エピローグ
結婚式は半年後。
ふたりの思い出である、白薔薇の咲く季節にすることに決まった。
それが決まってからのノエリアは、結婚式のために忙しい日々を送ることになった。
最初に結婚式の日取りを聞いたときは、もう半年もあるのか、と思ったものだ。
けれどこうして日々忙しく過ごしていると、半年ではとても足りないと痛感した。
ドレスは何度も打ち合わせをした結果、淡いピンクのドレスに白薔薇を飾ることにした。それが決まったあとは、ドレスと白薔薇に似合う髪型を見つけるのに、とても苦労した。
アルブレヒトは忙しい合間に何度も様子を見に来たが、まだドレスは彼に見せていない。式の当日に彼に見せるつもりだった。
おかしなところはないか見てもらうため、兄には何度か仮縫いのドレス姿を披露したが、感極まった兄が、ノエリアのドレス姿を見て涙を浮かべたことには、本当に驚いた。
でも兄はノエリアと違い、すべてを覚えていたのだ。背負うものも大きかったのだろう。
「お兄様、ありがとう」
そんな兄を抱きしめて、ノエリアもまた涙を零す。
「いつでも味方になってくれるお兄様がいたから、私もここまで来ることができたの」
「アルブレヒトなら必ず、ノエリアを幸せにしてくれる」
「ええ、私も彼を幸せにするつもり」
それでもかわいい妹を攫っていくのだからと、兄は事あるごとに、ノエリアのドレス姿をアルブレヒトに自慢しているようだ。
ふたりの仲が良いのはとても微笑ましいことだが、アルブレヒトが期待しすぎているようで、当日が少しだけ怖くなってしまった。
式の前日になっても、何度も姿見でドレス姿を確認する。
金色の髪は片側に流して編み込み、そこに白薔薇の生花を飾っている。ベールにあしらっているのも、白薔薇だ。
淡いピンクのドレスは、デザインは大人っぽくシンプルにしたが、裾や袖には美しいレースをたっぷりと使っていた。
そうして胸には、母の形見の首飾り。
そんなノエリアの姿を見て、兄と、式に参列するために入国した父は、そろって瞳を潤ませていた。
「お父様、お兄様」
まだ式の前だが、ノエリアはそんなふたりに微笑んだ。
「今まで大切にしてくれて、愛してくれてありがとう。私は、とっても幸せだわ」
貴族の娘として、どんな結婚でも従うつもりだった。
すべてを諦めたこともあった。
でも最後には、ずっと愛していたアルブレヒトと、たくさんの人に祝福されて結ばれる。
ここまで至る道を考えるとつらいこともたくさんあったが、最後にこんな幸福を手にすることができた。
帰還したカミラも、ふたりの結婚式には出席してくれることになっていた。
彼女と恋人同士だったライードは今、ロイナン王国に帰還している。彼は忙しく働くことで寂しさを忘れようとしているようだった。
カミラはイースィ王国の王女であり、いずれは女王になる身である。ふたりはあれほど愛し合っているのに、このまま引き裂かれてしまうのかと思うと胸が痛んだ。
落ち込むノエリアに、心配いらないと言ったのは、兄のセリノだった。
「あのふたりのことなら、大丈夫だ。すべてを解決することができる案がある。そのうちわかる。だから落ち込まなくてもいい」
兄がそう言うなら、本当に大丈夫だろう。
だが兄は、イースィ王国の公爵家の嫡男だ。
いずれ兄とも別れなければならない。
そう思うとやはり寂しかったが、ノエリアにはアルブレヒトがいる。
彼とともに生きることが、ノエリアの望みだった。
こうして、ふたりの結婚式が盛大に行われた。
この日、初めてノエリアのウェディングドレス姿を見たアルブレヒトは、随分と長い間見惚れたあと、綺麗だと囁いてくれた。
「これほど美しい花嫁を手にすることができて、俺は幸せ者だな」
八年もの間、苦労を強いられてきた彼がそう言ってくれたことが、何よりも嬉しい。
「ありがとう。私も愛する人の妻になれて、とても嬉しいわ」
ふたりはドレスを気にしながら、そっと抱き合った。
再会したカミラはまず、イースィ王国の王女として、ロイナン王国の王妃となったノエリアに祝辞を述べた。そのあとに目を細めて、ノエリアの花嫁姿を美しいと言って褒めてくれた。
そんなカミラこそ、半年前よりもさらに美しくなったように思える。
でもカミラは恋人のライードと、ほぼ半年も離れて暮らしている。自分はずっと愛していた人と結ばれたのにと、ノエリアは少し罪悪感を持っていた。
だが彼女は、衝撃の事実を教えてくれた。
それはずっと兄が水面下で進めていたことだった。
「ネースティア公爵が、力になってくれたの」
「え、お父様が?」
「ええ。ライードを、公爵家の養子にしてくれたのよ。私は、そのライードと婚約する予定なの」
ならばカミラも愛する人と離れることなく、幸せになることができる。
「よかった……。本当に」
両手を祈るように組み合わせて、心からそう言う。
「ああ。それにライードには王配になるだけではなく、ネースティア公爵家も継いでもらう」
だが、続いた兄の言葉にはさすがに驚いた。
「え、お兄様? 公爵家はお兄様が」
「俺はこの国に残る」
ずっと前から決めていたのだろう。
兄は迷いのない口調でそう言うと、ノエリアを見た。
「今となってはロイナン王家の直系の血を引いているのは、アルブレヒトとノエリア。そして俺だけだ。公爵家ではなくロイナン王国の王族として生きることを、父は許してくれた」
この国に残ると言ったときから、兄はもう決めていたのだろう。
王族としての義務はもちろん、これから様々な困難に立ち向かっていかなければならないアルブレヒトを、傍で支えていく。
あの日の誓いを果たすために。
そしてライードも、取り潰された家を復興させるよりも、カミラとともにイースィ王国で生きる決意をした。
彼もかなり迷ったに違いない。
それでも最後には、カミラと生きる道を選んだ。
「お父様」
その後、様子を見に来てくれた父に、ノエリアは駆け寄った。
父はすべてを受け入れた優しい顔で、黙って頷いてくれた。
父は母を愛していた。
母の忘れ形見である兄と自分を、とても大切にしてくれた。
それでもふたりが望む方向に行けるように、自由に生きることを許してくれた。
それに父は、ひとりになるのではない。
ライードとカミラが新しい家族として、父と一緒にいてくれる。
「カミラ様。どうか父を、お願いいたします」
「もちろんよ。私の義父になるのだから」
カミラはそう言って、嬉しそうに笑った。
そうして彼女は、婚約者となるライードと、義理の父となるノエリアの父とともに、会場に戻って行った。
「……アルブレヒトは、お兄様の決定に何と言っていたの?」
そう尋ねると、兄は軽く首を傾げて笑う。
「もっとよく考えたほうがいいと言われた。だが、もう俺の心は決まっていた」
兄の決意は、ノエリアが思っていたよりもずっと固いようだ。
「私も、お兄様が一緒なら心強いわ」
だからノエリアはそれだけを兄に告げる。
「ああ。ふたりでアルブレヒトを支えて行こう」
これから新しい生活が始まる。
ノエリアはロイナン王国の王妃として、この国のために力を尽くすつもりだ。
不安もあるが、ノエリアの傍にはいつも、愛するアルブレヒトがいる。
結婚式の後。
アルブレヒトはあの山間の邸宅のように、ノエリアに本がたくさんある書斎をプレゼントしてくれた。この国の言葉で書かれている本は、今まで読んだことのないものばかりだ。
「ノエリア。君の人生が、今まで読んだ物語よりも幸せなものになるように、力を尽くそう」
そう言って抱きしめてくれる最愛の夫に、ノエリアも微笑む。
「私はあなたがいてくれるなら、いつだって幸せよ」
もう二度と、離れることはない。
たとえ長い月日が経過して、約束の白薔薇が枯れてしまうようなことがあっても、この愛が枯れることはないだろう。