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プロローグ 2

(……お兄様?)

 いったい何があったのだろう。

 答える父の声は小さく、ここまで聞こえてこない。だが兄はさらに苛立ちを募らせたらしく、机を叩くような音がした。

「しかし父上!」

「!」

 その音と兄の声に、ノエリアはびくりと身体を震わせる。

「ノエリアと王太子殿下の婚約破棄は、完全に王太子殿下の独断だ。けれど、公にしてしまったからには仕方がないと、最後には国王陛下も同意していた」

「そう見せただけでしょう。あの王太子殿下が、単独でそこまでできるとは思えない」

ようやく父の静かな声が聞こえてきたが、反論した兄の言葉にノエリアは息を呑んだ。

 王太子と違い、いつも優しく接してくれた国王陛下。

 それもすべて、ノエリアが利用価値のあるネースティア公爵家の娘だからに過ぎない。

 そんなことはわかっていたはずなのに、あの婚約破棄に国王陛下が関わっていたと聞くと、足が震える。

「ノエリアをロイナン王国に嫁がせるために、王太子殿下との婚約を破棄する必要があった。むしろ王太子殿下は、国王陛下の手の者に唆されて、これほどまでに事を大きくしたのでしょう」

 けれどそのあとに続いた兄の言葉は、そんな衝撃さえ忘れ去るほどのものだった。

(私が、ロイナン王国の国王陛下に?)

 ノエリアは動揺した心を静めるように、ゆっくりと深呼吸をした。そうして、この結婚の意味を考えてみる。

 普通ならば、国王が未婚のまま即位することはほとんどない。

 王太子のときから婚約者が定められ、遅くとも即位に前後して結婚式を挙げる。

 だが今のロイナン国王は、もともと王太子ではなかった。八年前にある事件が起きて、急遽即位した王だった。

 ノエリアのこの結婚話に、その事件が関わっていることは間違いない。

 ロイナン王国の国王夫妻と王太子。さらにその国を訪問していたイースィ王国の第三王女カミラが、馬車の事故で亡くなってしまったのだ。

 イースィ王国には、海がない。

 雄大な海の景色を見てみたいと言った王女を、国王自ら海辺の離宮に送り届けてくれる途中の事故だったと聞いている。

 カミラ王女は、十九歳になったばかりだった。

 その日は悪天候ではなかったが、馬車は道を外れて海に落ちて大破した。何日も捜索が行われたが、ひとりの遺体も見つけられなかったほどの大事故だった。

 国王一家と、隣国の王女が亡くなってしまったのだから、当然のように大騒ぎになった。

 そしてロイナン王家の血を引く兄のセリノにとって、この事件は他人事ではなかった。王太子も一緒に亡くなってしまったので、誰が亡き国王の跡を継ぐかという問題に、巻き込まれてしまったのだ。

 ロイナン王国では王になれるのは男性だけなので、ノエリアは関係がないように思えるが、ふたりの母はその王族であり、かなり直系に近い血筋だ。

 だから兄を国王にしてはどうかという話や、ノエリアを妻にした者が王位を継いではどうかという話も出たらしい。

 だが当時、兄はまだ十三歳だったし、ノエリアにいたっては九歳だった。

 母はもう亡くなっていた。父も、公爵家の跡取りである兄を手放すつもりはなかったようだ。ノエリアも王太子との婚約話が持ち上がり、その話は立ち消えになったようだ。

 決定するまでかなり揉めた様子だったが、結局は、祖母が王族の血を引いているという今の国王が即位することになった。

 そんな経緯があって、今のロイナン国王よりも、兄やノエリアのほうが王家に近い血筋を持っていることになる。

 そのノエリアが、王太子に婚約を破棄された。

 それを聞きつけて結婚を申し出たにしては、早すぎる。

 やはり兄の言うように、ロイナン王国の国王がノエリアを望んだから、婚約を破棄したのだろう。

 どうして今さら、とノエリアはさらに考えを巡らせる。

 現在のロイナン国王陛下は、即位してから八年にもなる。父と同じ年代なのだから、当然妻もいたはずだ。だが、わざわざ王家の血を引くノエリアを妻に迎えるのだから、側妃としてではないのだろう。

 即位から八年も経過した今になって、妻を離縁してまで、急遽正当な血筋の正妃を迎える必要に駆られたのはなぜか。

(正当な血筋を気にするのなら、即位してすぐに実行したはず。それなのに今になって考えを変えたのは、そうせざるを得ない事情があったとしか……)

 だが、ノエリアはこのイースィ王国の王太子の婚約者だった。

 いくらロイナン国王が望んでも、この国としては王太子の婚約者を差し出すわけにはいかない。

 だからこそ、あの冤罪による婚約破棄だったのだ。

 それに、国同士の取引があったとしても、そこにソルダの意向がまったく含まれていなかったとは思えない。

 ノエリアに婚約破棄を告げたときの王太子の顔には、隠しきれない喜悦の色が浮かんでいた。疎ましく思っていたネースティア公爵家の娘であるノエリアを貶め、婚約破棄を突き付けたのだ。さぞかし嬉しかったことだろう。

「私達が、ノエリアを差し出すような真似をするとでも?」

「……っ」

 兄の怒りに満ちた声に、息を呑む。

 たとえそれが愛する兄であっても、ノエリアのために怒ってくれているとわかっていても、その怒りはやはり恐ろしい。

「国王陛下は、ロイナン国王はお前を、自分を脅かす存在だと思っていまだに恐れているのではないかと仰せだ。今日の襲撃は、おそらくロイナン国王の手の者だと」

「……それは」

 襲撃という言葉に、ノエリアは息を呑む。

 兄が急いで帰宅したのは、ノエリアが婚約破棄されたという話を聞いただけではなく、外出先で襲撃に遭ったからなのか。

 疲れ果てた顔をしていたのも、それが原因かもしれない。

 父と兄の話し合いは続いている。

 その会話から、父の苦悩が伝わってくるようだ。

 ノエリアは、優しい父の姿を思い浮かべる。

 母は黒髪だったから、ノエリアと兄の金色の髪は父譲りだ。だがふたりの顔立ちは母によく似ている。美しい兄妹とは違い、見た目は鋭利な印象を与える父だが、性格は穏やかで優しい。

 今でも母を愛し、ノエリアと兄を何よりも大切にしてくれている。

 しかしロイナン国王が兄の命を狙っているかもしれないと聞けば、ノエリアだっていつまでも泣いてはいられない。

(私がロイナン国王陛下に嫁げば、すべては解決する)

 ノエリアは、そっと応接間の前から離れた。

 そのまま兄の部屋に向かい、不在であることを確認してから、自分の部屋に戻る。

 兄の後を追って部屋を出たノエリアは、まっすぐに兄の部屋に向かい、不在だったので戻ってきた。侍女達もそう認識したはずだ。

 こうしておけば、父と兄はノエリアが今の話を聞いていたとは思わないだろう。



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