表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化・コミカライズ】冷遇されるお飾り王妃になる予定でしたが、初恋の王子様に攫われました!  作者: 櫻井みこと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/32

白薔薇の約束・8

 兄の長年に渡る念入りな根回しと、アルブレヒトが騎士団を先に味方につけたお陰で、それからは驚くほど順調に事が進んだ。

 ロイナン国王イバンは、カミラが国外に逃げようとしているという話を聞き、国境近くに戦力を集中させていたらしい。

 けれど、ロイナン国内にいる兄の協力者が故意に情報の伝達を遅らせたため、カミラはもうとっくにイースィ王国に逃れていた。

 王都は手薄で、王を守るべき騎士団はこちらの味方だ。

 もういないカミラを探して、今も国境周辺を探し回るイバンの残りの私兵は、王都が騎士団によって制圧されていることを知らないだろう。

 アルブレヒトは味方になってくれた貴族達と騎士団を率いて、王城に入った。

 もちろんノエリアと兄も同行している。

 イバンは騎士達によって拘束され、その妻と王城に残っていた私兵も、すべて捕らえた。

 彼は、王に逆らう者は皆処刑だと喚いていたが、彼はもう王ではない。

 やがて騎士達が、集まってきたロイナン王国の貴族達が、アルブレヒトの前に跪いた。

「……遅くなって、すまない」

 彼はそう言うと、頭を下げる。

 アルブレヒト様、と誰かが叫んだ。

 やがてその声は大きくなり、歓声となった。

 あの事件当初、十三歳の少年だった彼は、こうして力をつけ、味方を増やしてようやく帰還したのだ。

 王の帰還。

 彼はもう、このロイナン王国の国王だった。

 知らずに涙が零れ落ちていた、

「ノエリア」

 振り返ると、兄が優しく抱き寄せてくれる。

「よく頑張った」

「……お兄様。私は何もしていません。ただアルが私を助け出してくれただけで」

「いや、アルブレヒトも言っていただろう。お前の言葉で、間違いに気が付くことができたと」

 ノエリアの言葉でなければ、届かなかった。

 兄はそう言ってくれた。

 何もできなかったと後悔していた。忘れてしまっていたことに対する罪悪感は、完全には消えていない。

 でも本当に、自分の言葉で彼を救うことができたのなら、こんなに嬉しいことはなかった。

 だが、イバンを捕えただけでは、まだ終わらない。

 カミラとノエリアの証言をもとに裁判が開かれ、彼の罪を裁くことになるだろう。

 それにロイナン王国も、この八年で大きく変わってしまった。

 中には、イバンと密着していた貴族もいる。

 彼らはアルブレヒトを本物の王太子と認めずに、現国王を不正に拘束したクーデターだと言う者もいるだろう。

 カミラもまだ、イースィ王国に身を潜めて決起のときを待っている。

 イースィ国王は、ロイナン国王よりもさらに狡猾だ。

 戦いは、まだまだ続くのだろう。


 アルブレヒトは、これからまだ貴族達との話し合いがあり、兄も同席するらしい。

 けれどノエリアは、先に王城の客間で休ませてもらうことにした。

 部屋に案内されると、ひさしぶりに侍女の手を借りて着替えをさせてもらい、柔らかな寝台に腰かける。

 兄とアルブレヒトは、いつ休めるのだろうか。

 そう思うと、先に休んでしまうのが申し訳なくなって、ノエリアは立ち上がり、部屋の窓から外を見つめる。

「ここは……」

 ふと、そこから見える景色がとても懐かしいことに気が付いた。

 まだ幼い頃、アルブレヒトにプロポーズされた、あの場所だった。きっとアルブレヒトが、ノエリアをこの部屋に案内するように言ってくれたのだろう。

 冬になろうとしているこの季節。

 薔薇の季節ではないが、昨晩降った雪が降り積もり、まるで白い花が咲いているように見えた。

 胸が痛くなるほどの懐かしさ。

 昇ったばかりの太陽の光に反射して光る雪が、あまりにも綺麗で、ノエリアはふらりと庭に向かった。

 降り積もる雪にそっと手を触れると、ノエリアの体温でたちまち儚く溶ける。その繊細な美しさに、思わず感嘆する。

 ふいに背後から上着が肩に掛けられた。

「早朝は寒さが厳しくなる。そのままでは風邪を引いてしまう」

 声を聞くまでは、兄だと思っていた。

 だがその声は、ノエリアが今、一番会いたいと願っていた人だった。

「アルブレヒト」

 振り返ると、彼は穏やかな瞳でノエリアを見つめていた。

 子どもの頃、アルブレヒトはいつもこんなふうに優しくノエリアを見守ってくれていた。躊躇いなくその腕の中に飛び込むと、彼はしっかりと抱きしめてくれた。

 ノエリアもアルブレヒトの背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。

 話したいこと、聞きたいことがたくさんあったはずなのに、こうして抱き合っているとそれだけで満たされていく。

 これほど大切な人を、どうして忘れてしまっていたのだろう。

「私、あなたに謝らなければならないことがあるの」

 そう言って、まっすぐに彼を見つめる。

「ここで交わしたあの約束を、守れなくてごめんなさい。……忘れてしまって、ごめんなさい。…この傷も」

 そっと彼の左腕に触れた。

「私と兄を庇ったときの傷だと、はっきりと思い出したの。それなのに忘れてしまうなんて」

「ノエリア」

 アルブレヒトの手が、そっとノエリアの頬に触れる。

流れる涙を優しく拭った。

「ノエリアにはつらい記憶だったのに、すべて思い出してくれた。謝る必要なんてないよ」

 そのまま抱き合っていると、肩に掛けてもらった上着がはらりと地面に落ちた。

「アルブレヒト。これって……」

 慌てて拾ったノエリアは、その裏側に守護の紋様が縫い込んでいることに気が付いた。

 これはノエリアがカミラに習って、指を針で刺しながらも必死に刺繍したものだ。

 だが、その隣には同じ紋様がある。

 少し変色していて、ノエリアのものよりもっと拙くて、古いもののようだ。見つめていると、ふと母の声がよみがえる。


――大切な人のために、こうして守護の紋様を刺繍するのよ。

――私もお父様のために作ったわ。

――ノエリアも、アルブレヒトのためにやってみる?


 そう。

 ノエリアがこの紋様を刺繍したのは、これで二度目だ。

 だからこそ、不器用で何もできないノエリアが、こうして仕上げることができた。

「思い出したわ。これは、私が昔、あなたのために作ったものだわ」

 母に教わりながら、ひと針ひと針、丁寧に塗った記憶がよみがえる。

「ずっと、持っていてくれたの?」

「ああ。実際、命を救われた」

 その話を聞いて、アルブレヒトの役に立てたと喜びながらも、彼がそんな目に合っていたことに胸の痛みを覚える。

「どうして忘れてしまったの? こんなに大切な思い出ばかりなのに。私は……」

「ノエリア」

 空から降る雪から守るように、アルブレヒトはふたたび、ノエリアを腕の中に抱きしめる。

「どんなに後悔しても、過去は取り戻せない。すべてを思い通りにすることは、誰にだって不可能だ。俺は、ノエリアが今こうして傍にいてくれるだけでいい。それで充分だ」

 後悔ばかりしていては、大切な今の時間を見失ってしまうかもしれない。

 そのことに気が付いて、ノエリアは涙を拭う。

 幼い頃、ふたりで見た白薔薇。

 父がいて、母がいて。

 とても幸せだった、あの頃。

 失ったものは多いけれど、それを補うくらい、これからふたりで幸せになりたい。

 ようやくそう思えるようになっていた。

「ねえ、アルブレヒト。随分遅くなってしまったけれど、あの日の返事をしてもいいかしら」

 そう言うと、アルブレヒトがわずかに緊張した顔でノエリアを見た。

 何の話かなんて、いまさら確認するまでもない。

「私もあなたと、ずっと一緒にいたい。この国を建て直そうと頑張るあなたを、傍で支えていきたいの」

 そう言ったノエリアの言葉を噛みしめるように、アルブレヒトは目を閉じる。

「ノエリア、誰よりも君を愛している。九年前から、ずっと」

 このロイナン王国に嫁いで、王妃になるのがノエリアの運命だった。

 今もこの国の王妃になることは同じだが、相手は、あの卑劣な男ではない。

 愛するアルブレヒトなのだ。

 降る雪の寒さも気にならないくらいの、幸せが胸を満たしていく。

「私もあなたを愛していたの。記憶がないときも、ずっと」

 白薔薇の夢は、ノエリアがアルブレヒトを愛していた証拠だ。

 プロポーズされた日の夢を見ていたことを告げると、アルブレヒトは嬉しそうに笑った。

 その笑顔は、山間の邸宅で見たような悲しく切ないものではなく、昔のような穏やかで優しいものだった。

 それが泣きたいくらい嬉しい。

 目を閉じると、唇が重なった。

 振り続ける雪の中、その温もりがあまりにも愛おしくて、涙が滲みそうになる。

 会えない時間は長かったが、これから先は、ずっと一緒にいられるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ