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異世界へ逝き損なったニートと貧乏OLの同居生活  作者: 都々木 上ル
第1章 アサヒ君と私が同居するに至った経緯
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アサヒの初出社

アサヒ君の体が見つかったことは、衝撃だった。

それまでの私は、自分の頭がイカレてしまったのか彼が本当に実在するのか困惑していたけれど、本人が見つかったことでテディベアの中の人の言っていることは真実なのだと信じるしかなくなった。

これで、アサヒ君が無事に自分の体に戻れたらハッピーエンドだったんだけど、彼は自分の体に戻ることはできなかった。お見舞いに行ってテディベアを彼の体に密着させてみたり、インカの塩をテディに振りかけてみたりしたけど何も起きず、看護師さんには奇異な目で見られてしまった。


そしてアサヒ君を体へ戻す方法を考える暇もなく、休日が終わってしまった。

本当はもっと話したり調べたりしたかったんだけど。

だけど時間は止まらない。


―Time goes on!―


そして休日も終わり、


―A day off is gone―


今日はそのティディベアと、一緒に出社した。


―But still she is gone on me―


〈人の思考に合いの手入れるの止めてくれないかな!!明日から置いてくよ?〉


―みほさん、本当に申し訳ございません!!オレ、あ、いえ私が悪かったです。静かにしていますので、許してください!!―


〈ちょっとゴメン、静かにして。分かったから…。〉


アサヒ君はティディベアの体を1ミリも動かせないらしく、部屋に一人は耐えられないと懇願された。

彼にとって世間から切り離され、一人身動きも取れず置いて行かれるのは相当堪えるようだ。


―それにしても、立派なビルだなぁ。いかにも社会人って感じ。あ、そのセキュリティのカードとかも今時の社会人って感じっすね!―


アサヒ君は、いわゆるニートというやつだったらしく、人生初出社に舞い上がっている。就職した訳でもないのにね。


―いや、ニートじゃないし。ブルジョワジーだし!!―


こんな、精神小学生男子が労働もせず何不自由ない暮らしを保証されてて、私はまた地獄の1日を送らないといけないのかと思うと、早くも家に帰りたい…。

別にこいつがいなくても、家に帰りたいけど。

だけど仕事は仕事。責任もあるし、勝手に逃れる事は出来ない。吐きそうだけど今日も頑張る!

私はそんな悲壮な決意でオフィスのドアを開けた。



「おはようございます」

―おはようございますっ!―

〈うるさっ!〉


―いや、職場では1に挨拶2に挨拶と聞きまして。―


〈あんたの職場じゃないんだから、黙ってて!〉


―ミホさん以外には伝わらないけど、日本を支える労働者の皆様には敬意を払いたいなーと思いまして。―


〈いや、労働者の私がうるさいから黙っててよ。朝からげんなりする~。〉

全然飲んでないのに、2日酔いのようにガンガン鳴る頭を抱えながら席に着くと、待ち構えていたように声がかかった。


『おはようございます、早速なんですけど先週スタートのキャンペーンの件でクレーム来てます』

「はぁ。やっぱりですか~?絶対来ると思ってましたよね。本当うちの企画部って、何考えてるんですかね…」

―みほさんって、嫌な仕事全部押し付けられる系のイジメられOLなの?―

〈ちがうちがう。ポジションの問題なの。うちの部署、カスタマーセンターだから。〉


『結構頻繁にクレーム電話かけてくる顧客だったんで、とりあえず履歴を一覧で出してみたんですけど大体は理詰めで返すと“お前の態度が気に入らない”と“オレの時間返せ”で恫喝しだすのがお決まりの流れですね。あと絶対に朝一でかけて来いって言ってます。』

「う~ん、9時かぁ。時間足りないな。作戦も練りたいし。」

『今回の向こうの主張としては…


―いやいや、個人情報は今時同意取ってるでしょう?時間は今の科学で返せないでしょう?そもそも返さないといけないくらい貴重な時間だったなら、自分が使い方間違えたのが悪いじゃん。こんなの全然考える必要ないよ~w―


「うるさい!!ちょっと黙ってて、今時間無いから!」


『あ、すみません。資料だけ置いておきます。』


「あ、ゴメン志田君、ちがうの、志田君のことじゃ、なくて…」

―うん、それは分かってるよ、オレはね~wてか、シダ君って言うんだ。苗字一緒じゃん。ちょっと親近感。―


頼れる後輩というか、もはや戦友とも言える志田君は、少し肩を窄めて去って行ってしまった。


〈お前のせいで、志田君に怖がられちゃったじゃん。どうしてくれるんだ。〉

―いや、間違えて口に出しちゃったのはみほさんだろ?オレが口に出した訳じゃないし。―


今はコイツに構ってるひまは無い、始業まであと35分、早急に対策を練られば…。



-----------------

オレの記念すべき初出社の日の夜、ミホさんは酒に溺れていた…。


「なんでこうなっちゃったんだろう…。死にたい…。」


あの後ミホさんに何があったかというと、志田君が持ってきたクレーム案件を、スタッフの1人に電話するよう頼んだら、その子が“何でいっつも私に嫌な役押し付けるんですかー”と泣き出した。

その子を休憩室に連れて行って、時間が無いので代わりに志田君にかけるよう頼んだ。

志田君は夜勤だったようだが仕方なく引き受け、そのせいで4時間残業。

結局クレーマーは志田君にはどうにもできず”お前じゃダメだ上を出せ”と絶叫しだしたのでミホさんが代わるが、ミホさんも色々動揺していたようで、クレーマーに押され、最終的に3時間以上もクレーマーの支離滅裂な理論と罵倒を聞くはめに…。志田君もミホさんもぐったりしていたなぁ~。

そしてミホさんは本来の業務が全く終わらず、個人の人格否定にまで及んだクレーマーの罵倒に心ぐちゃぐちゃのまま、4時間以上残業しライフが0で帰宅したという状況。


―ミホさんお疲れ様。なんか、大変だったね。オレ、お仕事って壮絶だなぁって思っちゃった。―


「ありがとぅ~。わたし頑張ったよねぇ~、シダぁ?お姉さんの社会人らしいカッコいい所見せてやtったぞぉ~。どうだーアハハハハ」



オレは実は、ミホさんの仕事姿を見ていても全然格好いいとか凄いとか思えなかった。一言で言えば、ミホさんは現代版の奴隷だ。物理と言葉の違いはあれど、理不尽な暴力で何時間も痛めつけられてズタボロなのに、相手には何一つ文句は言えず、暴行相手をまるで神様のように敬わなければいけない。

逆らえない立場の人をいじめてストレス発散したいという欲望がある限り、どんなに形を変えても奴隷ってなくならないんだなぁと思ってしまった。気軽に社会見学のつもりでついって行ったら、社会の闇を見てしまったぜ…。改めて社会怖い、出たくない!

まぁ、ミホさんを格好いいとは思えなかったけど、可哀そうだとは思った。

オレも生まれた家が違えば気楽な生活はできなかっただろうと思えば…親にマジ感謝( •◡-)✩

ミホさんにお世話になってる間位は、なるべく優しくしてあげられるよう善処しよう。


―ミホさん、そのまま寝ちゃったら疲れ取れないよー?お布団入りなよ~。よってフワフワの状態でフワフワのベッドに入るのって気持ちいいよ。―


〈ニートォな上にぃ~、仮死状態のやつに心配されちゃあ世話無いよねぇ~アハハ!〉


―なんだろう、この気持ち。前言撤回。これからも全力で上げ足取って行くことをオレは誓う。―


外は雨らしい。曇りガラス越しでも雨が打ち付けているのがわかる程激しい。そしてジメジメした室内は雑然として酒臭い。そんな中、ちゃぶ台に突っ伏していつの間にか眠りに入った女の人が一人。オレ、こんな地獄絵図を眺めながら朝まで時間をつぶさないといけないの?

もしかしてオレの人生って会社の奴隷より辛くない?

はぁ~、急に早く人間に戻りたくなってきた。

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