイルドが童話集に書いた、宗教美とは?」


「自己犠牲的愛、だね。キリストは、人類の罪を身代わりに背負い、十字架に架けられる」


「なるほど。その宗教美を、際立たせるべく、描かれたイギリスの闇とは、何ですか?」


「霧のロンドン、という言葉を、知ってるか?」


「聞いた事は」


「どういう意味だと思う?」


「?イギリスは雨が降りやすいので、その例えでは?」


「霧はスモッグを意味する。スモッグは、スモーク(煙)とフォッグ(霧)を合わせた混成語らしい。要は、大気汚染だな。産業革命後、ロンドンは黒い霧に閉ざされる。ちなみに地球温暖化はこの時から始まる。経済は活性化され、鉄道が通り、町は仕事で溢れかえるが、資本主義は貧富の差を拡大させた」


「少し、現代日本と通ずる部分も、ありますね」


「ただ、混乱と激動の時代は、沢山の名作を生み出す。ワイルドだけじゃない。スティーヴンソンの『ジキル博士とハイド氏』、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』、コナン・ドイルの『シャーロックホームズ』などなど」


「そういえば、切り裂きジャックも、この時代でしたね」


「貧民街には売春婦が溢れかえり、女達は数多犯罪の犠牲、あるいはファム・ファタールとみなされ警察の粛清を受けてた時代だからな」


「ファム・ファタール?」


 初めて聞く言葉に、うさぎは首を傾げた。


「妖艶かつ魅惑的な容姿を持ち、男を破滅させる魔性の女のこと。代表格はサロメや妲己だっき褒姒ほうじ辺りがよく言われる」


「また、サロメ」


 うさぎは思わず呟いていた。

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