10 道の駅
昼食は、松永さんのお勧めで、近くの道の駅まで足を伸ばす。出来たばかりの道の駅で、土曜日ということもあり大勢の人で賑わっていた。聞くと、すぐ側の高速道路も、開通したばかりなのだとか。
「帰りはここから、高速乗ってみよう」
谷川は、わくわくした顔で頭上を走る高速道路を見上げる。男は、新しい道が大好きだった。
「私、知ってたので、こっちの道来ました。すごく、時短になりました。ずっと走ってくと、海の方まで行けます」
うさぎが、食券を選びながら言う。細い指が、カレーラーメンセットを押した。
「途中から、料金無料なんだそうです」
「へえ。そうなんだ」
小田と七海は、うどんが食べたいと言って、向こうの飯屋に入って行った。なので残りの若者達は、こちらの広いイートインスペースで食べる事にした。
すでに古谷と谷川は、親子丼のチケットを購入していた。松永さんのお勧めである。
最後まで悩んでいたのは、穂積だった。親子丼かカレーうどんか、決めかねていた。悩みに悩んだが、最後は古谷の巧みなプレゼンに流されて、彼らと同じ親子丼のボタンを押していた。
「すごいですね、古谷さん。教師なんてやってないで、営業とかやった方が、才能発揮できるんじゃないですか?」
うさぎが、胡散臭い物を見る目で見上げると、古谷は首を振ってみせた。
「俺もそう思ってた時期があったよ。就活の頃、大手ハウスメーカーに勤める先輩に聞いてみたら、お前の顔は悪人ヅラだから、物売るのは向いてないって。特に家なんてもってのほかだって。こうして俺は教師を目指す事となる」
「そんな不純な動機で、教師になったんですね。幻滅です」
「ほんとコイツは元は良いのに、残念だよねー。性根の悪さが、顔にも滲み出るのかな」
「谷川君、いい大人が堂々と人の悪口言うのやめようね。しかも本人の前でね」
「陰で言うよりいいじゃない」
悪びれない。
「いやもう、いっそ陰でやれ」
「仲、良いですね」
「そうか?」
「優生とは、中学からの付き合いだからね!」
手持ちのブザーが鳴り、古谷と谷川の親子丼が出来た事を知らせる。カウンターでお盆を受け取り、適当に席を探す。その間に、うさぎと穂積の分も出来上がった。
「席、この辺でいいかな?」
「JKは俺の隣で」
古谷はパンパンと、隣の椅子の座面を叩く。
「JK呼び、やめて下さい、キモイです」
そう言いつつも、うさぎは素直に横に座った。
穂積が古谷の前に腰掛けながら、歯軋りしている。
「じやあうさぎさん」
「うさぎでいいです。それと、さっき言いそびれましたが、私、古谷さんと初めましてじゃ、ないです」
うさぎは、パキンと割り箸を割った。手を合わせて、いただきますと呟く。
「え?そうなの?」
古谷と谷川は、キョトンとして顔を見合わせる。
「はい。私、古谷さんがお勤めの、仙台清華学院高等学校の、生徒です。一応」
「まじ?」
古谷が目を丸くする。
「はい。しかも、先生が担任している、総合コースの二年生です」
「あれ?優生も、二年生の担任じゃなかったっけ」
「うん。2年7組」
「私、2年6組です」
「隣じゃねーか!」
驚愕である。
「はい。何度もすれ違ってますし、都度挨拶もしています」
「えー?」
「なのに覚えて無いんだ。酷い先生ですね」
穂積がしたり顔で笑う。
「生徒の事、イモとかクリとか言ってるから、こんな事になるんだよ」
谷川も嘲笑う。
「え?そんな酷い事、言ってるんですか?」
「最低ですね」
うさぎと穂積は、お口に手を当てる。
「ちょっと待て!何か俺がすげえ最低な教師みたいなってるけどな!ウチは生徒数3000人超えるからな!一学年1000人以上いるんだからな?全員覚えるなんて、無理だから!」
「でも私、隣のクラスですよ」
ジト目である。
「でも、あれだ!お前、世界史選択してないだろ!」
「はい。日本史です」
「ほらみろ!俺だって、世界史選択の生徒はちゃんと覚えてるし」
「あ、あと。去年の球技大会で、優勝クラス対先生チームでやった時、思いっきり先生の顔に、スパイク叩きつけたの、あれ私です」
「あれお前か!こんちくしょう!あれマジでちょっと鼻曲がったかんな!死ぬほど痛かったし、何の躊躇いもなく叩きつけて来たの知ってっかんな!?」
蘇る記憶。
「どれ?見してみ?あ、言われてみれば、ちょっと左に曲がってるかもね」
「ホントだ。これって、鼻の骨がずれてるって事ですかね」
谷川と穂積が、キャッキャしながら、古谷の顔を覗きこむ。同情の気配は微塵も無かった。




