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攫われた花嫁・7

 いつしかノエリアはアルに抱かれたまま、気絶するように眠ってしまっていた。

 馬車はあいかわらず揺れていたが、予想外のできごとが続き、身体のほうがもたなかったらしい。   そのままどのくらい走ったのかわからない。

目が覚めたときには、空はもう白み始めていた。

ようやく馬車は、山奥にひっそりと建てられている邸宅に辿り着いたようだ。

 アルにしがみつき、目を閉じていたノエリアは、目的地に着いたことを知らされて、慌てて彼から離れる。

「気分は?」

 真っ赤になって俯いていると、アルは気遣うようにそう尋ねる。

「ええ、大丈夫です。おかげで、馬車酔いもほとんどありません」

 そう答えると、やや厳しい顔をしていた彼は、安堵した様子で表情を綻ばせる。

「それならよかった。さあ、中に入ろう」

 馬車を降りる際、自然なしぐさで手を貸してくれる。

 彼の立ち振る舞いは完璧で、あの宿にいた他の護衛騎士達とは比べものにならないくらいだ。

 ノエリアはひそかに、アルはこの国の貴族なのではないかと考えていた。

 それも、あのロイナン国王に対抗できるほどの身分だ。

 あの男は王家の血筋であり、隣国とはいえ公爵家の令嬢であるノエリアでさえ、あんなふうにぞんざいに扱っていた。それなのにアル達に対する対応は、情報規制や盗賊呼ばわりなど、過剰すぎるくらいだ。

(あのロイナン国王が恐れるほどのものが、彼にあるのね)

 まだ会ったことさえなかったが、ロイナン国王は冷徹というよりも傲慢な独裁者だ。

 イースィ王国を通して正式に求婚したはずのノエリアでさえ、彼にとっては自分の地位を盤石なものにするための道具でしかなかった。

 ノエリアを盗賊の仕業に見せかけて殺そうとしたのも、アル達にその罪を被せて徹底的に殲滅しようとしたのかもしれない。

 だがそんなノエリアをロイナン国王の手から救い出してくれたのは、このアルだ。

 彼は何者なのか。

 そして何を目指して動いているのだろう。

(まだ何もわからない。でも、少なくともあのまま宿屋にいたら、死を待つしかなかったことは確かだわ)

 彼の手を取ったことは、間違いではなかったと信じている。

 アルがノエリアを連れてきたのは、山の谷間に隠れるようにして存在している建物だった。

 こんな場所には不釣り合いなほど大きなものだ。ただかなり傷んでいる様子で、至るところに修繕の跡が残っていた。

「こんな山奥に……」

 アルに手を取られたまま思わずそう呟くと、ふたりの背後にいたライードが、説明をしてくれた。

「この邸宅は昔、ある貴族が所有していたもので、その貴族は狩りを好んでいました。だから獲物が豊富なこの山に、邸宅を建てたのでしょう。ですが代替わりしたあとは、ほとんど使わずに放置されていました。跡を継いだ貴族も領土が変わってこの土地を離れたりして、すっかり朽ち果てていたのです」

それを彼らは修繕し、アジトとして使っていたようだ。

「そうなのですね」

 ノエリアはライードの説明に頷き、入口に立ってその邸宅を見上げた。

 王都にある貴族の邸宅よりは小さめだが、よくこんな山奥に建てたものだと感心してしまう。

建物の形式からして、百年ほど前に建設されたもののようだ。

 一階は広いホールが中心で、二階はたくさんの客間がある造りになっている。アジトとして使うには最適かもしれない。

 彼らはノエリアを、二階にある客間に通してくれた。

 もう夜は明けていたが、馬車で少し眠っただけだ。そんなノエリアを気遣い、まずゆっくりと休むようにと言ってくれた。

 その気遣いに感謝して、部屋に入る。

(さすがに少し、疲れたわ……)

 何日もゆっくり眠れなかった上に、少し熱もあった。ここできちんと休まないと身体が持たないかもしれない。

 建物は古くて、木の窓枠からは隙間風が入り込み、動物の遠吠えのような音を響かせている。でも掃除は行き届いていて、とても清潔感があった。部屋の隅に置かれていた寝台には、手作りのカバーがかけられている。

(女性もいるのかしら?)

 その寝台に腰を下ろして、改めて部屋の中を見渡してみる。

 カーテンもすべて、生地の切れ端を縫い合わせて作った手作りのもののようだ。人の手が入った温かさに、今まで張り詰めていた心が解けていく。

 寝台に横たわり目を閉じていると、いつしか意識は途切れていった。

 そのままノエリアは眠ってしまったらしい。

 目が覚めたノエリアは、しばらく寝台に横たわったままぼんやりとしていた。

 ひさしぶりにゆっくりと眠ることができた気がする。窓から見える太陽は空高く昇っていた。

 もう昼近くかもしれない。

 昨日よりも幾分か、身体が軽い気がする。ゆっくりと眠ったせいか、熱も下がったようだ。

 窓を開けてみると、冷たい風が部屋の中に吹き込んだ。

(もう秋になろうとしているのね)

 自然が豊かなこの国は、四季の移り変わりもはっきりとわかる。窓の外に生い茂っている落葉樹も、そのうち紅に染まるだろう。

(綺麗……。ロイナン王国は、本当に美しい国ね)

 こんな間近で自然を感じることなど、今まで一度もなかった。

 どこからか、小鳥のさえずりが聞こえてくる。しばらくその景色を眺めていると、ふいに扉が叩かれた。

「はい」

 きっとアルかライードだろう。

「少し、話をしたいの。開けてもいいかしら?」

 そう思って返事をしたノエリアは、扉の向こうから聞こえてきた若い女性の声に驚いた。

(誰かしら?)

 アルからもライードからも、来客があるとは聞いていなかった。

 少しだけ警戒するが、相手が女性ならば、話くらいは大丈夫だと思って承諾する。

「ええ」

 ノエリアは返答したあと、起きたばかりだということに気が付いて、慌てて身なりを整えた。侍女はいないのだから、すべて自分でやらなければならない。

 扉の向こうの女性は、ノエリアの返答を聞いてもすぐに開けたりせず、身支度が整うまで待ってくれたようだ。

「ごめんなさい。どうぞお入りください」

 そう声を掛けると、扉がゆっくりと開かれ、女性が姿を現した。

「あ……」

 彼女の姿をひとめ見た途端、ノエリアは思わず声を上げていた。

 すらりとした長身。白い肌に整った顔立ち。

 そして、まっすぐな長い銀髪。

 たしかに感嘆するほどの美しさだったが、ノエリアが驚いたのは、彼女がイースィ王国の王家の特色である銀色の髪をしていたからだ。

 彼女は驚愕したままのノエリアに、親しげに微笑みかける。

「驚かせてしまって、ごめんなさい」

「い、いえ……。あの……」

 我に返って、慌てて彼女を部屋の中に迎え入れた。

 貴族の邸宅だったので、さすがに建物の内装は優美だったが、使われなくなったときに家具はすべて持ち出したらしい。この部屋の家具は、簡素な机と椅子しかなかった。

 銀髪の女性とノエリアは、その椅子に向かい合って腰を下ろす。

 彼女は誰だろう。

 ノエリアは静かに考えを巡らせていた。

 イースィ王国の王族はみな銀色の髪をしているが、若い女性はひとりもいない。

(もしかして……)

 だが、かつては銀髪の王女がいた。

 八年前に馬車の事故に巻き込まれ、この国で亡くなってしまったはずのカミラ王女だ。

 ノエリアはあらためて、目の前に座っている彼女を見つめた。

 すらりとした背といい、切れ長の瞳といい、何となく婚約者だったソルダに似ているような気がする。

「……カミラ王女殿下、でしょうか?」

 ノエリアは思い切ってそう尋ねてみた。

 どうして亡くなったはずの王女が、ロイナン国王と敵対しているアル達と一緒にいるのか。

 生きていたのなら、どうして八年もイースィ王国に帰らなかったのか。疑問が次々と押し寄せてくる。

 ひとつだけはっきりとわかったのは、アルが言っていた、ノエリアに会わせたい人というのは、きっとこのカミラ王女のことだ。

「ええ、そうよ」

 王女はその質問に躊躇うことなく頷き、わずかに首を傾げてノエリアを見つめる。

「でも、あなたが私のことを知っていたとは思わなかったわ」

 たしかに彼女の言う通り、八年前にはノエリアはまだ九歳。社交界にもデビューしていなかった。

「はい、お会いしたことはございません。ですが、王太子……いえ、ソルダ殿下によく似ていらっしゃいます」

「……そう」

 ノエリアの答えを聞いたカミラの瞳に、悲しみが宿る。

「弟が、あなたにひどいことをしたようね。本当にごめんなさい」

 頭を下げられて、ノエリアは慌てる。

「いえ、どうかそのような……」

 王女に頭を下げられてしまって、どうしたらいいかわからずに狼狽えていた。

 それにしても隣国の、しかもこんな山奥に隠れ住んでいるというのに、カミラはすべてを知っている様子だった。

「弟は父に利用され、切り捨てられたようね。昔からあまり自分では深く考えずに、言われるままに動くことが多かったから心配していたけれど、八年経っても変わらなかったようね。残念だわ」

「そのように誘導されてしまったのですから、逆らえば殿下のお立場も、もっと悪くなってしまっていたかもしれません」

 それを聞いたカミラは、目を細めてノエリアを見つめる。

「噂はあまりあてにはならないわね。あなたのことはか弱くて可憐な、深窓のお嬢様だと聞いていたから」

「可憐かどうかはともかく、私はたしかに世間知らずですから」

「いいえ、そんなことはないわ」

 カミラはそう言うと、にこりと笑った。

「普通の貴族の娘なら、父の企みを見抜いたりしないわ。まして、自分にあれほどの悲劇が降りかかった直後なら、なおさらよ」

「私は父に教わっただけです。頼りない娘を心配して、情報は武器になると、いろいろ教えてくれたのです」


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