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【書籍化・コミカライズ】冷遇されるお飾り王妃になる予定でしたが、初恋の王子様に攫われました!  作者: 櫻井みこと


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記憶に眠る恋・9

 その夜は色々なことを考えてしまい、ほとんど眠れずに朝を迎えていた。

 ずっと刺繍をしていたので少し頭痛がする。

 でもようやく、アルブレヒトのためのお守りを仕上げることができた。

 思っていたよりも、ずっと綺麗に仕上がったと思う。

 アルブレヒトのために、彼を災厄から守ってくれるようにと、祈りを込めて丁寧に針を刺したものだ。

 兄はノエリアの不在を知り、きっと今も行方を探してくれるだろう。

 いつ迎えが来るかわからない。

 だからその前にアルブレヒトに渡そうと、汚さないように布の袋に入れる。

 それから急いで身支度を整えて、カミラのもとに向かった。みんな無事だったことを聞き、ほっと胸を撫でおろした。

「無理を言ったのに、何もできなくて申し訳ありません」

 そう謝罪すると、カミラは首を振る。

「いいえ、私が悪いのよ。私だって最初は血を見て倒れていたし、傷の手当ができるようになるまで二年くらいかかったわ。それなのに、そんなところにあなたを連れて行ってしまうなんて」

 怪我人がたくさんいると聞いて、動揺してしまったと彼女は言った。

「アルに叱られるのも当然だわ。本当にごめんなさいね」

「そんな。だって私が……」

「じゃあふたりとも悪くないということで、解決しましょう」

 そう言って笑ったカミラは、ふと真顔になる。

「そろそろ旅立つ準備をしておけと、アルに言われたの。あなたも、覚悟はしておいてね」

「……はい」

 ノエリアは両手を握りしめて、こくりと頷いた。

 兄とアルブレヒトが再会できる日も近いかもしれない。

 そうなったらノエリアは、カミラと一緒にここから脱出する。

 いくらネースティア公爵家の嫡男である兄でも、すべてを知るカミラを連れ出そうとしたらロイナン国王は容赦せずに追撃するだろう。

 戦いを伴う旅になるかもしれない。

 ノエリアにとって、相当な覚悟が必要となる。 

「今ならまだ、危険はないわ。アルと出かけるのでしょう?」

 ノエリアの緊張が伝わったのか、カミラは安心させるように優しくそう言ってくれた。

「……はい」

 こくりと頷く。

 アルブレヒトは、自分の好きな場所に連れて行ってくれると言っていた。

 彼とゆっくり話せるのは、しばらく無理だろう。だから今日、出来上がったばかりのお守りを渡すつもりだった。

 ふたりきりになるのは初めてだと思うと、楽しみでもあり、少し緊張するような気もする。

「アルと一緒だから大丈夫だと思うけれど、気を付けてね」

「はい、行ってきます」

 ノエリアはカミラに笑顔でそう言うと、部屋を出た。

 あれほどの惨事だった一階のホールも綺麗に片づけられ、血の匂いさえしない。

 ここで暮らすのも、あとわずかである。あとは兄の迎えを待って、カミラとともにイースィ王国に帰るだけだ。

 すべて無事に解決することができれば、アルブレヒトとも再会することができるだろう。その前に兄に、彼とどうやって知り合ったのか聞いてみよう。

 そんなことを思いながらホールを見渡していると、アルブレヒトがやってきた。

「行くか」

「はい」

 自然に差し出された手を、そっと握る。手を繋いだまま邸宅から出て、山道を歩いた。

「ここからそう遠くはないが、疲れたら言ってくれ」

「はい、大丈夫です」

 道は狭いが、あまり高低差はなく、歩きやすかった。彼がそんな道を選んで歩いてくれたのかもしれない。

 早朝に出発したせいで少し寒いが、歩いているうちに身体も温まっていた。

 歩いている間、アルブレヒトはずっと無言だった。

 時折、周囲を見渡して目を細めている。

 戦いの終わりが見えてきた今、過去のことを思い出しているのかもしれない。

 ノエリアも何も言わず、ただ彼の手を握りしめていた。

 やがて森が開けて、見晴らしの良い丘に出る。

「わぁ……」

 眼前に広がる景色に、ノエリアは思わず感嘆の声を上げていた。

 遠くに見える山肌にはうっすらと雪が積もり、太陽に照らされて光り輝いている。

 自然とはここまで美しく、威厳さえ感じるものなのかと、目の前の景色にただ魅入っていた。

「こんな景色が見られるなんて。連れてきてくれてありがとう」

 高揚した気持ちのまま振り返ってそう言うと、アルブレヒトは静かな目でノエリアを見つめていた。

「そうか。気に入ったのなら、よかった」

 ノエリアの高揚とは裏腹に、アルブレヒトの様子はどこか寂しげで、思わず手を伸ばして、彼に触れる。

「アル?」

 なぜかわからないが、不安が胸をよぎる。

「どうかしたの?」

「いや、何でもない」

 アルブレヒトは笑みを浮かべてそう言うと、自分の腕に触れていたノエリアの手を握る。

「ただ、もうすぐこの景色も見られなくなると思うと、少し感傷的になっただけだ」

「アル……」

 すべてが終われば、アルブレヒトはこのロイナン王国の国王になる。そうすればもう、こんなふうにゆっくりと景色を眺める暇もなくなるに違いない。

 ノエリアだってそれは同じだ。

 ロイナン王国の王妃にならなかったノエリアが、今後どうなるかわからない。だがこんなふうに山道を歩くことなど、もう二度とないだろう。

 そう思うと、今こうして彼と一緒に過ごしている時間が、とても貴重なものに思える。

「アルと一緒にこの景色が見られて、よかった」

思わずそう呟いた。

 アルブレヒトは、優しい顔で頷いてくれた。

 渡すのは今からもしれない。

 ノエリアはそっと、布の袋を取り出した。

「えっと、これ……」

 そっと差し出すと、アルブレヒトは振り向き、ノエリアを見つめる。

「どうした?」

 その声の甘さ。

 向けられる視線の優しさに、思わず頬が染まる。

 初めてふたりきりになったせいだろうか。

 胸の鼓動が早くなった気がして、気持ちを落ち着かせようと深呼吸をした。

「カミラ様に習って、私もお守りを作ってみたの。初めてで、あまり出来はよくないけれど。でも、アルにと思って」

 ノエリアの言葉を聞いたアルブレヒトは、驚いた様子で目を瞠る。

「……俺のために?」

 こくりと頷いた。

 アルブレヒトは、それをノエリアから受けると、布の袋を開いた。

 守護の紋様が刺繍された、手のひらほどの布。

 こうして見ると、お世辞でもよく出来ているなんて言えるような代物ではない。それなのにアルブレヒトは、それを大切そうに持ち上げて、柔らかく微笑んだ。

「守護の紋様か」

「ええ。アルを守ってくれますように」

 祈りを込めてそう告げる。

「ありがとう。きっと効果があるよ」

「……下手でも?」

 アルブレヒトが喜んでくれたのが嬉しくて、でも少し恥ずかしくなってそんなことを言ってしまう。

「もちろんだ。以前もらったときは、俺の命を救ってくれた」

 その言葉に、少しだけ胸が痛んだ。

 ノエリアよりも先に、誰かがアルブレヒトのために、こうして守護の紋様を刺繍したことがある。

 カミラだろうか。

 そう考えると、ますます胸が苦しくなる。

「そうなのね。でも私は下手だから、比べられると少し恥ずかしいかな」

 それを押し隠して笑う。

 身分といい、容姿といい、ふたりはとてもお似合いだ。

 八年間、ともに過ごしてきた仲間でもある。

「そんなことはない。随分、上達している」

 アルブレヒトがぽつりとそう言ったけれど、ふたりの関係に心を奪われていたノエリアの耳には届かなかった。

 そのあとは会話もなくただ寄り添って、しばらく目の前の光景を見つめていた。

「ノエリア?」

 少しぼんやりとしていたらしい。

 アルブレヒトにそう声を掛けられて、我に返る。

「どうしたの?」

 彼の手が、そっとノエリアの頬に触れる。

「少し顔色が良くない。昨日、眠れなかったのか?」

「……」

 やはりアルブレヒトには見抜かれてしまう。ここでさらに嘘を重ねても無駄だろう。

 ノエリアは素直に頷いた。

「これからのことを色々と考えていたら、眠れなくなってしまって」

 正直に告げると、彼の瞳に心配そうな色が宿る。

「戻るか。少しでも身体を休めていたほうがいい」

「……はい」

 本当ならばもう少し、アルブレヒトと一緒に過ごしたかった。

 でもノエリアの体調に関しては、兄のセリノのように心配性になるアルブレヒトが、それを許してくれるとは思えない。

 今までも、少し寝不足だっただけで一日中部屋の中で過ごすように言われていたことを思い出すと、頷くしかなかった。

 それに、あまり長い時間ふたりきりでいることはできない。ロイナン国王の手の者に見つかったら大変だ。

 そろそろ太陽が真上に昇ろうとしている頃、ノエリアはアルブレヒトと一緒に仲間達の元に戻る道を辿る。

 アルブレヒトはときどき周囲を警戒しながら、慎重に進んでいた。 

 もうすぐアジトにしている邸宅が見えてくる。

 そうすれば、ふたりきりの時間も終わってしまう。少しだけ感傷的な気持ちになったノエリアは、足を止めて背後を振り返る。

 だが足場の悪い山道で、そんなことをするべきではなかった。

「あっ」

 途端に足を滑らせてしまい、何か掴まるものはないかと必死に手を伸ばす。

「ノエリア!」

 その手をアルブレヒトがしっかりと握ってくれた。

 だが、彼はノエリアを引き上げようとした瞬間、小さくうめき声を上げる。

「……っ」

「アル? まさか昨日、あなたも怪我を」

「……いや」

 顔色を変えるノエリアに、アルブレヒトは首を振った。

 そしてノエリアの身体を引いて体制を整えさせると、左腕の袖を捲って肌を露出させる。そこには肘から手首にかけて、大きく広がる傷跡があった。

「かなり昔のものだ。たまに痛むくらいで、もうほとんど影響はない」

 彼はそう言うが、かなり大きな怪我だったことは見ただけでわかる。

 きっと、ロイナン国王となったイバンに襲われたときの傷だろう。

「こんな……。ひどいわ」

 目に涙を溜めてそう言うノエリアに、アルブレヒトは不思議なほど穏やかな声で言った。

「俺にとっては、大切な人を守ることができた証拠だ」

「大切な、人?」


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