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【書籍化・コミカライズ】冷遇されるお飾り王妃になる予定でしたが、初恋の王子様に攫われました!  作者: 櫻井みこと


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白薔薇の約束・7

「手荒な真似をしてしまい、申し訳ございません。我々は国王陛下の命により、盗賊を追っていたものですから」

 兄がネースティア公爵家の嫡男セリノだと知った男は、そう言って大げさなほど何度も謝罪をした。

 兄は隣国の公爵家の嫡男というだけではなく、このロイナン王国の王家の血も濃く引いている。

 そんな兄を盗賊だと勘違いして乱暴な扱いをしてしまっただけに、イバンの私兵でしかない彼らは、表向きはあまり強くは出られないようだ。

「いや、妹が心配だったとはいえ、正規の手続きをせずに入国してしまった私が悪いのだから」

 兄はゆったりとそう答える。

 この周辺には盗賊がいて危険だからと、ふたりは馬車に乗せられて、ロイナン国王の王都に移動させられていた。周囲は警護と称して、たくさんの兵士に囲まれている。

 すべて、ロイナン国王イバンの私兵である。

 このまま本当に、王都まで移動するのだろうか。

 もしくは適当な場所で殺されてしまい、盗賊の仕業にされてしまう可能性もある。

(何とかして逃げ出さないと)

 そう思って周辺を探っているが、ロイナン国王の私兵だけあって隙はない。

「……あれは」

 ふと兄が、何かに気が付いたように声を上げた。

「お兄様?」

 小声で尋ねると、兄ははっとしたように口を閉ざした。

 それから周囲の様子を探り、誰も自分達に注目していないと確認したあとに、こう言った。

「ノエリア、どうした? 馬車に酔ったのか?」

 何か作戦があるのかもしれないと、ノエリアはいかにも具合が悪そうに、口元を手で覆いながら答える。

「……はい、少し。外の空気が吸いたいです」

 そう懇願すると、兄は護衛と称して周囲を取り囲んでいる男に、ノエリアの要望を伝える。

「ですが、盗賊が出没しているので危険です」

「妹は身体が弱い。まだ救出されたばかりで、気分も悪いようだ。それに、これほどの数の兵士がいれば、盗賊が出没しても問題はないだろう」

 そう言っても、彼らは危険だと繰り返すだけだ。

「無理ならば、ロッソイ侯爵の邸宅に立ち寄ってほしい。侯爵とは懇意だ。ノエリアを休ませる部屋を用意してくれるだろう」

「いえ、その。この先に、少し馬車を止めますので」

 兄の要望を危険だからと退けていた男は、ロッソイ侯爵という名を聞くと途端に馬車を止めるように指示を出していた。

 男の指示で馬車はゆっくりと速度を落とし、やがて止まった。

 気分が悪いふりをしながらそっと窓の外を覗くと、近くに大きな川が流れていた。川幅は広いが流れは穏やかで、水深も浅そうだ。

 この川を渡って逃げられるかもしれない。

「ノエリア、立てるか?」

「……はい」

 兄に支えられて、馬車の外に出る。

 いつの間にかすっかりと日が暮れ、空は暁色に染まっていた。

 明るい光に、思わず目を細める。

 ふと、何かが反射するような光が射し込み、兵士達の視線がそちらに集まった。

 その瞬間。

「ノエリア、走れ!」

 兄の言葉に背を押され、ノエリアは川に向かって走った。怒鳴り声を上げた兵士が追いかけてくる。

 それを兄が阻止しようと立ちはだかった。

 だが兵士達はその兄を振り払い、ノエリアを捕えようと手を伸ばす。

 そのとき。

 地鳴りのような音が聞こえてきて、必死に走っていたノエリアはびくりと身体を震わせた。

「な、何事だ?」

 ノエリアを追っていた兵士達も、突然のことに驚いていた。

 前方を見ると、騎兵が列を成してこちらに向かってくる。

 ロイナン王国の正騎士のようだ。

「騎士だと? どうして騎士がここに」

 男達が動揺している間に、向こうはあっという間にここまで辿り着いた。途中まで川を渡っていたノエリアは、兄を助け出そうとして、川岸に戻る。

 何とか兄を連れて、逃げなくては。

 そう思って必死に支えようとするノエリアに、兄は静かに言った。

「心配はいらない。アルブレヒトだ。あの合図、まだ覚えていたんだな」

「合図?」

 兄は頷き、イバンの私兵と交戦しているロイナン王国の正騎士を見つめる。

「……騎士ではない者もいるようだ」

 その言葉に、ノエリアは振り向いた。

 いくら過去を克服したとはいえ、目の前で戦いが行われているのは、やはり恐ろしい。それでも必死に、戦っている彼らを目で追う。

 兄の言うように、騎士姿ではない男達が混じっている。

 瘦せていて、衣服も粗末なものだ。

 けれど騎士よりも果敢に、揺るぎない信念を胸に戦っているような、誇り高い目をしていた。

(ああ、彼らは……)

 ノエリアの目から涙が零れ落ちる。

 もう泣かないと決めていたのに、堪えることができなかった。

 ノエリアは、彼らを知っている。

 長い間、虐げられ追われながらも、主を守り続けた真の騎士達だ。

 あのアジトで暮らしていたのは僅かな期間だったが、仲間だった彼らを忘れるはずがない。

 そして彼らと混じって戦っているのは、ロイナン王国の正騎士である。

「アルブレヒトが、騎士団を率いて助けに来てくれたの?」

 八年はとても長いが、それでもまだ八年だ。

 王立騎士団の中には、アルブレヒトの父に仕えていた者もいただろう。そんな彼らが盗賊の正体を知ることを恐れ、ロイナン国王はずっと自分の私兵を使っていた。

 けれど、アルブレヒトから彼らに接することができれば、真実を伝えることは可能だった。

 もしかしたら今までも、機会はあったのかもしれない。

 でもアルブレヒトは、自分に協力してしまえば、今度は騎士団が取り潰される。皆殺しになるかもしれない。

 そう思って、動けずにいたのだ。

「アルブレヒト!」

 ノエリアは騎士達の向こうに誰よりも会いたかった姿を見つけ、彼めがけて走り出した。もうイバンの私兵はほとんど拘束されている。兄は黙ってそんなノエリアを見送ってくれた。

「アル! 会いたかった!」

 そう言って胸に飛び込んできたノエリアを、アルブレヒトは驚いたように受け止めた。

「ノエリア? もしかして、記憶が……」

「ええ。私よ。ノアよ。やっとあなたに会いに来たわ。何もかも忘れてしまってごめんなさい。あなたは私達を、命懸けで守ってくれたのに」

「……まさか」

ノエリアが昔の記憶を取り戻したと知り、アルブレヒトは震える手で、ノエリアの頬に触れる。

「ノア……」

 触れる指。

 優しい声。

 何もかも、昔のままだ。

 背は高くなってしまったけれど、ノエリアが愛した、ノエリアの大切なアルブレヒトだった。

 アルブレヒトを忘れたまま、再会した。

 そして苦しみや痛みを背負いながら懸命に生きていた彼に、もう一度恋をした。

 そのふたつの気持ちが重なった今、愛しさは何倍にもなって、溢れだしそうだ。

「ごめんなさい。私だけ平穏に生きていたなんて。こんなにも愛しいあなたのことを、忘れてしまっていたなんて」

「ノア。俺は、君が忘れていてよかったと思っている。つらい思いをさせなくてよかったと。まさか、思い出してくれるなんて」

 そっと、抱き合った。

 背中に感じる温もりが、泣きたくなるほど愛しい。


 あれからイバンの私兵達は瞬く間に制圧され、ノエリアと兄は助け出された。

 兄だってようやくアルブレヒトに会えたというのに、声もかけずに、静かに見守ってくれていたのだ。

「ようやく九年前の約束を果たせると思っていたのに、また助けられてしまったな」

 アルブレヒトと再会した兄は、そう言って複雑そうな顔をしていた。

「あの合図に気が付いてくれてよかった」

 アルブレヒトは、そんな兄に笑いかける。

 八年ぶりだなんて思えないほど、ふたりはすぐに打ち解けていた。

 馬車の外に兄が見つけたのは、鏡の反射を使った合図だった。昔はよく、ふたりで城の中を探検しながらそんな遊びをしていたらしい。

 ここは、兄が先ほど口にしていたロッソイ侯爵の邸宅である。

 兄はあのときの言葉通りにロッソイ侯爵とは懇意にしていて、アルブレヒトと引き合わせたいと思っていたようだ。

 ロッソイ侯爵はロイナン国王の横暴さを嘆き、このままではこの国は滅んでしまうのではないかと危機感を募らせていた貴族の中でも、一番力を持っている。

 アルブレヒトが生きていたことには驚いた様子だったが、これでこの国は救われたと涙を流して喜んでいた。

 兄が見込んでいただけに、忠誠心の強い善人のようだ。

 ノエリアは無傷だったが、兄はやはり肩の骨を痛めた上に、打撲も多数あったので、医師の判断で寝室に閉じ込められてしまった。

 兄は、やらなくてはならないことがたくさんあると、無理にでも動こうとした。だが医師に明日になるともっと痛むだろうと散々脅されて、結局こうして寝台に横たわっている。

 そんな兄を、ノエリアはアルブレヒトとともに見舞っていた。

 話すのはやはり、この八年間のことだ。

「俺は、彼らの名誉を回復することが、死んでいった仲間達に報いる唯一の方法だと思い込んでいた」

 アルブレヒトは、静かにそう語った。

「カミラさえ無事ならば、もう思い残すことはないと。だが、俺は間違っていた」

 アルブレヒトは振り返り、隣にいるノエリアを見る。

「それをノエリアが教えてくれた。今ならわかる。あの男を倒すことこそが、仲間達が一番望んでいたことだ」

 カミラがあのとき言っていたのは、このことだったのだ。

 力強くそう言ったアルブレヒトの姿に、ノエリアは目を閉じる。

 イバンの圧政に苦しんでいた人々の中には、生きていたのならば、もう少し早くあの男を倒せたのではと思う者もいるかもしれない。

 だがイバンの仕掛けた罠は卑劣で、アルブレヒトを追い詰め、苦しめた。

 味方が次々に盗賊の汚名を着せられ、無惨に処刑されていったのだ。

 ノエリアの言葉はきっかけに過ぎない。彼は自分自身でそれを乗り越えて、こうして立ち上がった。

「アル、これを」

 ノエリアは首にかけていた指輪を彼に手渡した。ロイナン王家の紋章が刻まれた指輪だ。アルブレヒトはそれを握りしめ、深く頷く。


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