1 プロローグ
―摂氏28度。寝苦しい熱帯夜。
茹だるような真夏の夜は、寝物語に怪奇浪漫。
※※※※※
その日の夕焼けは、真紅色だった。
ークリムゾンレッドって、いうんだっけ?
クリムゾンは、『血生臭い』という意味も持つ。まさに、この空の様だと思った。
真夏は心細くなり、家に引き換えそうかと振り返り、また思い直す。
ー小華ちゃんに呼ばれてるから、行かなきゃ。
足が重い。できれば行きたくなかった。
チリン、と足元から、聴き慣れた鈴の音が聞こえた。慌てて視線を落として、そして『ああ二度と、あの子には会えないんだった』と思い直す。足元には自分の影だけが、薄く遠くまで伸びていた。
約束通り、真夏は小華の家に行ったが、何故か呼んだ当人である小華は不在だった。
「小華のヤツ居ねえなあ。部屋にいると思ったんだけど。便所かなあ?まあ、小華には言っとくから、今日はもう遅いし帰んな」
小華の父に言われ、それでも15分程玄関で待たせてもらったが、とうとう小華は現れず、真夏はトンボ帰りする。
ーどうしたんだろう?大事な話があるって、言ってたのに。
てっきり、例の件の、謝罪をされるのだと思っていた。あの件以来、互いに気まずくなって久しい。
ー違ったのかな?
辺りはすっかり暗くなり、真夏は自分の家の前に辿り着いて、ほっと胸を撫で下ろす。家に入り、リビングでのんびりタブレット学習していた時、外からけたたましいサイレンの音が聞こえた。驚く間もなく音は近づき強襲していく。複数台のパトカーが走り去って行った。
驚いて、真夏は庭に出る。道路を見ると、一泊置いて、夕闇に緋く光る救急車も走り抜けて行った。
「え?何?」
こんな田舎で、これほど緊急車両が走って行く事など、生まれて14年、今まで一度も見た事がなかった。
只事でない事は分かる。
救急車は、すぐそこで左の小径に入って行った。竹藪で見えなくなる。
サイレンの音だけが、静寂の里に鳴り響く。間際の山に反響して、不協和音がリフレインする。
「何だ?正秀の家の方に入って行ったのか?」
父が家から出て来た。東方に聞こえるサイレンを追う様に、目を細めた。
「たぶん、そうだと思う。」
正秀とは、小華の父の名前だ。先程会ったばかり。ゆっくり歩いて帰って来たものの、別れてまだ1時間も経っていない。
激しく心臓が鳴った。
悪い事が、起きている。
「正秀に電話してみるか。」
父はスマホを取り出して、通話を掛ける。程なくして、相手が出たようだ。
「おう、正秀か?今のサイレン、なんだ?お前ん家か?
ああ、ああ。違うのか。良かった。じゃあ一体何だ?そっから何か分かるか?ちょっと行って見て来てくれ」
しばし、無言の後。父の顔が強張ったのが分かった。
「死体?若い女?誰かまだ分かんないのか?他所の人か?ん?顔が?はあ?喰われてる?どういう事だい?」
真夏は震えた。
ーあの人達は、祟りが起きると言っていた。
これが、祟り?
姫神様の?