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攫われた花嫁・4

 ノエリアを待っていた馬車は、防犯のためかやや小さめで、窓も固く閉ざされている。

 その馬車に、侍女の手を借りてゆっくりと乗り込む。手を貸してくれたロイナン王国の侍女は同乗せず、ノエリアはひとりきりだった。

(お父様……。お兄様……)

 ひとりになると、途端に孤独が押し寄せてきた。

 でも、もう後戻りはできない。

 ノエリアは、戻ることはない祖国がこれからも平穏であるようにと、静かに祈りを捧げる。

 馬車は、イースィ王国のものよりも速度を上げているようだ。

 イースィ王国から、このロイナン王国の国境までは十日かかった。

 ここからロイナン王国の王城までは、何日の道のりなのか。

 気になっていたが、馬車はなかなか止まらない。

 イースィ王国の人たちとは違い、ノエリアの体調を気遣ってくれることもなかった。

 そのまま、どのくらい走っただろう。

 やがて護衛の騎士に守られた馬車は少しずつ速度を落とし、ゆっくりと止まった。

 どうやら、どこかの町に到着したようだ。

 いつのまにか馬車の外も薄暗くなっている。

 今日は、この町に宿泊するのかもしれない。

 だがしばらく待っていても、誰も馬車の扉を開けようとしない。

(どうしたのかしら……)

 ノエリアは耳を澄まして、外の様子を伺った。

 防犯上の理由があるのかもしれないが、何の説明もなく放っておかれると不安になる。こちらから声をかけようか迷っていると、ようやく馬車の扉が叩かれた。

 ほっとして声を掛ける。

 ひとりの侍女が迎えにきてくれたようだ。

 無表情の侍女は、それでも恭しく礼をしながら、ノエリアが泊まる部屋の用意ができたことを告げてくれた。

 頷いて馬車から降りると、すかさず護衛の騎士がノエリアを取り囲む。

 警護のためだとわかっていても、武装した騎士に囲まれるとつい、びくりと身体を震わせてしまう。

 そんな自分の臆病さを知られないように必死に押し込めて、彼らに笑みを向けた。だが護衛の騎士達は、ノエリアを見ようとせず、ただ周囲を警戒しているだけだ。

 そんな彼らの様子に、まだこの国の盗賊問題が解決していないことを知る。

 もしかしたら、今にも襲われるかもしれない。

 恐怖が沸き起こる。

ノエリアは背の高い騎士達の合間から、そっと町の様子を伺った。

注意深く視線を巡らせると、遠くに停泊している商船が見えた。

(……港?)

 思わぬ光景に驚いて、ノエリアは足を止めた。

 ロイナン王国の地図を頭の中に思い描いてみる。

(国境から近い港町というと、ジャリアの町? でも……)

 まっすぐに王都に向かうのなら、山越えの道のはずだ。もしここが本当にジャリアの町ならば、東側に大きく反れていることになる。

「どうかなさいましたか?」

 足を止めたノエリアに、先導していた侍女が振り返って尋ねる。

「ここはジャリアの町? 王都に向かう方向にある町ではないようだわ」

 なるべく冷静にそう尋ねると、侍女は少し周囲を警戒するような素振りを見せる。そして性急な口調でこう言った。

「詳しいお話は、宿の中でさせていただきます」

「……わかったわ」

 騎士だけではなく、侍女も緊張しているようだ。

 たしかに外で話せる内容ではないと思い直し、ノエリアはそのまま、侍女に連れられて建物の中に入った。

 入ってすぐにカウンターがある。無人だったが、そこには宿帳が置いてあった。

(ここは、宿屋なの?)

 驚いて周囲を見渡してみる。

 あまり豪華ではない内装。生活感のある部屋。

 どうやら、町にある普通の宿だと思われる。彼らはこの国の王妃になるノエリアを、ここに泊まらせようとしているのだ。

 イースィ王国ではどの町でも歓迎され、その土地の領主が自ら出迎えてくれた。防犯の意味でも、町の中心にある宿屋に泊まったことなど一度もない。

 聞かれるまで何の説明もしようとしなかった侍女といい、この国の人達はあまりノエリアに友好的ではないのかもしれない。

 嫌われているのはイースィ王国か、それともノエリア自身なのかはわからない。

 でもこの国での生活はなかなか前途多難のようだと、気付かれないようにそっと溜息をつく。

 案内された部屋は綺麗で広く、居心地はよさそうだったが、心は晴れない。

 さらに侍女の言葉が、ますます心を重くした。

「おっしゃる通り、ここはジャリアの町です。明日には、滞在なさる邸宅の準備が整いますので、本日はこの宿でお休みくださいませ」

「滞在……。この町に何日か逗留するということですか?」

「はい。国王陛下からそう仰せつかっております」

 なぜまっすぐに王都に向かうのではなく、港町に滞在する必要があるのだろう。ノエリアはその説明を求めたが、侍女はただ国王陛下の御命令ですと繰り返し言うだけだ。

(そんな……)

 ノエリアはロイナン国王の要請に応じ、この国の王妃になるためにここまで来たのだ。それなのに、王都から遠く離れた港町に留められるとは思わなかった。

(いくら政略結婚でも、私に関心がなくとも、この結婚は国同士の契約なのに……)

 それが本当にロイナン国王の言葉なのかわからないのに、おとなしく従うのは危険だと思う。

 ノエリアは侍女の言葉だけでは納得せず、護衛の騎士の責任者を呼び出して、説明を求めた。 

 その結果わかったのは、愛妾だと説明された国王の今までの妻が、王城を離れずに居座り続けていること。そして、その愛妾を支持する貴族が少なからず存在することだ。

 そのためロイナン国王は、王城が落ち着くまでノエリアを王都に向かわせないことにしたらしい。

「……そう」

 その話を聞いて、ノエリアは俯いた。

 おそらく彼女は、今までは正妃として王城で暮らしていたのだろう。

 それなのに突然愛妾だと言われ、離縁して王城を離れるように命じられたロイナン国王の妻は、さぞ自分を恨んでいるだろう。

 そしてロイナン国王は、王城がそんな状態であるにも関わらず、ノエリアとの結婚を強引に進めてきた。

(私だって、望んで嫁いできたわけではないわ。でも……)

 この結婚に、ノエリアの意思は関係ない。

 もし婚約が破棄になるとしても、それを決めるのはイースィ国王であり、ロイナン国王だ。

 だから今はただ、それに従うしかない。

 話を聞き終えたノエリアは、部屋にひとりになった。

(まさかこんなことになるなんて)

 疲れていたが、眠る気になれず、ノエリアは窓から星空を眺める。

 宿の入り口に見張りの騎士はいるが、それもふたりだけ。

 この窓の周辺には誰もいない。

 宿屋に入るとき、盗賊がいるかもしれないと警戒していたにしては、杜撰な警備だ。少し不安になったノエリアは、窓を施錠してからカーテンをきっちりと閉める。

 海に近いこの町は少し肌寒い。

 でも暖炉には薪もないし、あったとしてもひとりで火を起こすことはできない。

 先ほどのそっけない侍女を呼び出す気にもなれなかった。

 寒さから身を守るために自分の肩を抱くようにして、ノエリアは寝台に腰を下ろした。

 予定されている結婚式までは、あと半年ほどある。

 それまで準備で忙しいと思っていたが、どうやらしばらくは、この町に滞在しなければならないようだ。


タイトル長すぎたので、ちょっと修正しましたー。

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