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番外編 1話 とある花屋の休日(1)

こちらは本編の番外編になります。本編でいうと17話〜20話くらいの時期にあたるお話です。

『本日の営業は正午までとさせて頂きます。カフェ・とまり木』


 店の入り口前に設置してあるお知らせボード……そこに記された文字を眺める。通常であれば午前9時から午後17時までが営業時間なのだけど、今日は昼までで店じまいのようだ。この店地味に休業多いんだよね……

 自分もこのオルカ通りで花屋を営み生計を立てているので、こんなに休みが多くて成り立つのだろうかと心配になる。

 時刻は午前8時。開店まで1時間もあるというのに店の周りは人で賑わっている。若い女性はもちろんのこと、私の母親と同じ年頃からそれよりも上であろう年長のご婦人方が列を成していた。店は常に大勢の客に溢れ、繁盛している。経営状況を気にするなんて余計なお世話か。このように頻繁に行列ができてしまうため、通行人の邪魔にならないよう、店の横に専用の待機スペースが設けられたのは1年ほど前の事だ。


「早い時分から熱心なことで……」


 自分も同じ立場なのは分かっている。これは自分自身にも向けた発言だ。まさか一軒のカフェにここまで入れ込むなんて思いもしなかった。最初は軽い気持ちで入ったのに……気付いた時には常連と呼ばれるまでに通い詰めていたのである。

 目の前には開店の時間を今か今かと待ち侘びる女性達の列。私もその列を構成する一部になるべく、いそいそと最後尾に並ぶのだった。





 この人の多さ……午後までというのを差し引いても凄まじい。もしや今日は『フルメン』か……

カフェ『とまり木』は料理の美味しさは当然として、女性に圧倒的な支持を得ているもう一つの理由がある。それは……そこで働く店員が悉く美形揃いなのだ。

『フルメン』というのは常連の間で使われている隠語で、フルメンバーの略だ。セドリックさん、レナードさん、ルイスさん、クライヴさんの4人の従業員が揃っている状態を指す。『カルテット』と呼ぶ人もいる。自分はルイスさん推しだけど、クライヴさんがいるのはレアなので、もし本当に『フルメン』だったら今日来れたのはついている。


「昼までだって聞いたから早めに来たのに、もうこんなに並んでるのねぇ」


 私の後ろに続いて列に加わったご婦人に声をかけられた。彼女も人の多さに驚いている。


「私もびっくりしていた所なんですよ。もしかしてフルメンなのかなって……」


「えっ!? ということはクライヴ君もいるのかしら。やだわぁ……知ってたらもっと念入りにお化粧して来たのにー」


『フルメン』の意味が通じている……このご婦人も常連だ。そしてクライヴさん推しか。クライヴさんは10回に1度でもいたらラッキーと言えるくらい出現頻度が低いので、浮かれる気持ちは分かる。ご婦人は50代くらいで上品な身なりをした綺麗な人だった。『とまり木』に訪れる客の年齢層は幅広いが、その9割が女性だ。クライヴさんがいるかもと聞いて、目を輝かせているご婦人が何だか可愛くて和んでしまった。クライヴさんは特にマダム達に人気なんだよね。


『とまり木』の従業員は私が把握している範囲で、フルメンの4人の他に若い女性が1人と年配のご夫婦がいる。調理を担当しているセドリックさんと、そのご夫婦で店を回している事が多い。そして、これは噂だけど時折金髪の超絶美少年が手伝ってることもあるとかないとか……。残念ながら私はまだお目に掛かった事無いけどね。本当に、どこからこんなに美形ばかりを集めて来たのかと経営者に問いたくなる。堪能させて頂いてます、ありがとうございます!!

 カフェ『とまり木』……それは美味しいご飯とデザートでお腹も満たされ、更には目の保養まで出来るという夢のような場所なのである。


 開店までの待ち時間は店の外にあるメニュー看板を見たり、クライヴさん推しのご婦人と世間話をしながら潰した。そして、いよいよその時が訪れたのだ。

 ドアベルの音が鳴り、入り口の扉が開く。出てきたのはメガネをかけた若い男性。彼はセドリックさんだ。周囲のあちこちから『きゃっ』とか『わぁ!』と悲鳴が聞こえる。その中には『ぐふっ』なんて呻き声も混じっており多種多様だ。

 扉にかけられたクローズと書かれた札がオープンへと変わる。セドリックさんは列を作っている私達に向かい綺麗にお辞儀をした。


「おはようございます。時間となりましたので、ただいまより開店致します。席へご案内致しますのでこちらへどうぞ」


 列の前から数えて10組程度の客が、セドリックさんに連れられ店の中へ入って行く。開店時の挨拶はいつも彼が行っているので、最前列を陣取っている人は大抵セドリックさん目当てなんだよな。ここからは席が空き次第、順番に店内へ案内される。昼までだし客が多いから時間制限ありそう。今日はあまりゆっくりできないだろうな。しかし、それにしても……


「セドリックさん、いつ見てもかっこいいなぁ」


「ほんとねぇ……」


 先ほどのご婦人も頬を紅潮させ、セドリックさん登場時の余韻に浸っていた。お互い最推しは別だけど、それはそれ、これはこれである。フルメン全員素敵なんだもん。見惚れてしまっても仕方ない。私達は悪くない。








 店が開店してから1時間ほど経過した。自分の前に並んでいた客が店内に入って行き、とうとう私が列の1番前となった。そして――


「お待たせ致しました。次にお待ちの方どうぞ」


 扉から出て来たのはクライヴさんだった。最初のセドリックさん以降、お客の案内は女性店員が行っていたので完全に油断していた。クライヴさん……ほんとにいたんだ。爽やかな笑顔が眩しいです。シャツ越しでも分かる鍛えられた体躯に目が吸い寄せられてしまう。突然の推しの登場。ご婦人は動揺し、『はひっ!』と声を上げていた。何故か私の腕を握り締めながら。店と自宅が近いこともあって、ほぼ日参状態の私でもクライヴさんを最後に見たのはひと月前になる。ご婦人もこの反応からして、かなり久しぶりにお目にかかったのだろうな。


「えーと、2名様ですね?」


 私とご婦人を交互に見つめながら、クライヴさんは問いかけた。ご婦人は私の腕をずっと掴み続けているので、2人組の客だと思われてしまったようだ。


「いえ、私達は……」


「はい! そうです!!」


「え?」


 ご婦人はクライヴさんにとても良いお返事を返していた。


「それでは席にご案内致しますので、こちらにどうぞ」


 クライヴさんに誘導され、私達は店内へ入って行った。お互い1人で来たのだけれど……まぁいっか。

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